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北の湖最強の現役時代 2場所目

1 :待った名無しさん:04/03/09 22:41
前スレ
【179cm】北の湖最強の現役時代【169kg】
http://sports6.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1059036760/

引き続き、北の湖と同時代の力士についてマターリ語ってまいりましょう。

関連スレ
北の湖理事長が素敵 その3
http://sports.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1052224453/
北の湖と貴乃花の引退間際
http://sports.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1044519257/

2 :待った名無しさん:04/03/09 22:54
とりあえず2げっと

カチアゲ・右上手・客帰り仕度。

3 :待った名無しさん:04/03/09 22:59
前スレから移動してきました。
荒らしも煽りも1000取り合戦もなく、またーりと1000逝ったスレは初めて見た・・・

4 :待った名無しさん:04/03/09 23:01
>>3
過去の「北の湖理事長が素敵スレ」もあんな感じで1000逝った。

5 :待った名無しさん:04/03/09 23:11
大鵬と旭富士の対戦をしたら面白いと思う。
二人とも体が柔らかいからとらえどころが無いだろうな。

6 :待った名無しさん:04/03/09 23:15
黒姫山は、北の湖だけでなく三重ノ海に対しても善戦していた。
北の湖は、昭和54年初場所7日目に黒姫山に敗れてから
同年夏場所10日目に三重ノ海に敗れるまで32連勝した。
これが北の湖にとって連勝最多記録。

7 :待った名無しさん:04/03/09 23:18
黒姫山はずっと三役に定着していた実力者だから。

8 :待った名無しさん:04/03/09 23:23
北の湖が最も多く勝ったのは、貴ノ花に対する36勝(10敗)
対戦成績の貯金が最も多いのは、荒勢の31勝2敗と金城の29戦全勝で
共に貯金が29となっている。

9 :待った名無しさん:04/03/09 23:28
北の湖の同一カード連勝記録(コピペ)

栃 光  29連勝(74.11-82.05、完封)
荒 勢  27連勝(74.07-79.09)
豊 山  21連勝(72.09-80.01、完封)
高見山  19連勝(74.11-78.05)
玉ノ富士 19連勝(75.05-79.03、初顔から)
蔵 間  17連勝(77.09-84.07、完封)
青葉城  16連勝(75.09-84.03)
麒麟児  16連勝(79.01-84.07)
大 受  15連勝(73.09-76.05)
鷲羽山  15連勝(76.05-81.09)
魁 傑  15連勝(76.05-78.11)
三重ノ海 15連勝(76.11-79.03)
貴ノ花  15連勝(77.03-79.09)
琴 風  14連勝(81.01-84.07)
長谷川  12連勝(73.07-76.03)
青葉山  12連勝(76.01-81.01、完封)
旭 國  12連勝(77.07-79.07)
貴ノ花  11連勝(74.09-76.07)※優勝決定戦での敗戦を除く
富士桜  11連勝(76.09-79.03)
舛田山  11連勝(77.03-84.01、完封)
高見山  11連勝(79.01-82.11)
巨 砲  11連勝(81.11-84.11)
北瀬海  10連勝(72.11-77.03、完封)
栃赤城  10連勝(78.01-80.07、初顔から)
鳳 凰  10連勝(79.09-84.07、完封)
佐田の海 10連勝(81.05-84.05、完封)

10 :待った名無しさん:04/03/09 23:36
北の湖に対戦成績が10勝以上の力士
輪島     21勝23敗
2代目若乃花 25勝18敗
三重ノ海   26勝13敗
朝潮      7勝13敗
貴ノ花    36勝10敗

いずれも北の湖側から見た対戦成績。
朝潮に対する苦手ぶりが際立っている。

11 :待った名無しさん:04/03/09 23:42
北の湖が対戦成績で30勝以上した力士
貴ノ花  36勝10敗
高見山  35勝8敗
荒勢  31勝2敗

12 :待った名無しさん:04/03/09 23:49
北の湖−貴ノ花は北の湖の36勝10敗だけど、北の湖の横綱昇進後に限ると32勝4敗。
横綱−大関戦としては最も対戦成績の開いたカードでしょうね。
あ、対戦回数としても史上最多か。

13 :待った名無しさん:04/03/09 23:52
特に荒勢は、2代目若乃花と三重ノ海に善戦しているのに(輪島は同部屋
だから対戦なし)北の湖に対しては、全く歯が立たないことが際立っている。
荒勢と2代目若乃花は、13対13のイーブンで三重ノ海とは、14対15と
なっている。

14 :待った名無しさん:04/03/09 23:55
>>6
三重ノ海が立合い変化して上手取りにいったんだよね
>>13
関係ないけど、待った六回やって審判部に注意されたよね
荒瀬と若三杉

15 :待った名無しさん:04/03/09 23:58
>>14
荒勢は、立会いの悪い力士で相手に合わせることを苦手にしていたね。
立会いでかなり審判部長に怒鳴られていたな。

16 :待った名無しさん:04/03/10 00:04
>>14
北の湖が三重ノ海に負けた翌日の朝日新聞の見出しで
「ヘビがカエルににらまれた」と書かれていた記憶がある。

17 :待った名無しさん:04/03/10 00:30
ところで弟子の育成はどうなってるん?
新たな関取誕生の見込みはあるの?

18 :待った名無しさん:04/03/10 00:30
当時の立ち合いのほとんどが、中腰ヨーイドンであったという事情をさっぴいても
荒勢の立ち合いは激悪だった。

19 :待った名無しさん:04/03/10 00:40
>>17
次に関取になれるとしたら北大樹でしょうね。

20 :待った名無しさん:04/03/10 00:49
大鵬が部屋を貴闘力に譲ったけど、
北の湖は、巌雄に譲るのかな。

21 :待った名無しさん:04/03/10 01:00
北の湖部屋に入る力士は入門から三段目あたりまでは快調に出世するんだけど、
三段目で急に止まっちゃう人が多いよね

22 :待った名無しさん:04/03/10 01:15
大鵬がテレビ東京の番組で「今の子は、難しい。今の子は、親方とは違い
ますからと言ってあきらめちゃうんだよな。私が努力をして現在の地位に
着いたと言っても理解してくれない。」となげいていた。
北の湖部屋でもかつての大鵬部屋と同じ状況なのかな。親方が偉大すぎて
弟子たちも萎縮しちゃうのかな。

23 :待った名無しさん:04/03/10 02:27
師匠が偉大すぎると、弟子が師匠の言ったことをそのまま鵜呑みにするので
自分で考える力がつかない、というのは聞いたことがある。
スポーツ以外の話なんだけど・・

24 :待った名無しさん:04/03/10 14:29
>>22
>私が努力をして現在の地位に着いた


ある意味正しく、ある意味間違っていると言えるだろうな

25 :待った名無しさん:04/03/10 21:59
今は協会の仕事に忙しくて、部屋の指導になかなか手が回らないでしょうね

26 :待った名無しさん:04/03/10 22:32
春日野(元横綱・栃錦)が理事長になってから協会の仕事が忙しく
なって、部屋の指導に手が回らなくなったね。
理事長になってからは、弟子が関脇どまりだし、栃赤城・栃剣は
年寄株を取得出来なくて、引退後協会に残れなかった。

27 :待った名無しさん:04/03/10 23:03
>>24
努力しても素質がないとね。

28 :待った名無しさん:04/03/10 23:12
ただ若い頃の大鵬は、ガリガリに痩せていたよ。
素質もあったのだろうが、努力もかなりしたと思う。
だから晩年には、150キロぐらいになったのだろう。

29 :待った名無しさん:04/03/10 23:18
大鵬の場合は、現在の肥満力士と違って稽古によって体重が増えた
タイプだと思う。
富士桜のように素質がたいしたことが無くても努力によって、
幕内で活躍した力士もいるよ。

30 :待った名無しさん:04/03/11 00:04
北の湖は、昭和52年秋場所から昭和54年春場所の間まで
10場所のうち8回優勝した。優勝を逃したのは、昭和52、53年の
九州場所。この時期が本当の全盛期だったのだろう。
しかしその後昭和54年夏場所から引退した昭和60年初場所まで
35場所のうち8回しか優勝できなかった。

31 :待った名無しさん:04/03/11 00:23
意外と北の湖は、大鵬と比較して優勝に貪欲でなかったような気がする。
昭和50年春場所の貴ノ花と昭和56年初場所の千代の富士に対して
いずれも優勝決定戦で負けている。
いずれも貴ノ花と千代の富士の初優勝を観客や視聴者が望んでいて、
その声援や世論に押されたような感じで北の湖が負けたように見えた。
もちろん無意識的だと思うけど。

32 :待った名無しさん:04/03/11 02:34
無意識下の意識ってやつですな。

33 :待った名無しさん:04/03/11 08:23
>>30
昭和52年秋から54年春までの10場所の北の湖の成績は、
15優,13次,15優,13優,14優,15優,14優,11,14優,15優で、
計139-11 勝率.927
まさに全盛期だ

優勝争いも、輪島、若三杉(若乃花)らと千秋楽、あるいは14日目以降まで争うというスリルに満ちたものばかりで、
白けた独走場所というのはなかった。
相撲内容も、左四つの味のあるものが多かったしね。

数字上の強さ、優勝争い、相撲内容の面白さ、三拍子揃った全盛期であったと思う。


34 :待った名無しさん:04/03/11 09:19
53年の北の湖の強さは半端ではなかった。
それまで強いとは言っても輪島の技術にごまかされたりしていたが、
もうどうにも押しとどめることのできない「力」が、
枠を破って一気に噴出したようだった。
アンチの私としても、この強さの前には
他の力士を応援する気力をなくすほどだった。
今から思うと11月場所の11勝が惜しい。
年間最多勝の新記録を作ってから3連敗するとは…。
しかしこれも、北の湖という人間なんだろう。


35 :待った名無しさん:04/03/11 13:33
>>34
人間だから、病もあるんだな。

36 :待った名無しさん:04/03/11 13:47
>>34
九州場所の終盤3連敗については本人が述懐していた。
12日目勝って年間最多勝記録を更新したとき、達成感で気が抜けて13日目は
緊張感に欠けていたそうだ。そこで当たったのが運悪く駆け引きの巧い黒姫山。
で、撹乱戦法に遭い、叩き込まれ痛恨の2敗目。
これでガックリきてそのままズルズルと3連敗したらしい。

37 :待った名無しさん:04/03/11 15:36
強い頃の北の湖の稽古の様子を、マスコミは
「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」
と報道していた。北の湖の相撲を語る形容詞はこれにつきる。
また、本場所で「つかみ投げ」を見られるのでは、
と期待していた向きもあったようだ。

38 :待った名無しさん:04/03/11 15:52
>>37
その手の「とんでもない強さ」を、昭和53年名古屋場所11日目の金城戦で見せたよね。
立ち合いのかち上げ一発で西土俵に吹っ飛ばし、一発二発と突き放す。
破れかぶれで金城が頭から突っ込もうとするところを左(だっけ?)から
ちょっと突くと金城は横転。
もう一つは昭和54年春場所12日目の富士桜戦。左右から挟み付けるようにして
一秒かそこらで一気に土俵外に持っていった。あまりの強さに会場が静まり返った。

あと、これはどの場所か忘れたけど、高見山を立ち合いがっちり組み止めて、
その瞬間に下手から捻りながら右上手投げで転がした一番。
逆もあったっけ。右上手から捻りながら掬い投げで転がしたというのも。

39 :前スレ1です:04/03/11 15:59
まったりとスレ更新ありがとうございます。
私もいつ立てようか悩んだんですが、その心配もなく
スムーズにスレ移行できて何よりでした。
自分が立てたスレがまったりと1000越え(まだ越えてないけど)
するのは2ちゃん生活始まって以来かも知れませんw

1〜11月という1年間に収まる間で82勝ですか・・
今年の朝青龍がどこまで迫れるか少々見物の予感がします。
1月場所は圧倒的に全勝、3月も体調良さそうで期待できそうですね。

40 :待った名無しさん:04/03/11 19:19
>>39
昨日の稽古でも朝青龍は、新小結の霜鳥に対してつり落としを見せていたね。
さすがに先場所つり落としの被害にあった琴光喜が霜鳥に同情していた。

41 :渡邊武:04/03/11 19:45
飯島健太じゃ、飯島健太じゃ、黒海じゃ、黒海じゃ、黒海はただの屁じゃ
黒海ヘーヘーオナラ、黒海オナラ、黒海オナラすかしてプップクプー

42 :待った名無しさん:04/03/11 19:56
落ち目になった北の湖に対しても琴風は全く通用しなかった記憶が…

43 :待った名無しさん:04/03/11 21:29
昭和57年以降の琴風は、北の湖だけでなく千代の富士・隆の里
にも通用しなくなった。

44 :待った名無しさん:04/03/11 21:56
昭和56年当時まさか土俵の主役がはっきりと北の湖から千代の富士に
代わると思わなかった。
その千代の富士は、昭和56年が優勝3回、57年が4回とかなり強かった
が、58年が2回、59年が1回とそれほど多く優勝しなかったために
昭和60年以降の黄金時代が来ることを想像できなかった。

45 :待った名無しさん:04/03/11 22:56
>>44
千代の56,7年の優勝は北の湖、若乃花の両先輩横綱の衰退に
助けられた面が大きいからね。
絶対的に強かったわけでなく、繰り上がり当選で相対的に
トップにたったって感じ。12,13勝での優勝も多かった。

46 :待った名無しさん:04/03/11 23:02
>>30
54年春〜60年初では少々括り方が大きすぎるけど、北の湖の
本当の全盛期が52年〜54年半ば位というのは同意できるかな。
もちろん56年半ばまでは抜群に強かったが、54年夏〜56年秋
の14場所間でも優勝回数は6回とペースダウンしてきた。
特に54年九州は久々の10勝5敗、55年秋も11勝4敗と、多少
悪い成績に終わる場所が出始めていた。

47 :待った名無しさん:04/03/11 23:19
>>46
昭和54年は、北の湖自身にとってもそれほどいい年で
なかったと思う。
初場所・春場所は、連覇したものの夏場所13勝2敗、
名古屋場所12勝3敗、秋場所は13勝2敗で優勝したものの
九州場所10勝5敗で年間勝利数77勝で前年より5勝も少なく
なってしまった。
というよりこの年は、同じ出羽一門の三重ノ海の引き立て役に
なったような感じがする。

48 :待った名無しさん:04/03/11 23:27
>>47
やっぱりピークは53年だったね。
家に54年名古屋場所(輪島優勝)の「相撲」が一冊、何故かあって、
この場所12勝3敗に終わり、内容も決して良くはなかった北の湖については、
「昨年の活躍に比べると少々期待はずれ」的なことを書かれている。
例えば54年秋は13勝2敗で優勝したけど、何故かよく負けた印象があった。
星取表を見ると上位には全て勝ち、2敗は三杉磯、玉ノ富士に取りこぼしたもの。
52,3年も13勝での優勝はあったけれど、下位力士に一敗、上位陣に一敗
というパターンがほとんどだったから、取りこぼしが二番あったというのが
印象に強く残ったんだろうな。徐々にではあるが、53年までに比べると
序盤の取りこぼしが増えてきていたように思う。

49 :待った名無しさん:04/03/11 23:36
>>48
昭和54年は、北の湖より三重ノ海のほうが印象が強かった。
三重ノ海は、夏場所13勝2敗の準優勝、名古屋場所14勝1敗の
準優勝、秋場所が新横綱で11勝4敗、九州場所14勝1敗で
横綱として初優勝、翌昭和55年初場所が15戦全勝で唯一の
連覇と全勝だった。この時期が三重ノ海の活躍のピークだった。
翌春場所からは、全く精彩が無くなった。

50 :待った名無しさん:04/03/11 23:38
>>34
同感。昭和53年は九州場所前まで5場所で4敗、5連覇中だった。当時北の湖ファンだった
自分は6連覇やとてつもない年間最多勝記録を期待したが、終盤3連敗してまさかの11勝。
まさに北の湖を象徴していると思う(抜群の実力の割に記録を伸ばせなかった・・・)。
>>38
正確な日付は忘れたが、当時元気一杯だった栃赤城が仕切り線のはるか後ろから思い切り
ぶちかましたのをガッチリ受け止めて、上手投げで転がした一番が強烈に印象に残っている
(翌日から栃赤城は休場)。

51 :待った名無しさん:04/03/11 23:40
>>49
北の湖の32連勝も何気にストップしてるしね。

52 :待った名無しさん:04/03/11 23:42
>>50
昭和53年九州場所初日に北の湖が麒麟児に
押し出しに敗れて出鼻をくじかれたような感じだった。

53 :待った名無しさん:04/03/11 23:51
>>51
止めたのは三重ノ海。立会い当たった瞬間の上手出し投げで、あっという間の出来事
だった。全く予想外の展開。しかし当時の三重ノ海は妖しいまでの強さがあった・・・。

54 :待った名無しさん:04/03/11 23:53
確かに昭和54年夏場所は、北の湖の腰高ぶりが目立った。
勝つには勝つのだが危なっかしい勝ち方が多かった。
解説者も北の湖の取り口についてほめていなかった記憶がある。

55 :待った名無しさん:04/03/11 23:59
>>53
前年の昭和53年あたりから三重ノ海が強くなる予兆があったのだが、
花が開いたのが昭和54年だった。
最大の変わった点は、攻めが速くなったことだろう。

56 :待った名無しさん:04/03/12 00:54
>>55
たしか綱取り果たした7月の頃とか、
相手を叩き付けるような攻めがあった。

>>48
やっぱりそこらが最全盛期というか黄金期だね。

57 :待った名無しさん:04/03/12 01:12
昭和55年名古屋場所で北の湖が3連覇を果たした時には、
永遠に安定期が続くと思ったのだが。
永遠かどうかは、ともかくその当時の北の湖は、
そう思わせるものがあった。

58 :待った名無しさん:04/03/12 09:33
三重ノ海って北の湖にけたぐりで勝ったんじゃなかったっけ

59 :待った名無しさん:04/03/12 10:21
>>58
大関に復帰した昭和51年秋場所ですね。
その後、例の32連勝ストップまで勝てなかったのだけど。

60 :待った名無しさん:04/03/12 10:36
三重ノ海の大関昇進以降の成績(その1)
昭和51年 1月 東大関   8勝 7敗
中日まで1敗と好調だったが9日目の相撲で足首を痛め8勝止まり。

昭和51年 3月 西大関   2勝 6敗 7休(左足首関節捻挫及び外傷性炎症)
昭和51年 5月 東張大   2勝 8敗 5休(左膝内側側副靱帯損傷・左足首関節捻挫後遺症)
この初場所の怪我が思ったより重傷で連続休場、あっさり大関から陥落。

昭和51年 7月 西張関  10勝 5敗
中盤以降立ち直って10勝を挙げ、1場所で大関復帰を決める。

昭和51年 9月 東張大   9勝 6敗
昭和51年11月 東張大   8勝 7敗
昭和52年 1月 東張大   8勝 7敗
昭和52年 3月 西張大   8勝 7敗
この頃は「大関維持が精いっぱい」と言われお荷物扱いだった。

昭和52年 5月 東張大 2  5勝10敗
大負けしたためボロクソに批判された。

昭和52年 7月 東張大 2  8勝 7敗
6勝7敗となったときは再陥落確実と思われたが、何とか踏みとどまる。

昭和52年 9月 西張大   7勝 8敗
再度負け越し。もはや限界か、と誰もが思った。

61 :待った名無しさん:04/03/12 10:45
三重ノ海の大関昇進以降の成績(その2)
昭和52年11月 西張大   9勝 6敗
中日、全勝の輪島に張り手攻勢から寄り倒して土をつける。開眼のきっかけとなった一番。

昭和53年 1月 東張大  10勝 5敗
この場所全勝優勝の北の湖に猫だましの奇襲を仕掛けるも失敗。しかし体調も良く、大関で初の2桁勝利。

昭和53年 3月 西大関   8勝 7敗
昭和53年 5月 東張大  11勝 4敗
速攻が冴え始めた場所。綱盗りをかける若三杉に土をつける。

昭和53年 7月 東大関   9勝 6敗
昭和53年 9月 東大関  10勝 5敗
昭和53年11月 東大関  10勝 5敗
この頃になるとクンロク批判もすっかりなくなっていた。

昭和54年 1月 東大関  11勝 4敗
輪島・若乃花の2横綱を破って2度目の11勝。

昭和54年 3月 東大関  10勝 5敗
昭和54年 5月 東大関  13勝 2敗 次
北の湖の連勝をストップ。速攻冴えて自己最高タイの13勝。

昭和54年 7月 東大関  14勝 1敗 同
ワンチャンスを見事ものにし横綱昇進を決めた。


62 :待った名無しさん:04/03/12 10:52
三重ノ海の大関昇進以降の成績(その3)
昭和54年 9月 東張横  11勝 4敗 次
新横綱の場所。3勝3敗となったときは休場か?と騒がれたがその後立ち直って11勝。

昭和54年11月 西横大  14勝 1敗 優
速攻冴えて2度目の優勝。

昭和55年 1月 東横綱  15勝   優
心技体充実。連覇と初の全勝優勝。

昭和55年 3月 東横綱   1勝 4敗10休(左肘関節挫傷)
千代の富士に連勝をストップされる。3連敗し休場。

昭和55年 5月 西張横  10勝 5敗
9日目まで1敗でトップに並んでいたが、休場明けのため後半スタミナ切れ。

昭和55年 7月 西張横   4勝 6敗 5休(外傷性坐骨神経痛・頸肩腕症候群・肝臓炎)
初日から不調、相撲勘の狂いを指摘される。結局10日目から休場。

昭和55年 9月 東張横  15休    (肝臓炎)
身体に力入らず、全休し療養に務める。

昭和55年11月 西張横   3敗    (引退)
連敗の夜に引退表明。

63 :待った名無しさん:04/03/12 22:17
昭和55年の北の湖は、前年の昭和54年より調子がいいように
見えた。その年に朝潮という新たな苦手力士も生まれたけど。

64 :待った名無しさん:04/03/12 22:41
昭和55年春場所は、前年の不調を吹き飛ばすようないい取り口
だったと思う。ただし朝潮の引き落としに負けたのを除いての話
だけれど。

65 :待った名無しさん:04/03/12 23:27
慣性力的な強さだったと思う。
もはや加速はされない。
惰力を維持して舵取りを上手にやった、ってこと。

66 :待った名無しさん:04/03/12 23:41
>>63
55年の時点ではまだ苦手というほどではなかったよ。
一度連敗したが、その後連勝。56年にあんなに連敗するとは
予想できなかった。

67 :待った名無しさん:04/03/12 23:47
推測だけど、昭和54年の夏場所あたりから腰や膝あたりに鈍い痛みを覚え始めたのでは?
北の湖自身はあそこが痛いここが痛い、ということは言わない人だったから、
正確なところは分からないけれども。
で、取りこぼしが増えてきたのではないかと。
もともと地力が段違いだったから、少しくらい不調でも気付かれなかったんでしょうね。
で、そうした小さな違和感が次第に蓄積していって、晩年の長期休場に繋がったのでは。

68 :待った名無しさん:04/03/12 23:47
http://sports6.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1078839700/66
どうして朝潮があんなに勝てたのか、誰か説明して!

69 :待った名無しさん:04/03/12 23:50
>>68
今はすっかり廃虚と化したヤフー掲示板の「70〜80年代の大相撲(アンチ若貴)」で
黒姫山との共通点を引き合いに出して、誰か書いていましたね。
検索すれば探せると思うけど、面倒なんでパス。

70 :待った名無しさん:04/03/13 00:06
最初の頃は土俵際で突き落とされたり、引き落とされたりしての
逆転負けが多かった。朝潮がせっかちな北の湖の性格をついて
ちんたら仕切るじらし戦法をよく使い、頭にきた北の湖が強引に
出て行ってやられていた。そうしているうちに苦手意識がこびりつき、
加えて自分が衰えてきたんできたんで余計に負けが込みだしたと思われ。
全盛期も同じ相手に短期間のうちに何度か負けることはあった。
その頃は元気だったから、次第に攻略法を見つけて最後には圧倒していたけれど。

71 :待った名無しさん:04/03/13 00:42
>>67
確かに蓄積疲労があったから昭和56年九州場所で入門以来初の
休場につながったのかもしれない。
まさか中日八日目に北の湖が飛騨乃花に負けて翌日休場になる
とは、思わなかった。この場所を境に休場が目立つようになった。

72 :待った名無しさん:04/03/13 00:52
朝潮は、北の湖・千代の富士(後に苦手)を大得意にしていたのに
琴風・若嶋津を大の苦手にしていた。

73 :待った名無しさん:04/03/13 00:56
琴風・若嶋津:下位力士に対しては強く安定感抜群だったのに、横綱大関戦は分が悪かった
朝潮・北天佑:下位力士への取りこぼしが比較的多かったが、横綱大関に対しては互角(以上)に戦っていた

74 :待った名無しさん:04/03/13 01:03
北の湖は、どんなに力が衰えていても常に前に出る相撲を
心がけていたのは、立派だと思う。
だから玉の海梅吉さんは、北の湖のことを「戦後最高の横綱」
と言っていたのだろう。

75 :待った名無しさん:04/03/13 08:58
梅爺は八百長が嫌いだったので、星を売ることはあっても絶対買わなかったと言われる北の湖のことを
高く評価していた。後の千代の富士のことなんかチンカスのごとくくさしたこともある。

千代は八百長で延命なんかせず、30歳ちょいくらいでチャッチャと引退していれば、伝説の横綱として
名を残すことができたはずなんだがなぁ。

76 :待った名無しさん:04/03/13 11:02
>>67
54,55年くらいから怪我にならない程度の足腰の疲労が
始まっていたのかもね。
優勝回数こそ2→5→3→3と依然ペースは落ちてないが、
全勝優勝が52,53年の2年で4回あったのに対し、54,55では
2回になった。54年春と夏を分岐点にすれば、5回と1回。
当時は後の衰えなど全く予想もできなかったけど、今振り返れば
この辺の記録にもわずかな綻びが出始めた影響が現れているのかも。

>>71
56年になると、本人も前日の酒が抜けにくくなるなど、
衰えを感じ始めていたらしい。
休場は九州からだったけれど、その前に巡業で膝を痛め、
秋場所から下半身はおかしくなっていた。


77 :待った名無しさん:04/03/13 14:24
以前北の湖が横綱での1年は平幕での数年分ぐらい?に相当
するというような事を言っていた。
後の力士もそうだと思うが、やっぱり上位で長く居ると体の
消耗がちがうということか・・・

78 :待った名無しさん:04/03/13 15:57
>>77
常に上位力士とばかり対戦するわけだし、しかも勝ち続けることを
求められるからね。大関なら陥落後も取り続けることができるが、
横綱の場合、仮に平幕で勝ったり負けたりを繰り返しながらなら
現役を続行できる力が残っていても、横綱に相応しい成績を残せなく
なれば引退せざるを得ない。それだけの力を維持していくのは
かなり大変なんだろうね。


79 :待った名無しさん:04/03/13 16:11
>>77
「横綱のノルマは最低12勝」って言ってそれを実践していた力士
だったからね、そう言うのも説得力があるよ

80 :待った名無しさん:04/03/13 17:46
http://homepage2.nifty.com/girl-girl/essei/kitaumi.htm

エッセイ 北の湖親方に捧ぐ
当時(昭和50年代前半から中盤)の雰囲気が良く描写されていて、なかなか面白い。
北の湖のややせっかちだけど豪快な土俵入り、輪島の絶妙の「間」のある土俵入り、もう一度みたいものだ。


81 :待った名無しさん:04/03/13 19:03
横綱の給料は大関の倍にすべきじゃないかな。

82 :待った名無しさん:04/03/14 08:53
北の湖は確かに立派だった。土俵の上でも、土俵外でも。
しかし,それはやはり過去の基準においてのことだと思う。
現代の(現在の?)横綱に求めても無理。
自分の親が死んだのに、師匠の葬式を優先させて実家に帰らなかった、
なんてことを今言い出したら、彼はプロレスにいっちゃうぜ。

83 :待った名無しさん:04/03/14 19:28
大鵬は、力が衰えてからはたき込みなど引き技が多くなった。
しかし北の湖は、どんなに力が衰えても引き技を多用しなかた。
常に前に出る相撲を心がけていたのは、立派だった。

84 :待った名無しさん:04/03/14 19:55
でも、立ち会いの変化は結構あったと思うね。

85 :待った名無しさん:04/03/14 21:22
「横綱は年6場所皆勤して優勝争いをしなければならない。休場なんてもっての他」
というイメージを植え付けたのは北の湖。


86 :待った名無しさん:04/03/14 21:25
「横綱の責任の星は12勝」というのも北の湖が言い出したことだったのでは?

87 :待った名無しさん:04/03/14 21:26
大路羅(おおろら)って、北の湖部屋に入ったんだよね?

88 :待った名無しさん:04/03/14 21:40
>>87
そう、『体重より番付をあげたいっす』って名言を吐いてる

89 :栃東:04/03/15 11:07
>>87
シコ名というより、ゾクの名前だね。北に向かって暴走します!

90 :待った名無しさん:04/03/15 23:45
>>84
神風さんも北の湖が立合いの変化が多いことを指摘していた。

91 :待った名無しさん:04/03/16 00:12
>>87
大路羅じゃなくて大露羅だろ。
ロシア出身だから「露」って字使ってんの。

92 :待った名無しさん:04/03/16 00:32
玉の海さんは北の湖のことを手放しで誉めていたけど、
神風さんは北の湖のことを手放しで誉めていなかった。
そして神風さんは、北の湖の欠点を結構指摘していたような気がする。

93 :待った名無しさん:04/03/16 00:37
北の湖はそれだけ長所も欠点もはっきりした力士だってこと。

94 :待った名無しさん:04/03/16 04:59
北の湖のことを好きな人も嫌いな人もはっきり分かれていたね。
もっとも、嫌いな人の方が当時は圧倒的に多かったけれど。

95 :待った名無しさん:04/03/16 17:59
大露羅タン 1勝1敗だね

96 :待った名無しさん:04/03/16 20:03
>>94
北の湖の人格が世間一般の人に誤解されていたところもあったからね。

97 :待った名無しさん:04/03/17 01:23
なんか4横綱スレで北の湖が、現代なら通用しないどころか論外で
千代大海にもあお向けにひっくり返されると、大関もつとまらないと言ってる
厨が湧いてるよ。

98 :待った名無しさん:04/03/17 02:22
厨って・・
オマエだったわけだが

99 :待った名無しさん:04/03/17 19:59
はっきり言って北の湖の立合いの威力は、大鵬・千代の富士以上だと思う。
北の湖の攻めの威力は、普通の幕内力士の倍以上と言われている。

100 :待った名無しさん:04/03/17 20:07
>>99
それはその通り。
ただ大鵬・千代の富士は立ち会いの威力がどうの、という力士じゃないからね…。
攻撃的な力士は守りに回ると弱い。足がばたばたするんだ。

っていうわけで、100!

101 :待った名無しさん:04/03/17 20:18
北の湖の腕が、あと5cm長かったら・・・
優勝30回は確実だったでしょう。


102 :待った名無しさん:04/03/17 20:40
>>97
お前の書きこみの方がかえって恥ずかしいよ。
思いこみ激しすぎ

103 :待った名無しさん:04/03/17 20:54
正直言って貴乃花は、北の湖の優勝回数を上回ると思ったけど、
97年を境に優勝回数が伸びなくなったね。

104 :待った名無しさん:04/03/17 21:52
>102
お前のがなんでもかんでも今のがずっと強いという思いこみ激しすぎ。

105 :待った名無しさん:04/03/17 21:55
>>94
「横綱はヒール(悪役)でなければならない」という名言を吐いている

106 :待った名無しさん:04/03/17 22:39
>>105
昭和50〜56年まで北の湖は、悪役だったね。

107 :待った名無しさん:04/03/17 23:01
>>106
全盛期には散々憎まれて、弱くなってから急に人気?がでた(やっぱり凄かった
とか人格者だとか)。少数派としてずっと応援していた自分にとっては不愉快
だったが、同時に寂しくもあった・・・・・。

108 :待った名無しさん:04/03/17 23:06
>>107
全盛期には「横綱は人気があっても仕方がない。横綱は社長みたいなもので、
社長がダメなら会社も潰れるでしょ」と言っていましたね。
引退後、「自分が一番力の出る時期には『負けろ!』って言われて、そのときは
『何くそ!』と思って却って燃えたものですが、怪我で苦しんでいた最後の1〜2年は
『頑張れ!』って言われて、情けなくて却って辞めたくなったくらい」
と言っています。プロ意識を感じる発言ですな。

109 :待った名無しさん:04/03/17 23:19
「巨人・大鵬・卵焼き」に対して「江川・ピーマン・北の湖」。
当時の嫌われ者勢揃いだが、今となってはただ懐かしいだけ。
「くたばれ北の湖」というレコードがあったいう話だが、実際には聴いていない。
誰か知りません?

110 :待った名無しさん:04/03/17 23:25
当時は、大鵬以来って言われたわけだよね?この二人は時代的に
直接対決はなかったのか、せいぜい稽古をつけてもらったくらいかな

111 :待った名無しさん:04/03/17 23:32
>>110
大鵬引退の場所、北の湖は新十両。
一門も違うから、稽古で胸を借りたこともないでしょうね。

112 :待った名無しさん:04/03/17 23:34
>>110
大鵬は二所一門で北の湖が出羽一門だったから
稽古でも当たっていないと思う。

113 :待った名無しさん:04/03/17 23:40
大鵬と北の湖は、直接対戦していないが、時代が近いせいか両力士に
勝った力士は、かなり多い。しかし大鵬と横綱になってからの北の湖に
勝った力士は、少ない。

114 :待った名無しさん:04/03/17 23:44
>>113
貴ノ花、三重ノ海、黒姫山、錦洋(大峩)、龍虎の5力士じゃなかったかな。>両力士の横綱在位中に勝った力士

高見山は大鵬に一度も勝てなかったね。大鵬と対戦経験ある力士では一番最後まで現役だったわけだけど。
そういえば北の湖と対戦経験ある力士で一番最後まで現役だったのは小錦。
偶然だけど、なかなか面白いね。

115 :待った名無しさん:04/03/17 23:45
旭天鵬は















歯茎である。

116 :待った名無しさん:04/03/17 23:50
>>113
龍虎、大峩、三重ノ海、黒姫山ぐらいかな。

117 :待った名無しさん:04/03/17 23:54
>>114
そうです。
そのうち両力士に金星を挙げたのは、龍虎と錦洋だけ。

118 :待った名無しさん:04/03/18 00:08
北の湖と小錦の対戦成績、大雑把でいいですから、わかる方教えてください、
小錦って千代の富士を苦手にしてたけど、最初は小錦の方が強かったです
よね?確か4連勝、大乃国も小錦を苦手にしてた記憶があるんですが、
日本人のパワーでは、小錦にはかなわない印象があるので、立合い2倍の
北の湖との戦績きになります。


119 :待った名無しさん:04/03/18 00:14
>>118
対戦は北の湖引退の前の場所の1回のみ。小錦が勝っている。
引退直前だから全く参考にならないでしょうね。

120 :待った名無しさん:04/03/18 00:18
>>119
どうもサンクスでした、一回でしたか、
言っても仕方ないけど、全盛期対決見たいなぁ

121 :若島津ファン@西前頭10 ◆ffSGlQlq6. :04/03/18 00:21
その場所の北の湖は覚えてます。
小錦にすぐ突き出され、北尾を寄りきれず投げられ衰えたなあと感じさせてくれました。
その翌場所に引退してしまいますが、見た目はそんなに変わらない気だけしてました。

122 :待った名無しさん:04/03/18 00:36
>>118
小錦が千代の富士に初顔で勝ってからそれ以降は、逆に千代の富士が
小錦に8連勝した。ただし2度目の対戦となった昭和59年九州場所
でも小錦が千代の富士を土俵際に追い詰めている。

123 :待った名無しさん:04/03/18 00:53
>>122
そうだったっけ?やっぱ千代って凄いな

124 :待った名無しさん:04/03/18 17:17
大型力士を翻弄できるかが横綱になれる鍵かもしれないね。
千代の富士があれだけ優勝を積み重ねられたのも、小錦や大乃国のような
大型力士に力負けしなかったのが大きかった(まぁ、地力の差もあるけど)。

125 :待った名無しさん:04/03/18 19:10
>>124
千代の富士が横綱になり立ての頃は、北の湖・朝潮などの大型力士を
苦にしていたところがあったと思う。
昭和60年以降千代の富士は、急速に強くなった。どうしてかは、
わからないけど小錦・北尾の大型力士出現が大きく作用していると思う。
彼らに負けないような体づくりをしたためでは、ないかと思う。

126 :待った名無しさん:04/03/18 20:10
千代が強かったのは事実だが、重ねた優勝の半分は出来レースであったことも
お忘れなく。

127 :待った名無しさん:04/03/18 20:22
>>126
確かに千代の富士が独走していた昭和60〜平成元年まで面白く
なかった。
ただ千代の富士が多く八百長をやっていたせいか引退後は、ぱっと
しない感じがする。敵を多く作ったという感じがする。
師匠の北の富士とも仲たがいしたから。
その点北の湖は、、多くの力士・行司・呼び出しに信頼されているね。
年寄株を播竜山や参謀の蜂矢に譲ったから。

128 :待った名無しさん:04/03/18 21:21
そう。何度も出ているが、千代はつまらんヤオなどせずに、30歳くらいで
引退していれば、伝説の横綱として語り継がれる存在になっていたと思う。
あまりにも勝手をし過ぎたがために・・・

129 :待った名無しさん:04/03/18 23:00
>>128
確かに千代は、記録に執着し過ぎたところがある。

130 :待った名無しさん:04/03/18 23:08
朝日新聞昭和60年1月の北の湖引退の記事で北の湖は、
大鵬の優勝回数について「記録に追いつくように頑張ったけど、
追い抜こうという気持ちは、無かった。」と語っていた。
(内容は、違うけど、ニュアンスはだいたい同じ。)

131 :待った名無しさん:04/03/18 23:42
全盛期の北の湖は、9割以上勝っていたから負けた相撲のほうが
印象深い。勝った相撲でいったら昭和53年名古屋場所14日目の
北の湖対輪島戦の水入りなった取組ぐらい。
あと同年初場所13日目に若三杉をつり出しで勝った一番ぐらい。

132 :待った名無しさん:04/03/19 02:49
北の湖って谷風に似ているんだよね。っていうより、もうそっくり。
(錦絵にあるし、仙台の勾当台公園には銅像がある)
圧倒的な強さも共通するので、一門は違うけれど谷風襲名の話があったらしい。

133 :待った名無しさん:04/03/19 03:21
千代の富士は30歳の頃が最強期だったので、そんな時期に引退なんてあり得ないよ。
北の湖スレでは千代の富士は30歳で引退すべきだったと何度も出ているが、
千代の富士の優勝回数が少なくあって欲しかった=記録に固執する北の湖ファン
という図式がほの見えてみっともないよ。

134 :待った名無しさん:04/03/19 03:56
>>133
この板は、記録ではなく相撲の内容とその威力について流れているから、見当違い。
それに、記録に固執したのは千代の富士本人だね。

135 :待った名無しさん:04/03/19 04:14
>>134
千代の富士の存在を矮小化したい人・記録に固執してる人も
確かにこのスレには存在するでしょ。
力士本人が記録に固執することは何も悪いことだとは思わないけどね。

もうひとつ、千代の富士は30歳ぐらいで引退すべきだったと言うけど、
平成2年まで角界に千代の富士より強い力士なんて存在しましたか?
実際に平成2年までは、全盛期と比べれば力は落ちていたけど
実力No.1は千代の富士だったのよ。
30歳で引退して欲しかったなんていうのは僻みのような物に見えてしまいます。

136 :待った名無しさん:04/03/19 04:23
北の湖がサンパチ組や大乃国、旭富士などの新しい時代の力士には対応できず引退したあとも、
同世代の千代の富士はそれらに対応して生き残った点が凄いと思う。普通なら下り坂に差しかか
る年齢の時に、新人類と呼ばれたそれらの力士たちの上に立てたのは、相当厳しい自己管理をし
ていたのだろう。

137 :待った名無しさん:04/03/19 04:40
>>135
あのね、千代の富士をうらやんだりひがんだりする北の湖ファンなんて、いないんだけど……。

138 :待った名無しさん:04/03/19 20:09
北の湖は売ることはあっても買わなかった。
千代は買いあさった。

意味わかるね? >千代オタ

139 :待った名無しさん:04/03/19 20:37
北の湖と千代の富士のピークの年齢は、5年ぐらいずれているね。
ところで北の湖は、他の力士に星を売っていったというのは、
本当の話なの。信じられない。
それでも北の湖が他の力士に優勝を譲っていたというのは、
聞いたことある。

140 :待った名無しさん:04/03/19 20:42
北の湖が25歳前後が強さのピークで
千代の富士が30歳前後が強さのピークだった。

141 :待った名無しさん:04/03/19 20:45
>>132
確かに北の湖と谷風は、体型が似ているね。
体重はこの両者ほぼ同じだけれど、
身長は谷風のほうが10センチ高い。

142 :待った名無しさん:04/03/19 20:49
>>138
いつまで経っても平行線辿るだけでめんどくせーから一度しか書かないけど、
そういう事実は証明されていない。

意味わかるね? >ヤオチュー

143 :待った名無しさん:04/03/19 21:00
>>142
千代の八百長を証言した力士は、何人かいるよ。
その中で「週刊宝石」で南海竜が70万円で
超大物と八百長をしたというのが衝撃的だったよ。

144 :待った名無しさん:04/03/20 01:43
>>142
板井著「中盆」を読め!
かなり具体的に書かれており、この本の内容が全て作り話だと考えるのは無理がある。
というか、これだけはっきり日時や相手まで特定して「大横綱」が八百長呼ばわりさ
れていながら、結局本人も相撲協会も訴えなかったのは不自然すぎるのでは??

145 :待った名無しさん:04/03/20 02:22
o

146 :待った名無しさん:04/03/20 02:41
>>144
板井の八百長暴露本のほうが大鳴戸より信憑性が高い。
板井の暴露本も何割か作り話だろうが、結構信用できると思う。

147 :待った名無しさん:04/03/20 06:47
鼻くそが耳くそのの事を書いた本と、目くそが歯くその事を書いた本とを、
どちらが良い本かなんて論じるだけでばからしい。
あんなの読むよりも相撲見ている方が楽しいぜ。
鼻くそ君と目くそ君に、印税を寄付するっていうのも不愉快だね。

148 :待った名無しさん:04/03/20 06:59
>>147
ハァ?
その鼻糞と目糞の相撲を見ていて楽しいですか?


149 :待った名無しさん:04/03/20 07:15
くだらない本を読んで時間をつぶすくらいなら、テレビ見よう(場所に行こう)、
ってことだよ。

150 :待った名無しさん:04/03/20 11:42
北の湖はS57末くらいで引退していたら
戦後最強横綱として名前が残った気がするんだけど・・

151 :待った名無しさん:04/03/20 11:56
>>150
しかし、そうしたら、憎まれ役が急に落ち目になって引退
という感じだったかもしれない。
最後の全勝優勝に至るまでの過程で、それまで強すぎて憎まれ
役だった北の湖の本質があぶりだされ、ほんとうはこの人いい人
なんだと一般のファンに理解された。

152 :待った名無しさん:04/03/20 13:57
最後の全勝優勝の北の湖は見たくなかった。
にっこり笑うなんて……。
お前を憎んでいたオレはどうしたらいいのよ。

153 :待った名無しさん:04/03/20 14:13
>>150
現役中に亡くなった玉の海の例でもわかるように、
限界を暴露しないで引退すると、評価が高くなる傾向にある。
確かにその頃に引退すれば、戦後最強と言われていたかもしれない。
やはり、横綱は引き際が大事ということか・・・

でも、その後、ボロボロになりながらも、必死に戦った北の湖には、
別のドラマがあったと思う。

154 :待った名無しさん:04/03/20 14:23
この場所(S,59夏)の5日目位だったでしょうか。
北の湖自身が「体の調子が最近の中で一番いい」
というような意味のことをインタビューの中で言いました。
他の力士は、これを北の湖の「優勝宣言」と受け止めたのではないでしょうか
隆の里にしろ千代の富士にしろ、北の湖に絶対勝ってやろうという「意欲」が
少なかったように思います。

155 :待った名無しさん:04/03/20 15:40
引き際については賛否両論があるだろうが、
無様に負ける様をさらしてでも燃え尽きるまで
取り続けた姿は、やはり大横綱の最後に
相応しいものだったと思う。

156 :待った名無しさん:04/03/20 15:46
北の湖は新国技館の土俵に立つことにこだわっていた。
それがなければ、もっと早くやめていた。

157 :待った名無しさん:04/03/20 19:28
相撲じゃないけど、プロ野球の江川投手が13勝挙げたにもかかわらず
32歳で引退した時、凄い批判を浴びたような気がするけど。
小林投手も13勝したのに引退したから江川同様に凄い批判を浴びた
記憶がある。

158 :待った名無しさん:04/03/20 22:43
>>156
東京ドームが出来る時に江川は、自分のほうから辞めたけど、
松本は、守備がグランドが広いドームに対応できないという
ことで無理やりやめさせられた感じだった。
広島の衣笠は、北の湖の例を挙げて東京ドームに1試合か
2試合出場しただけで引退するのは、やだと語っていた。

159 :待った名無しさん:04/03/20 23:06
>>158
実際には東京ドームはセンター方向を除いて広くはないんだけどね。

160 :待った名無しさん:04/03/20 23:17
>>159
両翼は、旧後楽園より10メートル広いけど、両翼からセンターまで
膨らみがないから右中間左中間は、それほど広くないだろう。

161 :待った名無しさん:04/03/21 09:43
>>160
その両翼もフェンスが高いだけだしな。福岡ドームよりも短く見える。
もっとも、後楽園も両翼付近のみフェンスが高かったが、
いかんせんサイズがショボ・・・

ところで両国と蔵前の収容人数はあまり変わっていないはずだけど、
やっぱり両国の方が一人当たりの面積はひろいのかな?

162 :待った名無しさん:04/03/21 09:54
>>161
桟敷のサイズは大きくなった。といっても4人では苦しいが。

163 :待った名無しさん:04/03/21 13:33
>>152
晩年の北の湖は、全盛期のころと違って勝敗に対して
表情がはっきり表れるようになった。
相撲に勝つと本当に嬉しそうな表情をするようになった。

164 :待った名無しさん:04/03/21 13:58
金城は、衰退期の北の湖と対戦していれば一度ぐらい勝っていた
かもしれない。しかしその頃の金城は、幕内と十両を行き来する
エレベーター力士だったために29連敗してから一度も対戦しない
まま引退した。

165 :待った名無しさん:04/03/21 14:23
>>157
あれは引退の理由で物凄い嘘ついたからみんなを怒らせた。

166 :待った名無しさん :04/03/21 14:57
大横綱の8勝7敗を見るのはすごく忍びなかった

167 :待った名無しさん:04/03/21 15:34
>>164
大相撲トーナメントでは勝ったんだよな

168 :待った名無しさん:04/03/21 16:01
昭和57年夏場所に金城が北の湖に対戦成績29戦全敗した時に
30になるまで一度勝ちたいと悔しがっていたが、ついに実現
出来なかった。

169 :待った名無しさん:04/03/21 17:35
>>165
確か江川が針治療をしても肩が回復しなかったと言った記憶がある。
逆に巨人が医療体制がしっかりしていないことも暴露されたね。

170 :待った名無しさん:04/03/21 18:54
>>169
結果的にはそれでいいのだが、江川の場合はもっと走り込みをすれば
肩の負担が軽減できたのになぁって思う、ってカネやんも言ってた。

どんなスポーツでも足腰が強くなければ成績がよくならんよね。
曙は別にして(w

171 :待った名無しさん:04/03/21 21:02
>>170
そういえば北の湖が昭和59年夏場所で全勝優勝した時に
場所前に下半身を鍛えていたよ。自転車に乗っていたりしていた。
曙の下半身が弱かったから引き技で負けたことが多かった。

172 :若島津ファン@西前頭10 ◆ffSGlQlq6. :04/03/21 22:54
若島津−北の湖
対戦成績は同じぐらいだったはずですが、休場に追い込んだ2場所の相撲は
北の湖はヒザから崩れていくような感じで、相当足が悪いんだと感じた。

173 :待った名無しさん:04/03/21 23:14
>>172
この両者の対戦は、北の湖の衰退期と若島津の絶頂期と重なった感じ。

174 :待った名無しさん:04/03/22 12:55
http://www.fsinet.or.jp/~sumo/profile/1/19840901.htm
このサイト見ると、北尾が北の湖に勝ってるけど、北の湖の
引退する前の場所だね、その前に何度かやってるんでしょうか?

175 :待った名無しさん:04/03/22 12:58
>>174
北尾と北の湖の対戦は、その(昭和59年11月)1回だけ。

176 :待った名無しさん:04/03/22 14:11
>>169
ここのつぼに針をうてば一時的には回復するが野球生命を絶たれてしまうと
針師にいわれたが、チームのためにあえてそこに針をうって肩が使い物に
ならなくなったと美談に仕立てていたが、針の専門家にそんなつぼなんか
あるわけねーだろと突っ込まれた。



177 :待った名無しさん:04/03/22 15:51
正直言って、北の湖はただのデブ。
今相撲とったら幕下にあがれるかどうか・・・

178 :待った名無しさん:04/03/22 20:15
そんなエサじゃ誰も食い付かんよ

179 :待った名無しさん:04/03/22 20:47
大鵬、北の湖、千代の富士の出身地には、それぞれの立派な記念館があるが、
貴乃花記念館はできそうもないな。
東京というのが……問題だね。

180 :待った名無しさん:04/03/22 20:51
全盛期の北の湖と現在の朝青龍が相撲を取ったら面白い勝負になりそう。
朝青龍は、貴乃花みたいに26歳前後で停滞することがなければ、
北の湖の優勝回数24を上回ると思う。

181 :待った名無しさん:04/03/22 20:56
>>179
千代の富士記念館は、千代の富士が地元の人に嫌われているせいか、
あまり多く陳列していないらしい。
北の湖と大鵬は、地元のタニマチを大切にしたけど、
千代の富士は、資金力のない地元タニマチを軽視していた。

182 :待った名無しさん:04/03/22 21:00
ジョン・レノン博物館は、ジョン・レノンと縁もゆかりもない
さいたま新都心にあるように、貴乃花記念館もどこかに出来るよ。

183 :待った名無しさん:04/03/22 21:41
夢の島なんかピッタリだね

184 :待った名無しさん:04/03/22 23:18
>>183
それもいいかも。

185 :待った名無しさん:04/03/24 23:31
入門したての北の湖は、出稽古に来た北の富士にかわいがられたけど、
北の湖は、当時大関だった北の富士を全く動かせなかったらしい。
入門したての頃は、どんな大物でも一流力士には、かなわないか。

186 :待った名無しさん:04/03/25 00:06
大物ったってまだ厨房だろ

187 :待った名無しさん:04/03/25 00:16
>>186
北の湖は、入門以前の頃から柏鵬級の逸材と言われていた。

188 :待った名無しさん:04/03/25 01:09
回しを切る腰振りがすごかった。全盛期の貴乃花も似た動きができた。

189 :待った名無しさん:04/03/25 01:17
>>185
「入門したての北の湖」というなら、中学1年生、ってところか。
いまどきの、大卒序ノ口力士などと比べるわけにもいかないな。

190 :待った名無しさん:04/03/25 03:10
成績はオール1だったらしい
それでも大卒の時津風よりは立派な理事長だから
相撲界の教育人間育成力はすごい

191 :待った名無しさん:04/03/25 12:22
体育も1だったの?

192 :待った名無しさん:04/03/25 12:27
北の湖って知らない俺にとってはタダのデブに見えるんだけど
なんで強かったの?
わかりやすく教えてくれ

193 :待った名無しさん:04/03/25 13:31
>>192
ただのデブです。
間違いない。

194 :待った名無しさん:04/03/25 13:36
ま、今相撲とったら腕の短さが致命的だな。
相手にさされると上手に全く手が届かない。
もし届いてもすぐ切られる。
握力も70kg以下だったらしいし。

195 :待った名無しさん:04/03/25 21:34
相撲は握力で取るもんじゃないよ。
ちなみに怪力・隆の里も、握力は以外に弱く、60kg程度だったらしい。

196 :待った名無しさん:04/03/25 22:17
北天佑は、両手の握力が90キロ以上あったよ。
小錦も北天佑の強さを認めていたよ。

197 :待った名無しさん:04/03/25 22:26
ところが、その北天佑は、ありあまる素質を持ちながら大関止まり。
意外なところでは、元祖貴ノ花も握力80kgあった。
他にも出羽の花や金剛、古くは若浪など、リンゴを潰せるほどの握力を
誇りながらチョボチョボで終わった例はたくさんあるよ。

千代の富士のような例もあるけどね。

198 :待った名無しさん:04/03/26 13:27
北の湖 攻められると泡食って自滅することが多かった
大鵬 一気に出てくる力士を苦手とした
輪島 がっぷりになっての寄りに弱かった

199 :待った名無しさん:04/03/26 21:58
>>198
輪島が稽古不足で腰にねばりがなかったせいとも言われている。

200 :待った名無しさん:04/03/26 22:32
握力あるけど平凡といえば、琴龍は90kg超えてて80kg台の朝青龍を上回る。
同じ佐渡ヶ嶽の琴欧州は120kgで、おそらく現役角界握力No1

201 :待った名無しさん:04/03/27 23:19
>>198
あと大鵬は、栃ノ海・栃光・北葉山・海乃山・玉の海など
小兵力士も苦手にしていた。

202 :待った名無しさん:04/03/27 23:44
>>197
出羽の花は、大関まであと一歩のところまで行った。
若島津には、かなり強かったけど、千代の富士には全く歯が立たなかった。
そのことが大関昇進を逃した原因と言われている。
突き押しの力士には、全く弱いのに小錦に4勝している。

203 :待った名無しさん:04/03/28 13:59
北の湖の得意な決まり手は吊り出し?

204 :待った名無しさん:04/03/28 14:12
>>202
出羽の花が大関昇進を逃した理由が千代に歯が立たなかったからとは
別に言われてなかったぞ。出羽の花が大関になれなかった原因としては、
軽量の割りに勝ち味が遅い、場所を通じてもスロースターターの傾向があって
前半は星が上がらず大勝の場所が少ない、30過ぎてから全盛期を迎えたため、
ピークも短かった、といった辺りだ。

205 :待った名無しさん:04/03/28 15:56
>>203
軽量力士に対してはね。
左下手だけで吊ることもある。腹に乗せてね。

206 :待った名無しさん:04/03/28 16:08
出羽の花って北の湖より年上なんだよね。
面白いわあ。

207 :待った名無しさん:04/03/28 17:45
怪我がなければ朝青龍が年間最多勝記録更新するよまちがいない

208 :待った名無しさん:04/03/28 17:59
>>207
それどころか朝青龍に勝てそうな力士が思い当たらない。
もし千代大海か魁皇が来場所14勝以上の優勝だったら
横綱昇進も可能性があると思う。もちろん朝青龍に勝つことが
横綱昇進の最大条件になるだろう。

209 :待った名無しさん:04/03/28 18:03
>>206
もちろん出羽の花が大関に昇進できなかったのは、千代の富士に全く
歯が立たなかったことだけが昇進を逸した原因では、ない。
しかし出羽の花が千代の富士に全く勝てなかったことも大関昇進を
逸した原因であることは、間違いない。

210 :武留魔:04/03/28 18:06
>>207
残りを61-4、つまり、平均14-1で行けば北の湖の85-5を更新するわけか。
いくら朝青龍なかやりそうだな。
逆にいえば、昭和52,53年の北の湖の強さ、その強さに真っ向から立ち向かって大相撲を取った輪島や若乃花も凄かったんだな。


211 :武留魔:04/03/28 18:08
>>209
しかし、出羽の花対若島津、出羽の花対隆の里は毎場所のように四つ相撲の激闘・熱闘続きで、見応えがあった
記憶に残る名関脇だ

212 :待った名無しさん:04/03/28 18:09
>>210
85勝は6場所最多勝記録
年間だと82勝

213 :武留魔:04/03/28 18:15
>>212
サンクス
82なら残り4場所を53-7で更新か。今の朝青龍なら更新濃厚だな。
今更いっても仕方がないが、北の湖の53九州での最後の3連敗が悔やまれる。もう2,3勝上積みしとけば…


214 :待った名無しさん:04/03/28 18:23
北の湖が圧倒的に強かった時期に北の湖を苦しめる力士は、
誰かと話題となり、奇しくも朝青龍の親方である朝潮が
北の湖キラーとなった。
朝青龍も将来彼を苦しめる力士は、必ず出てくるだろう。
北の湖理事長が千代大海・魁皇が13勝以上だったら
来場所の成績いかんで横綱昇進もあり得るという発言は、
朝青龍の一人横綱時代が続くことに懸念を示したことだと思う。

215 :待った名無しさん:04/03/28 18:28
>>241
北の湖全盛時代に若乃花が横綱になったが、13勝(準優勝)、13勝(優勝同点)、14勝(優勝同点)で優勝はなかった。
ただ直前2場所で北の湖に連勝したのが大きかったね。
優勝は逃しても朝青龍に連勝して1差以内の準優勝なら横綱昇進もあり得ると見た。
ただ朝青龍に勝てなければダメだろうね。

216 :武留魔:04/03/28 18:29
千代大海か魁皇が朝青龍の前に立ちはだかり、輪湖決戦のようになれば理想なのだが、
千代大海は調子の波に左右されすぎだし、魁皇は年齢的に不安だし…

いづれにせよ、二人の横綱昇進には、来場所の優勝+朝青龍に勝つことが絶対条件だろうね。
14勝でも朝が全勝だったら綱は無理だろう。
若三杉は13,14の優勝なしで横綱になったが、直前二場所連続で北の湖(優勝横綱)に本割で勝ってるしな。


217 :待った名無しさん:04/03/28 20:58
>>215
千代大海・魁皇は、13勝以上あげないと駄目だろうね。
ただ押尾川審判部副部長は、彼らの横綱昇進について否定的だよ。

218 :待った名無しさん:04/03/28 21:16
今の朝青龍なら全盛期の北の湖とも互角に戦えそう。
しかも朝青龍これからまだまだ強くなれる。

219 :待った名無しさん:04/03/28 21:22
互角というか、朝青龍は真正面からは勝負に行かないでしょ。
勝ち星負け星だけの話をするなら互角にはなるかも知れんけど。

220 :待った名無しさん:04/03/28 23:53
出羽の花が大関候補と言われたのは、ほんの一瞬だけのことだと思ったよ。
腕力(握力)頼みの、硬い相撲っぷりで・・・

221 :待った名無しさん:04/03/29 01:34
>>220
その出羽の花を北の湖が片手だけで勝ったことがある。

222 :待った名無しさん:04/03/29 07:27
>217
押尾川は2場所連続優勝なら・・・という事だったような。

223 :待った名無しさん:04/03/29 22:59
>>220
ホントにほんの一瞬だけ。
57年の初場所〜夏場所にかけて
小結10勝5敗→関脇9勝6敗→関脇11勝4敗で名古屋に朝潮と共に
大関取りに臨むが8勝7敗、秋6勝9敗で終わり。
後は基本的に三役でも8勝が精一杯で二度と大関の声はかからなかった。

224 :待った名無しさん:04/03/29 23:52
千代大海と魁皇が14勝以上で優勝だったら横綱に昇進させることに
したらしいけど。そして千代大海と魁皇が2人優勝決定戦で戦った
時には、同時昇進の可能性があるとのこと。
この点で北の湖と押尾川が意見が対立しそう。

225 :待った名無しさん:04/03/29 23:58
同時昇進を観たい気もするが
40年近くないんじゃないの?

226 :待った名無しさん:04/03/29 23:59
↑ 横綱のね。

227 :待った名無しさん:04/03/30 00:05
>>225-226
昭和45年1月場所後の北の富士・玉乃島の横綱同時昇進の最後。
したがって今から34年前が横綱同時昇進の最後。
ただ千代大海・魁皇が柏鵬・北玉のように1時代を築けるかどうか
なると大きな疑問は、残るけど。

228 :前スレの1:04/03/31 17:29
>>214
「北の湖が圧倒的に強かった時代」となりますとS52〜53あたりに
なるでしょうからこの時代だと朝潮との対戦はほとんどなく、
むしろ北の湖が衰え始めてからの苦手力士という事ができます。

ならば正にその全盛時代に互角に渡り合えた力士となると
やはりほとんど探す事ができませんが若乃花を筆頭に、
輪島、琴風、黒姫山の4人が全盛期間に2勝以上を挙げていますね。

>>216
私も朝青龍に前に立ちはだかる壁としては魁皇に大いに期待を
寄せています。ただ今場所、先場所の惨敗で遂に対戦成績が
5分に持ってこられてしまったのは何とも悔やまれるところ。
これで朝青龍に対戦成績で勝ち越している力士はいなくなって
しまった訳で…来場所こそ魁皇に綱取りも含めて頑張って欲しいです。

実は魁皇贔屓です、ワタクシ^^;;

229 :待った名無しさん:04/04/01 00:03
>>228
北の湖は、朝潮を苦手にし出したのは、昭和55・56年だから
衰え始めてからの苦手力士と言えない。
昭和56年春場所で北の湖が14勝1敗で優勝した時、朝潮との対戦が
無かった。その時は、北の湖と朝潮の割りを組ませなかったことに
協会は、相撲ファンから批判を受けた。

230 :待った名無しさん:04/04/01 00:05
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/denpa/1077456136/l50

231 :待った名無しさん:04/04/01 00:17
千代と14−1で千秋楽決戦になったS56初・名古屋も
一敗は朝汐なんだよね

232 :待った名無しさん:04/04/01 00:25
>>231
あと昭和56年夏場所北の湖と千代の富士の13勝1敗の
千秋楽相星決戦で北の湖が勝った。
その時の北の湖が1敗した力士も朝汐です。

233 :待った名無しさん:04/04/01 00:44
>>190
北の湖の体育の通知表だけは、2だよ。

234 :朝汐:04/04/01 01:09
優勝1回だけの、凡庸な大関です。

235 :待った名無しさん:04/04/01 01:55
>228
魁皇と北の湖は体型が似てるよね。
得意の四つも同じ左四つだし。

236 :待った名無しさん:04/04/01 13:58
aidadhmb`fidhmb`fidadhmb`aidadhmb`fidhmb`fiad
adhmb`aidadhmb`fidhmb`fidadhmb`aidadhmb`fidhm
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dadhmb`fidhmb`fidadhmb`aidadhmb`fidhmb`fidafi

黒丸を重ねるように見ると立体が浮かんできます。

237 :待った名無しさん:04/04/01 23:44
>>234
近大からなりものいりで角界に入門した割りに優勝少ないね。
入門わずか4場所で新入幕でそしてわずか6場所で三役昇進したのに。
あの輪島より新入幕のスピードが早かったのにね。

238 :待った名無しさん:04/04/02 02:15
久嶋海に至っては三役にもなれず・・・。

239 :待った名無しさん:04/04/02 18:20
服部ってどうしたっけ?
確か教師になったヒト

240 :待った名無しさん:04/04/02 19:47
>>239
東海学園大学の教員だな、もちろん相撲部の監督も兼ねてる

241 :待った名無しさん:04/04/02 22:15
北の湖が衰え始めてから苦手力士になったのは、若嶋津・大寿山だろう。
大寿山には、一度軽々とつり出されたことがある。やはり北の湖の体力の
衰えのせいか。

242 :待った名無しさん:04/04/03 02:10
お相撲さんってデリケートなのね、

ところで、北の湖時代(千代の富士時代も)って、立ち合いの時、
手を付いてない力士って多いよね? 前かがみで腰を落とすだけとかで・・・
巨砲はついてたっけ?

243 :待った名無しさん:04/04/03 02:54
>242
当時は大目に見られてたからね。
今みたいにちゃんとやるようになったのは、たしか俺が小6の頃からだったと思う。

244 :待った名無しさん:04/04/03 03:19
立ち合いにしっかり手をつくことが義務付けられたのは
蔵前国技館最後の場所をなった昭和59年9月場所です。

この頃は北の湖もすでに結果的に5月に最後の全勝優勝をした後で
現役で両国国技館の土俵に上がる為だけに満身創痍の中で必死に
土俵を務めていた頃です。

関係ないけど、この場所に第24代式守伊乃助も定年になりました。
横綱としての北の湖を最も多く裁いた行司かもしれません。
時間いっぱいの仕切りになると対戦する両力士の間に割って入って
「待ったなし!」の声が非常に印象深かったですね。

245 :待った名無しさん:04/04/03 03:33
>>244
あ〜マサナオさんね、漏れもあの行司さん大好きだった。
今でもご健在でいられるのでしょうか…
あの声の張りは日本一の行司と言っても過言ではなかった。

246 :待った名無しさん:04/04/03 12:38
>>244
昭和59年秋場所といえば小錦旋風が吹き荒れた場所ですね。
なつかしいです。優勝は、多賀竜だったけど、実際には
小錦の強さが目立った。
多賀竜が14日目・若嶋津、千秋楽・朝潮と大関以上の力士との対戦が
わずか2番しかなかったのに、小錦は11日目・隆の里、
12日目・若嶋津、13日目が関脇・大乃国、14日目・千代の富士、
千秋楽・琴風とことごとく上位との対戦が続いた。番付の位置が違う
とはいえ、今でも取組の不公平なことに憤りを感じてしまう。
その当時小錦が外国人力士だからだとか入門して2年しか経っていない
ということで優勝をさせたくないという空気が強かった。
強ければどんな力士が優勝しても構わないと思う。
その時の相撲協会の小錦と多賀竜の割りを決める手際の悪さも批判された。
昭和56年春場所の北の湖が14勝1敗で優勝した時も当時前頭筆頭の朝汐
との対戦が無く批判されたが、その時の教訓が活かされていないと朝日新聞
で批判された。

247 :待った名無しさん:04/04/03 19:11
正直爺さんはまだ健在なはずです。
のこった!のぉこったのこった!の独特な掛け声がよかった。


248 :待った名無しさん:04/04/03 19:39
>>247
お〜ご健在なのですか、ありがとうございます!

私にとっての相撲全盛期のラスト3番は

第24代式守伊之助
第27代木村庄之助

このお二方によって彩られていました(遠い目
27代庄之助さんも長い事立行司やってましたね。
北の湖の相撲を果たして何番裁いたことやら
。これ以降の行司さんに萌えると言えば
27代伊之助(木村庄太郎)くらいかもしれません。

249 :待った名無しさん:04/04/03 19:54
>>246
その場所の小錦は西の6枚目、多賀竜は西の12枚目ですから
少々の不公平は致し方ないかと思いますね。
(当方、別に外国人力士を否定するつもり毛頭ありません)
6枚目ともなれば無敗〜1敗程度で終盤を迎えれば
上位陣にガスガス当てられる位置ではあります。
小錦の登場によって協会から日本相撲崩壊の危機だとか
愚かな論争起きたのはこの1年あと、三役でも11〜12番
勝ち、いよいよ大関目前とされた時だったと思います。
まぁ小錦が北尾に鯖折り喰らうのもこの頃な訳ですが。

一方、当時は幕内が14枚目までしかないこともあり
12枚目といえばよほどの事がない限り最終盤まで
割が崩されることはありませんでした、

まぁそれでも多賀竜の場合、前場所優勝して横綱目指す
全盛期の若島津に当てられて。見事大相撲から大関を
寄り倒して打ち破ったのですからこの優勝は誰もが納得
できる事だと私は考えています。

250 :待った名無しさん:04/04/03 20:04
>>249
お前さん、しばらく見ないうちに、すいぶん句読点が使えるようになったな。
まだ少しおかしいところがあるが、外国人としては上等だ。
がんばれ!

251 :待った名無しさん:04/04/03 20:13
>>250
国技のピンチと言われたのは、小錦が横綱・大関を立て続けに破った
昭和59年秋場所以後だよ。
それに多賀竜は、12日目・13日目平幕との対戦だったから
小錦と比べて圧倒的に有利だったはず。

252 :待った名無しさん:04/04/03 21:04
>>246

元祖貴ノ花初優勝の時も高見山との対戦がなかったことで
批判されたよね
でも熱狂的貴ファンだったおいらは感動で涙したぞ!
だって当時最強の北に勝ったとこを初めて見たもんで…

253 :待った名無しさん:04/04/03 21:05
千代の富士が引退してからの数場所、小錦が無敵の強さを誇った頃に、
九重部屋の巴富士が豪快に小錦を投げたの覚えてる人いる?
身長・体重・バランスなど立派で、かなり期待してたのになぁ、
やっぱ弓取り式をやってたのが災いしたのかなぁ ごっちゃん

254 :待った名無しさん:04/04/03 21:17
北の湖って名前もいいよな

255 :待った名無しさん:04/04/03 21:27
>>253
確か平成4年夏場所じゃなかったけ。小錦が「自分が横綱になれ
ないのは、外国人だからだ。」と言った人種差別問題が表面化した
時だと思う。この場所小錦が優勝か準優勝だったら横綱に昇進する
はずだったのに5日目から4連敗で横綱昇進を逃した。小錦のここ
一番に対する弱さが出た場所であった。

256 :待った名無しさん:04/04/03 21:28
巴富士は腕力任せの粗い相撲が災いし大成できなかった。
素質は相当なものだったはずだが・・・

コニシキをぶん投げたのは、小手投げだったかな?

257 :待った名無しさん:04/04/03 21:31
>>256
巴富士は、武蔵丸をも投げ飛ばしたぐらいだからね。

258 :待った名無しさん:04/04/05 01:53
昭和55年初場所9日目に北の湖が目下27連勝中だった荒勢に引き落とし
だったかはたき込みだったか忘れたけど、敗れてしまった。
その時の実況アナウンサーは、かなり驚いていた。その後北の湖は、荒勢に
2連勝して対戦成績は、31対2だった。
因みに途中からの27連勝は、今でも最高記録となっている。

259 :待った名無しさん:04/04/05 19:33
荒勢は、2代目若乃花・三重ノ海・貴ノ花に対して勢いのある立合いを
していたのに北の湖に対しては、無抵抗だった感じ。

260 :待った名無しさん:04/04/06 01:03
>>254
北の湖の四股名は、出身地洞爺湖に因み三保が関が
小説「湖の琴」から命名した。

261 :待った名無しさん:04/04/06 01:17
>>258
荒勢は突進力はあったけど横からの攻めや引き足の速さはなかった。
北の湖は他の力士が嫌がっていた高見山や荒勢の当たりを全く苦にしていなかったし、
この両者は立ち合いの変化といった小細工を弄さずに真っ正面から北の湖にぶつかっていたからね。
だから安心して当たり、安心して前に出られる。それがあの対戦成績に現れたのだと思う。

これが黒姫山や朝潮だと引き足の速さでごまかして誘い込もうとするから、
北の湖も迂闊に出られない。そして却って術中にはまるというわけ。

262 :待った名無しさん:04/04/06 01:24
荒勢は一年ほど三役をキープしていました。脇を固めた名力士として
忘れられないですね。

263 :待った名無しさん:04/04/06 01:43
>>261
逆に三重ノ海は、高見山と荒勢の突進力を苦にしていた。
対戦成績でも三重ノ海は、この両者にあまり分が良くない。

264 :待った名無しさん:04/04/06 05:39
>>261
昭和55年春場所に朝潮が北の湖に引き落としで勝ってから
朝潮は、北の湖戦に自信を持ったとのことです。

265 :待った名無しさん:04/04/06 05:41
>>262
荒勢のがぶり寄りは、今でも語り草になっていますね。

266 :待った名無しさん:04/04/06 22:25
昭和56年5月場所まで北の湖は、千代の富士を寄せ付けなかった。
その年の初場所千代の富士が北の湖を破って初優勝を飾った。
その時の瞬間視聴率は、52.2%だった。今でも相撲放送の最高視聴率
になっている。

267 :太刀山型の土俵入り:04/04/06 22:30
>>266
瞬間は60超えてたよ。

268 :待った名無しさん:04/04/06 23:18
>>267
じゃ平均で視聴率52.2%ということか。どっちにしても
凄い視聴率だ。現在の下火の相撲では、考えられない。
因みに私も昭和56年初場所千秋楽の千代の富士が優勝決定戦で
北の湖を下した一番テレビで見ていたよ。

269 :待った名無しさん:04/04/07 01:30
北の湖対千代の富士の対戦成績は、12対6で北の湖が圧倒している。
北の湖が6連勝した後千代の富士が1勝し、その後北の湖が4連勝した後
千代の富士が1勝した。その後昭和57年初場所北の湖が千代の富士を
下し対戦成績を11対2と北の湖が千代の富士を全く寄せ付けなかった。
その後逆に千代の富士が衰えの見えた北の湖に4連勝し、最後の対戦と
なった昭和59年夏場所北の湖が千代の富士を寄り切りで下し対戦成績を
12対6とした。この対戦の特徴は、時期によって優劣がはっきりわかれて
おり、北の湖の全盛期には千代の富士を全く寄せ付けなかったのに対して、
千代の富士が強くなり始めた頃から北の湖が衰えてから千代の富士が北の湖を
圧倒した。
これは、玉錦と双葉山との対戦と良く似ており双葉山の体重が軽かった頃に
玉錦が体力勝ちしていて5連勝した後、双葉山の体重が増えて玉錦に寄り倒し
で勝ってからその対戦を含めて3連勝した。両者の対戦は、玉錦が強かった
頃は、双葉山を寄せ付けなかったのに対して、双葉山が力をつけて玉錦が
衰えてから逆に玉錦が双葉山に勝てなくなり、時期によってはっきりと
優劣が分かれていた。

270 :待った名無しさん:04/04/07 03:25
>>269
>玉錦が体力勝ちしていて5連勝した後
6連勝です
>双葉山の体重が増えて玉錦に寄り倒しで勝ってから
浴びせ倒しです
>その対戦を含めて3連勝した。
4連勝です

まぁ北の湖スレで双葉山時代の重箱の隅つつくのも
どうかと思うが一応ツッコませていただく。

271 :待った名無しさん:04/04/07 03:41
まぁ重箱の隅はさておいてもだ・・

双葉山時代の本場所は年にたったの2場所。
力士が急激に力をつけ1場所で強さがまるで変わる…
今風に言えば確変も大いにあり得たわけですな。

逆に言えば北の湖vs千代の富士の北の湖のように
千代の富士に形勢逆転されてからもう一度勝つという
リベンジが盲腸炎による急逝で玉錦には果たせなかった。

昭和13年の準場所(番付に影響はないが給金には影響ある為、皆真剣勝負)では
本場所で連勝街道驀進中の双葉山を見事に下しているだけに双葉山に勝てる
可能性はまだまだあった。連勝ストッパーが安芸ノ海でなく玉錦であったなら
さぞやドラマチックなものになったでしょうが。。

272 :待った名無しさん:04/04/07 14:59
北の湖は、連勝記録には恵まれなかったね。
32連勝はたしかに昭和相撲史に残る記録ではあるが、双葉、千代、大鵬らに比べるとかなり見劣りがする。
相撲の性質上、取りこぼしの危険が上三人よりも高かった、
横綱初期(昭和49から52頃まで)には輪島という強力なライバルが、中期(昭和53から55頃まで)には若乃花というそこそこのライバルがいたからなのだろうが。

七度も全勝優勝を達成しながら、二場所連続全勝優勝を達成できなかったのも意外だ。

図書館で立ち読みした力士名鑑に、「北の湖には数字に表れない強さがあったといえる」と書いてあったが、まさにその通りだ。


273 :待った名無しさん:04/04/07 15:04
北の湖は数字に表れる強さもあったと思うよ。
例えば、横綱としての勝率。
この数字なんかもS57末くらいで引退していたら
戦後ダントツの最高記録として残ったはず。

274 :待った名無しさん:04/04/07 15:11
>>273
全盛期の終わり、昭和56年名古屋場所終了時点での横綱勝率は8割5分を超えていますね。
536勝94敗 .851

275 :待った名無しさん:04/04/07 20:08
やっぱ北の湖って凄いな、でも一発変換できない 何でだ?IME

276 :待った名無しさん:04/04/07 21:29
>>274
昭和56年名古屋場所までの北の湖は、13勝2敗ペースだったのですね。
驚異的な勝ち星ペースですね。
>>272
北の湖は、下位力士に対する取りこぼしが多かったからしかしそれにしても
32連勝中に安芸ノ海2世と言われていた三重ノ海に敗れたのは、歴史的な
因縁かな。双葉山の69連勝を止めた安芸ノ海に比べるとスケールが
小さいけど。

277 :待った名無しさん:04/04/07 21:36
>>244
亀だが、正直の伊之助。定年は59年の春場所限り。
だから、サヨナラ蔵前の時は後藤伊之助(当時)だ。

278 :待った名無しさん:04/04/07 21:44
北の湖は、32連勝の他に24連勝を2回している。
最初は、昭和53年夏場所千秋楽〜秋場所8日目までで9日目に
高見山に敗れてしまった。因みにこの一番が高見山最後の金星で
当時単独最多の12個となった。
二度目は、昭和55年夏場所10日目〜秋場所3日目までで4日目に
千代の富士に敗れてしまった。千代の富士は、この一番で北の湖に勝って
対北の湖戦初勝利となった。

279 :待った名無しさん:04/04/07 23:40
>>270
確かにその通り。間違ってすいませんでした。
玉錦は、アンコウ型の力士で年間最多勝6回を記録している。
これは、大鵬の6回と並ぶ2位タイ記録です。
年間最多勝の1位は、北の湖の7回です。

280 :待った名無しさん:04/04/07 23:59
>>278
そう言えば大鵬も45連勝以外に34連勝を2回記録
してるんだよね?
北の湖の勝率は頭抜けて高いけど大鵬も高かった。

281 :待った名無しさん:04/04/08 04:20
高見山最後の金星はテレビで見ました。北の湖の足がうっかり出ちゃったような
消化不良の一番でした。

282 :待った名無しさん:04/04/08 14:50
>>277
正直の伊之助、懐かしいね
くぐもった、しかし力強い声で、ひたすら「んっのこった、のこった」と繰り返していた姿は忘れられない。
53年名古屋14日目の輪湖全勝決戦はこの人が裁いたんじゃなかったっけ?

あと、「はぁけよぉーい、のぉーっ(た)、のぉーっ(た)、のぉーっ(た)、のぉーった」という感じで、独特のこぶしをきかせていた故・式守伊三郎の声も忘れがたい。

当時は行事にも個性があったな。


283 :待った名無しさん:04/04/08 14:56
>>282
行事が年寄株を取得できなくなってから『所詮香具師等は相撲取のなりそこね』って見方をされるようになったとか
そういう目で見られるようになってから修行を始めると個性を発揮するっていうのはなかなか難しくなるわな

284 :待った名無しさん:04/04/08 17:22
北の湖の連勝(20連勝以上)

32連勝
昭和54年1月場所8日目〜5月場所9日目
連勝前の黒星は黒姫山、連勝ストップは三重ノ海

24連勝
昭和53年5月場所千秋楽〜9月場所8日目
連勝前の黒星は若三杉、連勝ストップは高見山

昭和55年5月場所10日目〜9月場所3日目
連勝前の黒星は朝汐、連勝ストップは千代の富士

22連勝
昭和52年3月場所初日〜5月場所7日目
連勝前の黒星は輪島、連勝ストップは黒姫山

21連勝
昭和51年11月場所6日目〜昭和52年1月場所12日目
連勝前の黒星、連勝ストップとも若三杉

20連勝
昭和56年5月場所9日目〜7月場所13日目
連勝前の黒星、連勝ストップとも朝汐

昭和59年5月場所初日〜7月場所7日目
連勝前の黒星は隆の里、連勝ストップは旭富士



285 :待った名無しさん:04/04/08 22:04
北の湖の幕内成績は、804勝247敗で勝率7割6分5厘。
大鵬の幕内成績は、746勝144敗で勝率8割5分8厘。
時代が違うとはいえ、年6場所制での大鵬の幕内勝率8割以上は驚異的。

286 :待った名無しさん:04/04/08 22:08
北の湖は横綱昇進時点での幕内勝率が当時の最低だったらしい(年6場所制施行以降)。

287 :待った名無しさん:04/04/08 22:18
>>286
やはり北の湖が幕内で強くなるのに時間がかかった
証左でしょうね。

288 :待った名無しさん:04/04/08 22:25
昭和56年に千代の富士の秋場所の途中休場が無ければ、
北の湖の7度目の年間最多勝は、無かったと思う。
昭和56年秋場所で北の湖が10勝5敗だった。
この時点で北の湖の強さに陰りが見え始めたのだろうか。
因みに北の湖が10勝5敗で終わったのは、
昭和54年九州場所以来11場所ぶりだった。

289 :待った名無しさん:04/04/08 22:32
武術の神と言われる亀仙人より強い天津飯でも歯が立たないドラムを瞬殺した悟空が8年修行して、
同じ位の強さのピッコロさんと二人がかりでやっと倒したラディッツと匹敵する戦闘力を持つ栽培マンを
あっさり倒した天津飯・ピッコロ等が束になっても敵わないナッパを悠々倒した悟空の2倍以上強いベジータが
かなりパワーアップしても全く相手にならない強さのリクームを一撃で倒した悟空が更にパワーアップしても、
それを半分の力で殺せるフリーザをあっという間にバラバラにして消した未来のトランクスでさえ仲間と束になっても
敵わない人造人間17・18号に匹敵する強さを持った神コロ様でも敵わない程に
生体エネルギーを吸って強くなったセルと互角の16号を大きく越える17号吸収態セルを子供扱い出来る
精神と時の部屋パワーアップ後のベジータと随分差がある悟空でも勝てない完全体セルを
一方的に痛めつけることが出来るブチ切れ悟飯をも越えたベジータが命を賭けても倒せなかった魔人ブウが
更に凶悪になったブウと互角以上の戦いをしたゴテンクスよりも強くなった悟飯でも全く歯が立たない
ゴテンクス&ピッコロ吸収ブウが更に悟飯を吸収して強化しても全く歯が立たないベジット。


290 :待った名無しさん:04/04/08 22:49
>>288
年間最多勝ってのは怪我しないことも重要だから。
ちなみに56年秋場所の不調はその前の巡業で膝を痛めた影響。
結局翌九州で初休場、以降怪我と休場の連続になる。
上でも少し話題になったが54年半ば頃から徐々に取りこぼしが
目立ち始めた。当時はまだ十分すぎるほど強く、衰えなど感じなかったが、
「相撲」の座談会などを読むと、下半身のバタツキを指摘されている
場所が増え始めている。今思うと、この頃からわずかに衰えの兆候が
見られていたのかもしれない。
56年初場所千秋楽本割りの一番で軽量の千代の富士をつり出しながら
自らも膝から崩れ落ちたのは、その綻びが顕著に現れた最初の場面
だったとも言える。

291 :待った名無しさん:04/04/08 22:52
昭和53年の北の湖の年間勝利数は、82勝8敗で年間最高勝利数
として現在でも記録が残っている。
8敗のうち3敗が2代目若乃花だった。昭和53年だけで見ると
北の湖と2代目若乃花の対戦成績は、3勝3敗(優勝決定戦では
北の湖が2勝)だった。互角の対戦成績だった。
2代目若乃花もこの年78勝12敗でかなりの好成績だった。
しかし優勝回数は、わずか1回だった。2代目若乃花は、全盛期の
北の湖に阻まれたといっても過言でないだろう。

292 :待った名無しさん:04/04/08 23:03
>>290
確かに昭和54年の北の湖は、昭和53年に比べると
絶対的な強さが薄れたような感じがする。

293 :待った名無しさん:04/04/08 23:56
北の湖が膝を痛めたのは、大腿から下肢にかけての筋肉が異常に強く、
そのバネの力に膝の関節がついていけなくなったのが原因だそうです。
脚力の強さで無敵を誇った力士が、脚力の強さ故に故障が多くなってしまったという、
ある種非常に皮肉な結果を生んだわけですね。
で、北の湖は実は全盛期の頃から、控えで胡座を組んで座っているときに
膝に鈍い痛みがあったのだとか。
となれば、昭和54年の後半あたりから下半身が少しばたつくようになってきたのは、
おそらく膝がある特定の角度に曲がったときに、痛みが出るとか力が抜ける
ポイントがあったのではないかと想像します。
それが昭和56年になってはっきりと出てきてしまったと。

294 :待った名無しさん:04/04/09 00:12
膝の故障といえば、貴乃花も同じように悩まされましたね。
ちょっと脱線も交えながら書きます。
貴乃花の場合は、兄の若乃花と違って、運動神経も良くはなく、身体も硬かったのですが、
その代わり骨太で肉付きが良かった。腕力も結構あった。
そしてその身体の硬さを補うものとして、相手の身体を交互に対角線的に持ち上げるという
独特の寄り身を覚え、更に巧みに膝を寄せて相手の逃げ場をなくす技術を身に付けて
短期間ではあったものの無敵の強さを見せるようになったわけです。
しかし、ハワイ勢に対抗するため安易な体重増を選んだことで、貴乃花は、
さほど柔軟ではなかった筋肉をますます硬くしてしまったものと思われます。
平成8年の秋に患った背筋痛で身体の力のバランスを崩していた上にそれが重なり、
ますます身体が硬くなっていたと思われます。
平成10年以降、あの対角線寄りはほとんど見られなくなりましたから。

ちなみに、現役時代から囁かれていた、彼が筋肉増強剤を使用していたとの噂は、
武双山戦での大怪我の仕方を見る限り、十中八九真実だろうと思います。

295 :待った名無しさん:04/04/09 00:12
>>293
そのような状況下で北の湖は、昭和55年にも3連覇を果たした
わけですから本当に凄い力士ですね。
しかも3連覇目の名古屋場所は、15戦全勝優勝ですから。

296 :待った名無しさん:04/04/09 00:15
>>294
貴乃花が使用していた筋力増強剤は、バリー・ボンズが使用していた
ステロイドと同じものなのかな。

297 :294:04/04/09 00:28
>>296
さあ・・・そこまで詳しいことは本人か近しい人間でない限り言えないでしょう。
あれこれ読んだところでは、筋肉増強剤というのは体重と筋肉の量を増やす代わりに
筋肉を硬くしてしまうというのは間違いないようです。
ホルモンバランスが崩れるのと、肝臓に負担がかかるという副作用もあるとか。
実際貴乃花は肝機能障害に苦しみましたしね。

例の武双山戦ですが、別に不自然な方向への力がかかったわけではなく、
(最近では追風海の怪我なんかがそうでしたね。あと高見盛が幕下まで落ちたときのそれとか)
ごく普通の(というと変な言い方ですが)転び方でした。
あれで(結果的に7場所も休場することになった)重傷を負うというのは、
身体が不自然に硬くなっていたためではないかと想像します。

298 :待った名無しさん:04/04/09 10:11
>>286
>北の湖は横綱昇進時点での幕内勝率が当時の最低だったらしい

>>287
>やはり北の湖が幕内で強くなるのに時間がかかった
>証左でしょうね

北の湖って史上最年少で大関・横綱になったんじゃなかった?
とんとん拍子で出世したイメージあるけど、伸び悩んだ時期が
あったってこと?



299 :待った名無しさん:04/04/09 10:45
北の湖が横綱昇進を決めた時点での幕内成績は134勝91敗 .596。
幕内勝率6割切った状態で横綱昇進を決めたのは北の湖が初めてだったとか。
ttp://www.fsinet.or.jp/~sumo/profile/1/19720101.htm
にあるように、平幕時代は結構番付運が良くて、勝ち越し点数の割には番付が多く上がっている。
入幕3場所目で「是より三役」に出場し、その相撲で大関琴櫻を破るなど
大器の片鱗を随所に見せてはしていたものの、基本的にはじっくりと実力を
蓄えていくタイプだった。

300 :待った名無しさん:04/04/09 19:28
横綱昇進直前の昭和49年名古屋場所千秋楽で北の湖が輪島に本割りと
優勝決定戦で立て続けに敗れて輪島が逆転優勝した。
そのようなケースは、昭和46年初場所千秋楽で大鵬が玉の海に本割りと
優勝決定戦で立て続けに勝て32回目の優勝した時以来。
しかし昭和49年名古屋場所以降千秋楽の本割りと優勝決定戦で立て続き
に勝って優勝したケースは、昭和63年春場所千秋楽に大乃国が北勝海を
下して優勝するまで14年も後になってしまった。
因みに北の湖は、前場所の優勝と名古屋場所の準優勝が効いて横綱昇進を
果たした。横綱昇進直前3場所の成績は、36勝9敗と普通に合格点を
与えることが出来る成績だった。

301 :待った名無しさん:04/04/09 19:52
>>299
そのリンク先を見ると、新三役(東小結)の場所は4勝11敗で大きく
負け越してるね、逆にこの場所の北の湖を見てみたかった。

関脇になって以降、急に強くなってる印象だね、特に昭和56年まではさすがだ

302 :待った名無しさん:04/04/09 19:58
確か北の湖は、昭和50年名古屋場所に9勝6敗で終わった。
横綱に昇進してからも本領を発揮するのに時間がかかって
いることもわかる。

303 :待った名無しさん:04/04/09 20:13
>>301
関脇だったS48年九州だったか、その場所の後半戦で左足を
痛めたんだが、何とか千秋楽まで出場し10勝目を捥ぎ取った。

のちに「あのときの白星が大関昇進決定の際モノを言ったと思う」
と述懐もしてたかな。

304 :待った名無しさん:04/04/09 20:32
>>303
確か12年前の大相撲中継で中入りの時にインタビューで
北の湖は、関脇の時に足を痛めてから押し相撲から四つ相撲に
変わったと答えていた。

305 :待った名無しさん:04/04/11 13:25
北の湖は、越年の連覇が一度もない。
九州場所の優勝は、昭和51年だけで昭和52年初場所に
優勝していないため。
あともし昭和52年九州場所千秋楽で北の湖が相星決戦で輪島を
下していた優勝していたら前人未到の7連覇になっていたのに。
残念!!!

306 :待った名無しさん:04/04/11 16:55
北の湖の場所別優勝回数(カッコ内は優勝した年)
1月…6回(49、50、51、53、54、57)
3月…5回(52、53、54、55、56)
5月…7回(49、50、51、53、55、56、59)
7月…2回(53、55)
9月…3回(52、53、54)
11月…1回(51)

307 :待った名無しさん:04/04/11 18:40
NHKテレビの相撲放送が始まったのは、昭和28年5月16日だった。
奇しくも北の湖の生まれた日と一緒。これは、単なる偶然なのか。
それとも運命なのか。

308 :待った名無しさん:04/04/11 18:53
>>307
その手の偶然といえば・・・
第60代横綱双羽黒と第65代横綱貴乃花はどちらも名前が「光司」で、
しかもどちらも8月12日生まれ。
そしてどちらも品格を問題にされたことがあるという・・・

309 :待った名無しさん:04/04/11 19:16
輪島もだてに金色のまわしを締めていた訳ではないってことだ。

310 :待った名無しさん:04/04/11 20:06
>>309
北の湖のまわしは、紺だったね。

311 :待った名無しさん:04/04/11 20:12
端正な紺色のまわしがすごく似合ってた。
今となっては他の色のまわし姿は想像できない。

312 :待った名無しさん:04/04/11 20:13
北の湖の全盛期の頃は、巨漢力士だと思っていたけど、
後年力士の大型化が進んでから北の湖の全盛期の写真を
見るとかなりバランスの取れた体格に見えてしまう。

313 :待った名無しさん:04/04/11 20:18
北の湖はよく見ると意外に可愛い目をしているw

314 :待った名無しさん:04/04/11 20:21
>>313
北の湖の似顔絵は、描きやすかった。
なんといっても目が細いのがいい。

315 :待った名無しさん:04/04/11 20:25
平均年齢の高そうなスレですね

316 :待った名無しさん:04/04/11 21:06
北の湖はなんといっても巻きかえが絶品。そしてその直後に腰を一振りすると
相手の上手まで切っちゃうあざやかな連係で自分充分になる。

317 :待った名無しさん:04/04/11 21:19
>>316
パイオニアから出ているDVDでその真骨頂が見られますね。
昭和53年初場所13日目の若三杉戦と、56年夏場所千秋楽の千代の富士戦。
まず手首をすっと入れ、次に腕をぐいっと通して肩まで入れる。
同時に腰を振って相手の上手を切る。
北の湖は腕が短かったけど、この巻き替えはそれを逆手に取ったものでしたね。

318 :待った名無しさん:04/04/11 23:50
北の湖の巻き替えには賛否両論あったと思う。あれだけの大力士なのだから
小器用な巻き替えなどせず、おっつけて上手を取りにいくべきだという意見
も多かった。自分も(北の湖ファンだったが)いかにも「小技」という感じ
がしてあまり好きではなかった。しかし指と腕が短くてよく上手を切られていた
ので、あの巻き替えで結構助かっていたのは事実だが・・・・。

319 :待った名無しさん:04/04/12 01:37
強さを支え、短所を補うための、絶対的な技術。見方は様々でしょうが、天才輪島に
対抗していく中で練り上げられた立派な取り口だと思います。

320 :待った名無しさん:04/04/12 02:40
なんといっても北の湖は、出足の速さや巻き替えの速さなど
スピードが凄かった。
しかし攻撃相撲一辺倒の取り口が墓穴を掘ることも多かった。
長所と短所が紙一重と言える典型かもしれない。
北の湖と同じように速攻の攻撃相撲の柏戸もかなり取りこぼしが
多かった。柏戸は、不運にも病気や怪我が多く、優勝回数も5回に
留まったが、しかし大横綱・大鵬を苦しめた力士として歴史に残って
いる。
北の湖は、怪我や病気が少なく優勝回数も24回を数え、戦後の大横綱
として君臨している。

321 :待った名無しさん:04/04/12 12:58
>>320
神風氏だったか、小坂氏だったかが
「獅子がうさぎを討つにも全力を尽くすがごとき取り口」と形容していたね。

322 :待った名無しさん:04/04/12 13:51
包帯やサポーターをほとんどつけない、姿のきれいなお相撲さんだったよ。
体も大きいなりに均整がとれてた。

323 :待った名無しさん:04/04/12 14:01
確かに。
北の湖引退以降、160kgを超える力士はあまた現れたが、あれほど引き締まった
バランスのいい体型は見たことがない。

324 :待った名無しさん:04/04/12 21:58
雲龍型の土俵入りがよく似合ってましたね
あの力強い柏手を思い出します
憎らしいほど強かった頃はアンチ北でしたが
怪我をして力が衰えてきてからは
応援していました


325 :待った名無しさん:04/04/12 23:17
輪湖の2横綱時代は、常に両者が優勝争いして力も拮抗していた。
特に昭和51・52年は、両者が成績だけでなく内容もがっぷり
四つになることが多く白熱していた。これほど理想的に近い
2横綱時代は、そう多くないと思う。

326 :待った名無しさん:04/04/12 23:23
初めて見た「水入り」は、やはり北の湖対輪島だったなあ。

327 :待った名無しさん:04/04/12 23:25
'76年'77年は、
輪島7−5北の湖
って対戦成績だからな。
'78年から'81年初場所までは
輪島4−11北の湖
だった

328 :待った名無しさん:04/04/13 01:58
横綱・玉の海の急死以来誰が主役かわからない状態になった。
ライバル北の富士の停滞、大関もクンロクといった状態で群雄割拠化
していた。その間隙を縫って琴桜が大関で2連覇して横綱に昇進した。
しかし琴桜は、32歳という新横綱としては、高齢だったためにわずか
横綱在位9場所と短命だった。北の富士も玉の海の急死以後あまり
振るわなかった。昭和48年に輪島の横綱昇進、昭和49年になると
北の富士・琴桜の両横綱の引退と引き換えに北の湖が横綱に昇進した。
そして輪湖時代が始まった。北玉時代の終焉以後群雄割拠が続いた
角界も輪湖の躍進で2横綱時代が再び始まった。昭和50年は、輪島
の不振があって黄金時代と呼べなかったが、昭和51・52年になると
ほとんどの場所で輪湖が優勝を争う黄金時代に突入した。

329 :待った名無しさん:04/04/13 02:11
そして、一癖も二癖もある個性的な脇役力士たち。
貴ノ花、旭国、三重ノ海、魁傑、荒勢、麒麟児、
富士櫻、高見山、鷲羽山、若三杉、出羽の花、
播竜山、舛田山、玉ノ富士、蔵間、双津竜などなど。

330 :待った名無しさん:04/04/13 09:13
北の湖って13歳で入門って聞いたことあるけど、
当時は15歳以下でも入門できたってこと? 

331 :待った名無しさん:04/04/13 09:22
>>323
北の湖とは比べる程じゃないが、
岩木山なんかいい方だよね

332 :待った名無しさん:04/04/13 09:33
>>330
昔は中学生で初土俵を踏むことができました。千代の富士も中学3年の9月に初土俵を踏んでいます。
ですが、昭和46年だったかな? 当時の文部省が「義務教育期間中の子供に
仕事をさせることはまかりならん」みたいな下らない横槍を入れ、国会でも問題になりました。
それ以降、中卒の年の3月場所以降でないと初土俵を踏めないようにされてしまったのです。
(財団法人日本相撲協会は文部省管轄下なのでお上には逆らえないのです)
なお、当時土俵に上がっていた中学生力士は暫定措置として東京場所の日曜日だけ
土俵に上がることを許され、地方場所は番付据置のまま休場となりました。

333 :待った名無しさん:04/04/13 09:53
>>332
そうなんですか、どうもありがとうございました。
囲碁・将棋はいいんだろうか・・・

334 :332:04/04/13 10:16
補足:
中学生力士はほとんどが三段目以下(中学生で幕下に上がったのは北の湖だけ)であり、
彼らが土俵に上がるのは午前9時〜午後2時あたり。したがって学校の授業を休まないといけない。
当時の中学生力士はだいたいが両国中学などの国技館近辺の中学に通っていたわけですが、
それにしても1〜2時限は休むことになり、そして地方場所では丸2週間学校を休むことになる。
力士はすべて「財団法人日本相撲協会」に所属しているわけなので、社会的身分としては
「国家公務員」扱いとなる。
国家公務員が学校の授業を休むとは何事か、というのが当時の文部省役人の言い分だったようです。

335 :待った名無しさん:04/04/13 18:10
>>332
千代の富士の場合、当初は中途で廃業するつもりだったんですよね。

336 :待った名無しさん:04/04/13 19:26
>>332
そういえば今でも芸能界は、中学生以下でもOKなんだよね。
あと相撲じゃないけどプロ野球も昔は、高校中退の選手もOKだったよね。
国鉄の金田や東映の尾崎も高校中退の大投手だったね。
プロ野球は、いつから高校中退の選手を認めなくなったのかな。

337 :待った名無しさん:04/04/13 23:09
>>336
役者なんかの場合は子役が必要だからって理由なんだよねw

ジャイアント馬場は中卒でジャイアンツに入ったんだよね?


338 :待った名無しさん:04/04/13 23:53
>>332
ドラフト制度が導入されてからかな

>>337
馬場は一応高校(三条実業)中退だね

339 :待った名無しさん:04/04/15 01:13
大鵬と柏戸は、高校中退。それでも彼らは、21か22で横綱昇進を
果たしている。柏戸は、曰くつきの横綱昇進だったけど。
因みに柏戸は、作家・藤沢周平と同窓生。

340 :待った名無しさん:04/04/15 12:40
柏戸の横綱昇進は、『横綱昇進』日高将・著で散々叩かれてる。
ただ、甘い昇進は柏戸自身の責任ではないが。

341 :待った名無しさん:04/04/15 16:49
>>340
ただその後審判部長として旭富士の横綱昇進を見送りまくっていたのも
柏戸だが・・・ 日高氏は自分はどんな成績で昇進したのかお忘れか?
と叩いていた。


342 :待った名無しさん:04/04/15 16:52
この横綱の相撲は千代の富士に負けてる相撲しか振り返ってくれないから、
どうして強かったのかがわからない。
ただ太ってて、そんなに力がありそうでもないのに強かったんだなぁ
俺の生まれる前に引退してるからワカンネ。教えて

343 :待った名無しさん:04/04/15 22:23
柏戸は、大鵬に対抗できる唯一の力士だからという理由で
横綱になったと言えるだろう。
それにしても柏鵬が拮抗した時代が短かったのは、残念。
優勝争いが柏戸でなくて佐田の山だったから
大鵬は、かなり安心していたと思う。

344 :待った名無しさん:04/04/15 22:26
>>343
しかし柏鵬二人の対戦が拮抗していたのは事実


345 :待った名無しさん:04/04/15 22:32
>>342
単に太っているのではなく鍛え上げられた体でバランスがよく、
足腰が柔軟だった上に、スピードがあり、且つ技術も持っていた。

346 :待った名無しさん:04/04/15 22:41
北の湖は165kgありながら120kg台の力士と同じか、むしろそれ以上に
立ち合いの瞬発力があったからね。
ぶちかましの威力は間違いなく当時のNo.1だった。

347 :待った名無しさん:04/04/15 23:05
>>345
いまにいないようなタイプの力士だな。
だいたい小さい奴が早くて、大きいやつは力で攻める。
稀有な才能だったのな

348 :待った名無しさん:04/04/16 01:02
旭富士は、大鵬並の体格と体のやわらかさがあった。しかし大鵬と
違って稽古をあまりしなかったから優勝回数は、4回にとどまった。
晩年の北の湖に3連勝した時は、かなり強い力士になると思ったのだが。
小錦・朝潮などの巨漢力士や逆鉾にかなり強かった。大鵬と同じで
攻めてもとらえどころが無い力士だった。

349 :待った名無しさん:04/04/16 01:44
>>343
佐田の山は私の故郷の町の出身。長崎の離島にもかかわらず、佐田の山の相撲を
見るためだけに出始めのカラーテレビが爆発的に普及しました。なんだかんだで
理事長までやった、わが町最大の名士です。横綱貴乃花が、礼儀を知らない高校生
を叩いた一件が起こったのも実はこの町。田舎の高校生なんで。

350 :待った名無しさん:04/04/16 08:01
>>345
ただ、当時の立ち合いは現在の手をついてるのと圧力のかかり方が違う。
このへんをどう見るかだね。

351 :待った名無しさん:04/04/16 10:36
>350
立ち合いの正常化(S59秋、H10秋)はあまり考慮しないで
当時だけで見ればいいんじゃない?

352 :待った名無しさん:04/04/16 10:58
訓練すれば手をついた立ち合いの方がむしろスピードが出るそうですよ。

353 :待った名無しさん:04/04/16 14:23
>>352
そうじゃなくて、使う筋肉も変わってくるんだから、
当時の北の湖のようにしゃがんでからの反動を使った立ち合いから
手をついた立ち合いに変わるというのは、おなか周りがとても重そうな
あの体型から見て慣れるのに相当時間がかかると思われ。
千代の富士は体重が軽かったから大差なかった。
上半身は「鍛え上げられた体」とは必ずしも言い難い。
スピードもドルジのように自身が土俵を動きまわるスピードはもっていない。
その一方で、巻き替えの速さとか、一瞬で廻しを切るとか、
器用な面でのスピードっていうのは持っていた。
また、バランスはよかったので、仮に今の立ち合いだったら
立ち合いのぶちかましではなく、組みとめて勝つほうで
活路を見出したんじゃないかな。

>>351
立ち合いの仕方が違っていれば、この人の評価も全然違うものに
なっていたはずだから、敢えて取り上げた。
千代の富士は、むしろこれのおかげで相手側の圧力が半減されて、
小錦なんかに楽に勝てるようになったと思う。
59年9月は、あくまで過渡期だからね。

354 :待った名無しさん:04/04/16 15:01
北の湖がいくら強いと言っても朝潮に吹っ飛ばされて豚のように転がったわけだが。
あの瞬間俺は北の湖に見切りを付けたよ。
正直北の湖の時代はレベルが低かったし、内容もつまらなかった。
千代の富士が横綱になってから加速度的に強くなったときは相撲が盛り上がって本当にうれしかったな。

で、皆さんが何で今さら北の湖について熱く語ってんだか、ようわからんのだが。
楽しいの?

355 :待った名無しさん:04/04/16 15:12
>>348
大鵬はそんなに稽古をしてなかっただろ。
耳も沸いてなくて力士とは思えないほどキレイ。
取り口も巨体を生かすタイプで、決して完成度は高くない。
旭富士がもし大鵬と戦ったら、まず負けないと思うな。
実際のとこ全盛期の旭富士の実力は千代と貴に次いで3番手だと思う。

>>354
おま(略

356 :最弱横綱認定委員会長:04/04/16 15:17
北の湖は潮丸と互角です(断言)

357 :待った名無しさん:04/04/16 15:22
>>354
楽しいの。
もう来ないでね。



358 :待った名無しさん:04/04/16 16:06
北の湖が毎日関取衆と45番くらい稽古してたと言ってたけど
この番数は一般的に多いんでしょうか

359 :待った名無しさん:04/04/16 17:17
>>358
取り合えず多い方のはず。
一日50番前後ぐらいになるとね。

360 :待った名無しさん:04/04/16 17:24
昭和52〜55年頃の相撲雑誌は、稽古量の多い力士として北の湖と富士桜を挙げていましたね。
ただ北の湖は横綱昇進直後はあまり稽古量多いほうではなかったようです。
稽古量が増えるとともに無敵になっていった、という印象です。

361 :待った名無しさん:04/04/16 19:31
>>355
そこまで言うなら現役時代の大鵬の稽古を見に行ったことがあるの。
正直言って旭富士の稽古を見に行ったことがないけど親方、解説者が
そろって旭富士の稽古が少ないと言っていたよ。
大鵬は、てっぽうを1日200回やっていたのだから。

362 :待った名無しさん:04/04/16 20:03
>>361

さて、こうした特訓のうえに一日四股5百回、鉄砲2千回のノルマがあった。(by 巨人,大鵬,卵焼き)

363 :待った名無しさん:04/04/16 20:32
>>362
本当に大鵬は、努力の人だったのですね。凄いdすね。

364 :待った名無しさん:04/04/16 21:50
やっぱ大鵬は、努力の人。二所ノ関親方(元大関・佐賀ノ花)が
厳しいノルマを課したおかげだけれど。二所ノ関親方は、大鵬の
相撲内容に批判を浴びせられると常に大鵬を弁護してきた。

365 :待った名無しさん:04/04/16 22:50
北の湖が『怪童(小学六年時に柔道大会で高校生をブン投げる)』視されて
中学1年のときには各部屋がこぞってスカウトに日参して相撲入りしたのに対して
大鵬はたまたま北海道の端っこのほうに巡業にいった香具師らに拾われるように
入門したわけだからね、おまけに入門時の体格が184.5cm・75kgってどう考えても
相撲に向いてるわけでもないのにあれだけの大横綱になったわけだから「今時の
若いもんは〜」って愚痴をこぼすのもやむおえないかな

366 :待った名無しさん:04/04/16 23:12
>>365
大鵬は、営林署で働いていてそこの人達と休憩の間に相撲を取っていて
誰にも負けなかったらしい。大鵬が掬い投げが得意技になったのは、営林署
で斧を使っていたからだと大相撲の中入りの時に答えていた。
神風さんの話だと大鵬は、腕力が強くなかったらしい。やはり体全体の力が
強かったのだろう。

367 :待った名無しさん:04/04/16 23:52
>二所ノ席親方は、大鵬の相撲内容に批判を浴びせられると常に大鵬を弁護してきた。

外部からの批判には弁護していたらしいが、稽古場では大鵬が大関になっても
「相撲内容が悪い!」って竹刀で怒突いてたとか、もっとも横綱昇進後はほとんど
口を出さなかったらしいが

368 :待った名無しさん:04/04/17 00:06
>>367
二所ノ関親方の大鵬に対してのスパルタ教育は、かなり有名ですね。
逆に伊勢の海親方は、柏戸を弱い力士とだけ稽古をさせて自信を
つけさせた。大鵬がスパルタ教育で柏戸がのびのび教育だったと
言える。しかし実力的にほぼ互角だったからどっちがいいとは、
言えない。大鵬は、柏戸の強さを誰よりも認めているし、
柏戸もまた大鵬の強さを認めている。

369 :待った名無しさん:04/04/17 00:17
大鵬は、柏戸のことを弱い横綱と言われると常に反発している。
大鵬は、「柏戸さんがいたからここまで優勝回数を伸ばすことが出来た。」
と言っている。実際大鵬は、打倒柏戸を目標に掲げていたから常に向上心
があったと言われている。
ところで柏戸は、北の湖と共通点が多く、攻撃一辺倒で常に取りこぼしの
危険性があった。しかしこの両者の攻撃相撲は、圧巻だった。また柏戸と
北の湖は、竹を割った性格で誰からも慕われていた。

370 :待った名無しさん:04/04/17 00:26
オンタイムで柏戸を見てない漏れにとっては柏戸っていったら
弟子の多賀竜が幕内優勝した時の「多賀竜昇治殿・・・・・・」って
涙で声がほとんど出てなかった事かな

しかし北の湖スレがいつの間にか大鵬スレになってる(W

371 :待った名無しさん:04/04/17 01:26
>>370
そう言えば多賀竜は、北の湖と対戦した最後の力士になりましたね。
多賀竜は、この一番に勝って唯一の金星となりました。
多賀竜は、典型的な地味な力士だけれど蔵前最後の優勝といい
北の湖の最後の対戦力士でもあり節目で活躍した力士である。

372 :待った名無しさん:04/04/17 01:29
北の湖は、柏鵬に例えると間違いなく柏戸タイプだろう。

373 :待った名無しさん:04/04/17 01:48
>>372
まあね。ただ柏戸は体が硬く腰高で取りこぼし、怪我が多かった。
北の湖が体が柔らかく重心が低かったので、安定感もあり怪我は少なかった。

374 :待った名無しさん:04/04/17 02:00
>>373
北の湖は、腰高になる一番も結構多かった気もするけど。
北の湖が腰高になるのは、不調な時なのかな。

375 :待った名無しさん:04/04/17 02:17
>>374
どちらかというとあまりよくない時。
絶好調だと腰が下りて下半身が安定する。

376 :待った名無しさん:04/04/17 02:17
北の湖は、魁傑・豊山・高見山など腰高の力士を
うまく攻めていたような気がする。
この3人は、変化するような力士じゃないけど。
金城も腰高で変化の無い力士だったから簡単に
勝つことが出来たのだろうが。

377 :待った名無しさん:04/04/17 02:34
>>376
魁傑には通算では26勝9敗と大きく勝ち越したが、
途中までは11勝9敗と非常に苦戦していた。

378 :待った名無しさん:04/04/17 10:45
高見山に対しても北の湖は、初顔合わせから5連敗していた。

379 :待った名無しさん:04/04/17 21:07
>この横綱の相撲は千代の富士に負けてる相撲しか振り返ってくれないから、
北の湖が勝ってる相撲を振り返ってもあたりまえすぎて面白くないから

380 :待った名無しさん:04/04/17 21:13
北の湖の相撲は名勝負がないってこと?

381 :待った名無しさん:04/04/17 22:26
>>380
名勝負多いよ。例えば輪湖の対戦は、名勝負がかなり多いよ。
常に両者は、がっぷり四つになっていい攻防が見られるよ。
あと北の湖と貴ノ花・2代目若乃花・千代の富士との対戦も
何番か名勝負があるよ。

382 :待った名無しさん:04/04/17 23:19
やっぱり輪湖の一番が最も名勝負になることが多い。
北の湖にとって輪島は、よきライバルだと言える。

383 :待った名無しさん:04/04/18 03:04
まさに千秋楽、日曜日のスペクタクル、そんな感じ。

384 :待った名無しさん:04/04/18 11:32
>>379
そうかも知れないが、342で言っているように
これから徐々に北の湖を知らない世代のファンも増えてくるんだから
いろいろと思い出のシーンをやって欲しいよ。

385 :待った名無しさん:04/04/18 20:50
やっぱり世間の評価は千代>湖の傾向にあるのかね?
八百の富士が認められるなんて悔しいよなぁ。

386 :待った名無しさん:04/04/18 21:06
どの世界でも、華が大事だよ、オーラのあるものだけが語り継がれて。
北の湖は人を惹きつけることができなかったんだな

387 :待った名無しさん:04/04/18 21:13
輪湖と言うと、NHKの思い出の名勝負で輪島が左四つ右上手がっぷりから
北の湖を寄り切ったのはびっくり。輪湖はリアルでみていない世代なので。
あの北の湖が十分の体勢から寄り切られるって・・・。今更ながら輪島の強さを
再確認した場面でちた。

388 :待った名無しさん:04/04/18 21:18
どこかで売ってないかなぁ・・・
相撲の横綱名勝負みたいなDVDとか

389 :待った名無しさん:04/04/18 21:42
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005HUEO/qid%3D1082291921/249-1692399-3520331
大相撲 秘蔵映像で綴る、伝説の名勝負・名力士全集(3)

内容(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
大相撲の歴史を担ってきた伝説の名力士たちと、彼らの名勝負を振り返る愛蔵版DVD第3弾。
千代の富士、隆の里など、昭和後期に活躍した力士たちをクローズアップ。

内容(「Oricon GE」データベースより)
輪島・北の湖時代から千代の富士・隆の里まで、昭和後期の大相撲を盛り上げた名力士、
名勝負を収録したDVD。日本相撲協会監修・推薦。




390 :待った名無しさん:04/04/18 21:44
在庫切れかよ

391 :待った名無しさん:04/04/19 00:15
番付的には格が違うけど、全盛期の水戸泉が右上手を取ったと
したら、北の湖でも凌げないかな? 身長差15cmの上背が覆いかぶさって
の、がむしゃらな寄りでは、北の湖でもやっぱ寄り切られるかな?

392 :待った名無しさん:04/04/19 00:21
そういえば北の湖は水戸泉との対戦がなかったね。
同じ場所新入幕の北尾とは対戦があるが。

393 :待った名無しさん:04/04/19 03:30
北尾の素質は破格すぎて怖い。曙とも貴ノ浪とも違う、身体と取り口が
すごく高い次元で融合していた。晩年の北の湖では勝てない。

394 :待った名無しさん:04/04/19 15:38
99年末にNHKBSでやってた大相撲回顧番組が充実してたけどな

395 :待った名無しさん:04/04/19 21:25
>>394
あれはすごかった。相撲の特番としては空前絶後ではなかろうか?
第一部 双葉山時代
第二部 栃若時代
第三部 柏鵬時代
第四部 輪湖時代
第五部 千代の富士時代
全部で6時間くらいかかった。

396 :待った名無しさん:04/04/19 21:26
>>395
それいつか再放送してくないのかな・・・

397 :待った名無しさん:04/04/19 23:10
>>395
その中に含まれていないけど北玉時代もなかなか面白かったと思う。
リアルでは、知らないけどこの両者もかなりの好勝負をしていたね。
昭和45年春場所〜翌46年秋場所までのわずか10場所の
2横綱黄金時代であったのが残念。大鵬が引退したのが昭和46年
夏場所だから北玉の2横綱時代は、わずか2場所にすぎない。

398 :待った名無しさん:04/04/20 01:21
再放送求む…><

399 :待った名無しさん:04/04/20 01:25
北の湖…理事長としては…^^;

400 :待った名無しさん:04/04/20 01:29
400!!

401 :待った名無しさん:04/04/20 02:06
>>399
北の湖は、独断で即決するタイプの人じゃないから。
周りの意見を聞いて熟慮するタイプだから。
朝青龍弁当と高見盛弁当は、理事長の発案だから
北の湖は、なかなかのアイデアマンだと思う。

402 :待った名無しさん:04/04/20 03:39
北の湖ってさ、曙とか武蔵丸みたいなタイプとはどうなんだろ?
高見山よりも充分強い外国巨漢力士には弱そう

403 :待った名無しさん:04/04/20 15:39
>>402
その2人に加えて、大関時の小錦もどうだろ?

404 :待った名無しさん:04/04/20 19:05
>>403
小錦の強かった時代シラネ

405 :待った名無しさん:04/04/20 19:21
曙は、重心が高いから北の湖にとって苦にならないと思う。
曙は、北の湖に対して突き押しは、やらないと思う。
押し切れないだろう。四つ相撲になると思う。
武蔵丸は、背が高いけど重心が低いから北の湖にとっても
やりにくいと思う。

406 :待った名無しさん:04/04/20 19:33
>>405
武蔵丸の場合は、若い大関時代ではどうですか?
右差し覚えてどんどん重くなっていった横綱時代はどう?

○のこと知ってるけど、北の湖の相撲スタイル聞いてもみたことないから
わからない。教えて

407 :待った名無しさん:04/04/20 19:34
うん、ハワイトリオの中では武蔵丸が一番やりにくいと思う。
大関時代の小錦は出足がないから、低く当たって前ミツを取りに行くんじゃないかな。

408 :待った名無しさん:04/04/20 19:43
武蔵丸って器用な力士だもんね

409 :待った名無しさん:04/04/20 19:49
>>405
大関時代の○は組んだら全然ダメ。平成6年から8年にかけては、
貴乃花に2勝15敗だもん。(1勝は立会いの変化だし)
平成11年〜14年は組んで○突いて○の二重丸だったけど。

410 :待った名無しさん:04/04/20 19:55
でも武蔵丸は魁皇には26勝20敗って成績なんだよなぁ・・・
なら北の湖でも50回対戦持ったら勝ち越せてた?

411 :待った名無しさん:04/04/20 20:20
貴乃花 50 - 0 北の湖
これが真実。


412 :待った名無しさん:04/04/20 21:25
>>405
黒姫山、朝潮の場合、重心の低さ+引き技の上手さで北の湖をしばし破った。
重心が低くても正直な武蔵丸はそれ程苦手なタイプじゃないだろう。



413 :待った名無しさん:04/04/20 21:45
北の湖が武蔵丸を寄り切るところを想像出来ない。
北の湖じゃ苦し過ぎだと思う。

414 :待った名無しさん:04/04/20 21:47
武蔵丸は左四つでもかなり相撲取れるしなぁ・・・
北の湖と身長差が13pあるってのも大きいだろうな

415 :待った名無しさん:04/04/20 21:54
横綱時代の○ということだったら、右を差して腕を返せば、北の湖といえども
勝てないと思う。いや、北の湖が左四つだからというんじゃなくて、右四つの
千代の富士や隆の里でも○の右が深く入ればまず勝てないと思う。○の右差し
は過去の横綱の中でも最高レベルに達していたな。ただ全盛期の北の湖が右上
手を取れば、まず○は北の湖には勝てないと思う。そういう意味では北の湖の
左が早いか○の右が早いかだな。しかし不人気横綱同士の相撲だからあまり盛
り上がらないかもね。

416 :待った名無しさん:04/04/20 21:58
武蔵丸は、55場所連続勝ち越しで北の湖の50場所連続勝ち越しを
上回っているけど、武蔵丸の幕内連続勝ち越しは、49場所連続
勝ち越しだから実質2位になるだろう。
プロ野球は、一軍と二軍の成績を別個の成績として扱っているの
だから大相撲もそうすべきだと思う。

417 :待った名無しさん:04/04/20 22:01
>>416
まあ、でもどっちも偉大な記録には違いないけどね。
千代大海が初優勝した平成11年初場所はマジで○負け越すと思ったけど。
貴乃花があそこまで絶不調でなければ千秋楽で負け越してたね。

418 :待った名無しさん:04/04/20 22:12
>>417
覚えてる。その場所は13日目に6勝6敗同士で貴ノ浪とも対戦したんだよね。
まあ序盤中盤からアナに「武蔵丸、今日も敗れました!」なんて実況されてたw

419 :待った名無しさん:04/04/20 23:58
>>417
千秋楽って最後の最後で○が貴乃花を突き落とした相撲だな、思い出した。
貴乃花があんな突き落とされ方したのも驚いたけどな

420 :待った名無しさん:04/04/21 23:14
>>385
今では、北の湖>千代の富士だろう。
北の湖は理事長になったけど、千代はやっと理事待遇になったぐらい
だから。これは、北の湖と千代の富士の人望の差だろうね。

421 :待った名無しさん:04/04/21 23:32
他人を立てる北の湖と自分が中心でないと気が済まない千代の富士の差かな。
北勝海が八角部屋を興したとき、九重部屋付きの親方が全員北勝海についていったけど、
これはある意味異常だよね。普通は本家に残るだろうに。

422 :待った名無しさん:04/04/21 23:49
ナイナイの番組でも九重が私生活のVTR見せて、醜態晒してたな

423 :待った名無しさん:04/04/21 23:58
>>422
どんな感じなの。

424 :待った名無しさん:04/04/22 00:11
>>423
TBSのディスカバ!99とかいう番組で、九重のプライベートをディスカバ
するとか言ってスタッフが密着してたんだけど、なんか九重が部屋の人間と酒飲みだして
酔っ払って、密着してるスタッフに絡んだりしてた。
その密着してたスタッフも酔っ払いだして逆に九重に絡んだりして滅茶苦茶になってたよ

425 :待った名無しさん:04/04/24 19:08
age

426 :待った名無しさん:04/04/25 00:04
北の湖理事長は、長い任期になると思う。
彼の人望の厚さや政策面でもかなりの信頼を得られるだろうから。
他にライバルが不在だしね。

427 :待った名無しさん:04/04/25 00:12
就任当初は相撲人気もどん底で、どうなることかと思ったけど、今年に入ってから
相撲内容がすごく充実してきて、面白い取組が増えた。
体重信仰の時代が終焉したのがやはり大きい。
これからはスピードや技のキレが物を言う時代になっていくから、
「土俵の充実」を公約に掲げた理事長にとっては、大きな追い風になる。
となると、人望・実績両面から長期政権は確実だね。

428 :待った名無しさん:04/04/25 00:58
>>427
本当にそう思う。
公傷制度廃止で関取衆の中には、安易に怪我が
できないという危機感が生まれたと思う。

429 :待った名無しさん:04/04/27 09:18
>428
余り関連はないけど、いつだか大関を1場所負け越しただけで角番と
することになった時も、大関力士には危機感が促されたんだろうね。

430 :待った名無しさん:04/04/29 01:11
夏場所にエストニア人力士が2人入門します。東欧では、ロシア・グルジア・
チェコ・ブルガリアなど5ヶ国目の力士になります。
今後日本人選手の入門が減って、アジア・東欧の力士が今後も増えていくと
思います。
これは、日本人のハングリーが無くなったからでなく、野球選手の年俸に
比べて大相撲力士の給料に比べてかなり高いことが大きな原因です。
野球だったらトップで億単位の年俸をもらっているのに大相撲だったら
横綱でも4千万円ぐらいです。これでは、日本人が大相撲を敬遠するのは
当然だと思います。
やはり大相撲の給与改革は、必要でしょう。それとともにこれほど外国人
力士が増えると親方資格で日本国籍取得を撤廃する必要も出てくると
思います。北の湖理事長に抜本的な改革を期待します。

431 :待った名無しさん:04/04/29 01:50
日本国籍取得という条件撤廃しても外人は親方になりたがらない気がす。
日本で稼いだカネをみやげに母国に戻ろうする気がす。
時天空なんかもう「将来はモンゴルで農業関係の仕事に就く」と公言しちゃってるし。


432 :待った名無しさん:04/04/29 02:01
>>431
高見山と違って昨今の外人力士は、協会に残りたがらないみたいです。
小錦・曙は、すでに相撲協会から去ったし、武蔵丸も近い将来格闘家に
なるみたいですから。

433 :待った名無しさん:04/04/29 02:08
>>430
外国人力士は確かにまた増えてはいますけれど、現行の制度では
在籍できる外国人は有限ですよ。力士に日本男児も外国男児も
ないとは言え、国技は国技ですからね。

434 :待った名無しさん:04/04/29 03:08
しょぼい日本人の取組と、手に汗握る外国人の取組という図式になったら
どうしようもない。

435 :待った名無しさん:04/04/29 11:37
日本のスポーツ万能な子供は、野球選手やサッカー選手になりたがるから
外国人枠を撤廃したほうがいいと思う。
野球やサッカーのほうが大相撲の関取よりサラリーがいいから当然と
いえる。
モンゴルや東欧の人達にとって大相撲の関取のサラリーが魅力的だから
ハングリーになるのだろう。

436 :待った名無しさん:04/04/29 13:48
サラリーに加え、今はスラリとした男の方がモテる、
ってのも影響はあるだろう。
力士の体は鍛え上げられたもので、無論ただのデブとは違うが、
でも野球やサッカーをやってる方が、プロはともかく思春期には
相撲をやってる奴よりは女にもてるだろう。
だったらそっち目指すやつの方が多くなるんじゃねーかな。
よっぽど小さい頃から相撲が好きで、将来力士を目指してるとかでない限り。

437 :待った名無しさん:04/04/29 14:04
>>436
萩原のようにわんぱく相撲出身じゃないと日本人のたたき上げ力士
がなかなか関取にならないのかな。
あと学生相撲出身者も関取になるケースが増えて学生相撲出身力士と
外国人力士が幕内・十両を独占している状況だね。

438 :待った名無しさん:04/04/29 14:10
かつてたたき上げの力士は、学生相撲出身力士に負けてたまるかという
気概があったのに最近の力士は、皆無になったね。
これも時代の変化なのかな。
輪湖時代は、輪島が学生相撲出身の横綱で北の湖がたたき上げの横綱という
図式があって面白かった。

439 :待った名無しさん:04/04/29 18:18
>>435
サラリーがよいとは言うけど、大相撲と違って
サッカーやベースボールは幼い頃からプレーを続けながら熱も芽生えて
プロを目指す場合が多だある。中学を卒業する頃ならともかく幼い子が
そこまで判断するのは周囲の人間が介入でもしない限り考えにくい。


440 :待った名無しさん:04/04/29 20:28
>>439
そう、サッカーや野球は普通に遊びでやる。
そして上手い奴はクラブチームなんかに入ったりする。
将来の夢はプロ野球選手や日本代表、って具合で
少年たちにとって憧れの対象にし易い。
相撲も砂場で遊びで取ったりはあるが、町に道場があるわけでなし、
廻しにも思春期の子供は抵抗あるだろうし、サッカーや野球を
やってる方が女の子にもモテるだろうし、といろんな面で人材供給源である
少年競技層を増やすのは今は不利な状況だな。

441 :待った名無しさん:04/04/29 23:17
最近野球をやっている人もMLBを目指す人が多いから日本のプロ野球も
大相撲も大変な時代になっています。
かつてMLBは、遠い世界の話だったけど、最近は松井・イチローの活躍
でかなり身近になっています。

442 :待った名無しさん:04/04/30 20:51
言うまでもなくMLBで活躍できるのは、
日本のプロ野球の超トップクラスだけれどね。

443 :待った名無しさん:04/04/30 21:11
現在のイチローの打率が、.2割5分8厘なわけだが・・・

1ヶ月やってこんな成績のイチローなんて・・・

444 :待った名無しさん:04/04/30 21:27
>>443
そういう話はスレ違いになってくるが、一朗は
去年も4月はそんな感じの数字だったような・・・。

445 :待った名無しさん:04/04/30 21:43
中学生で大相撲にスカウトされても断られるケースが近年特に多い。
幕下以下は、給与無しで場所ごとの手当てだけでは当然か。
しかも副業禁止だからね。

446 :待った名無しさん:04/04/30 21:53
大相撲の新弟子は、相撲部屋で面倒見てくれるけど、
アメリカのマイナーリーグは、全て自活だから大変と言えば大変。
大魔神・佐々木もマイナーリーグの質素な食事に驚いていたからね。
あとマイナーリーグは、移動する際バス移動だと思っているけど、
3Aは、飛行機移動だよ。

447 :待った名無しさん:04/04/30 23:24
部屋で面倒見てくれるのはいいが、出世できなかった場合、
どうしようもなくなる可能性も大きいしな〜。
安い給料で自活させられる方が、しんどいかもしれんが
ある程度の生活力は身に付けられそうだ。

448 :待った名無しさん:04/05/01 00:25
日本のプロ野球の2軍は、大相撲的発想と言える。
合宿所があってトレーニングを積んだり
住む場所になっているから。
大相撲では幕下以下が大部屋の共同で住んでいるのに
プロ野球の2軍選手は、個室だからね。
やはり日本の2軍選手は、大相撲の幕下以下の力士や
アメリカのマイナーリーグの選手と比べるとかなり恵まれているね。

449 :待った名無しさん:04/05/01 00:32
大相撲の場合、関取になるまでは雑用も色々やらないといけないしね。

450 :待った名無しさん:04/05/01 02:40
で、理事長の現役時代の話に戻そうか

451 :バット:04/05/01 07:11
北の湖の最強の時代はあまり覚えがない・・・
晩年の頃の北の湖ならよく覚えてるけどね。

452 :待った名無しさん:04/05/01 10:18
蔵間は、当時の人気番組のキャラクター電線マンから来た
善戦マンと呼ばれていた。
蔵間が北の湖に善戦するのに最後は、北の湖に敗れてしまう
ことから善戦マンというニックネームが付いた。
因みに北の湖と蔵間の対戦成績は、北の湖の17戦全勝。

453 :待った名無しさん:04/05/01 10:21
蔵間が北の湖を評して曰く、
「あの人は戦車だ。核兵器でも持ってこないと勝てないよ」

454 :待った名無しさん:04/05/01 10:27
鷲羽山曰く、
「あれはしびれ薬でも飲まさないとダメだ」

455 :待った名無しさん:04/05/01 11:26
蔵間は北の湖だけでなく、とにかく横綱に勝てなかった。
70戦くらいしているのにわずか2勝だけ。
しかもその2勝、両方とも相手は序盤戦から途中休場。
(昭和53年秋の輪島と56年夏の若乃花。どちらも初日の対戦)
金城(栃光)とともに、横綱に勝てない力士としての印象が強いですな。

と、ここで気付いて調べてみた。
技能賞を取ったことがあり、北の湖と対戦したことがあり、勝ったことのない力士。
蔵間、佐田の海、高望山、栃剣、逆鉾(ただし不戦勝あり)の5人だけだった。

456 :待った名無しさん:04/05/01 11:32
>>448
そりゃプロ野球の方が恵まれているさ。
だいたい幕下以下なんて無給だよ、無給。
まあ衣食住は部屋にいる限り保証されているとはいえ入団時に契約金がもらえるプロ野球とは比べるレベルではない。

457 :待った名無しさん:04/05/01 13:02
北の湖は、出羽一門の力士に対して強いのは当然だが、
時津風部屋の力士に対しても絶対的な強さを持っていた。
蔵間・豊山・双津竜・天ノ山・大潮などが幕内にいたけど、
横綱・北の湖に勝ったことがあるのは、大潮ぐらいだと思う。

458 :待った名無しさん:04/05/02 01:46
>>456
大相撲は、力士のなり手が少ないのが問題だけれど、
プロ野球は、社会人野球の相次ぐ廃部で野球をする
環境が少なくなっているのが問題。
だからドラフトにもれた人は、アメリカのマイナーリーグや
独立リーグと契約するケースが増えている。

459 :お前名無しだろ:04/05/02 09:34
>>456
プロ野球は入団する時点でもうエリートって事になってるからね
甲子園常連校が有望選手をスカウトする時には「うちに来ればプロになれるよ」
じゃなくて「うちでやれば大学へ行けるよ」って勧誘するそう
80年代半ばまでPL学園が圧倒的な強さを誇っていたのは推薦入学のコネ
を持っている大学が多くそれをスカウトで最大限に生かしていたからとか
それがクワタ事件でコケにされた早稲田が激怒して早稲田に慮った各大学が
PLとの関係を見直した結果、有望中学生のスカウトが上手くいかなくなり
並(?)の強さになっちゃったって話だね

460 :待った名無しさん:04/05/02 10:17
若貴ブームの頃、トーナメント相撲のエキジビジョンで親方衆も
相撲取ったの覚えてる? 千代の富士対旭富士は千代が勝って、他にも
初代貴乃花が相手(名前は知らない)のツッパリ連打を凌いで勝ったり
して、普通の力士の取り組みより面白いくらいだったが、北の湖は
出てたっけ?

461 :待った名無しさん:04/05/02 16:35
>459
ここは北の湖のスレだからあまり書きたくないのだが。。
PLは最近では平成10年のナインなら歴代でも強い方だろう。

462 :待った名無しさん:04/05/02 18:14
>>448
プロ野球選手は選ばれた人しかなれないが
大相撲は条件を満たしていれば基本的に誰でも入門できる。

463 :待った名無しさん:04/05/02 18:33
入門はできるな。入門は。

464 :お前名無しだろ:04/05/02 19:12
>>461
すれ違いは覚悟だけれど90年代後半からのPL野球部はコンセプト
を180度変えちゃったんだよ、それまでは>>459の大学進学を餌に
有望中学生を根こそぎ引っこ抜いていたのにそれができなくなってから
PL中学の野球部を廃部にして硬式球を利用するポニーリーグに参加し
3年がかりではなくて6年がかりで選手を育てるようになったとか
それでも80年代半ばまでの圧倒的な強さには及ばないけれど

465 :待った名無しさん:04/05/02 22:09
それにしても輪島は寄りに弱い

466 :待った名無しさん:04/05/02 22:10
うん よくスタミナ切れして寄り切りで負けた
寄られると 残せない感じはあった

467 :待った名無しさん:04/05/02 22:15
輪島と北の湖がやって 水入りとかで結局がっぷり
になって 寄りで敗れてたよなぁー

468 :お前名無しだろ:04/05/02 23:36
>>466
輪島って相撲界で初めて(今も?)練習にランニングを取り入れたんじゃなかったっけ?
だとしたらスタミナがないとは思えないけど、もっともあの体格差で北の湖の攻めを
真正面から受け止めていたからこそのスタミナ切れとも考えられるが

469 :待った名無しさん:04/05/03 00:01
>>460
間垣親方とやって勝ったよ

470 :待った名無しさん:04/05/03 23:12
>>469
間垣親方って二代目若乃花?

471 ::04/05/04 02:14
他に誰がいるんだよ。

472 :待った名無しさん:04/05/05 13:11
>>468
輪島は、ぶつかり稽古が少なかったからスタミナ切れすることが多かった。
北の湖・二代目若乃花は、輪島に対して持久戦に持ち込むことが多かった。

473 :待った名無しさん:04/05/05 14:54
たしかに輪島にはスタミナはなかった。
しかし、昭和52年の半ば頃から「盛りは過ぎた」「実力では北の湖のほうが上」などといわれ、昭和53年には夏場所の9勝6敗、秋場所の途中休場の際に「もう限界か?」といわれながら、
昭和56年春場所まで計47場所も横綱を勤め上げた(横綱在位場所数は当事歴代2位)。
特に、昭和55年ごろには、玉の海、神風らから、「限界を超えた人がこれだけの相撲が取れるということを、若い人も見習ってもらいたい」と絶賛されていた(『大相撲』昭和55年夏場所総決算号)。
あの持久力の源は、どこにあったのだろう。


474 :待った名無しさん:04/05/05 15:43
全盛期の千代の富士でも全盛期の輪島にはなかなか勝てなかったかもね、
どちらも筋肉質だし面白い勝負になったろうね。

475 :待った名無しさん:04/05/05 21:05
>>474
というより千代の富士が若手の頃で輪島の衰退期に対戦したといった
ほうが正しいと思う。

476 :待った名無しさん:04/05/06 22:24
>>475
474は全盛期の両者がもし戦ったら、という仮定の話だと思うが?

477 :待った名無しさん:04/05/07 00:10
>>476
文章が仮定法でしたね。間違えてすいませんでした。
確かに輪島は、小兵を料理するのが得意だったから
全盛期の千代の富士に勝っていただろうね。

478 :待った名無しさん:04/05/07 00:40
>>477
全くのアホだな。
そもそも北の湖の時代は大相撲が低レベル化していた時期。
輪島は全盛期の千代と戦ったら1回も勝てんよ。

このスレの住人は無限地獄みたくこの時代の力士を礼賛しとるな。
ハタから見て滑稽に見えてしょうがないよ。

479 :待った名無しさん:04/05/07 01:01
>>478
この時代はレベルはともかく、相撲内容は充実してたと思うよ。
千代の富士には確かに勝てないだろうけどね。

480 :待った名無しさん:04/05/07 14:46
ttp://sumo.goo.ne.jp/kiroku_daicho/mei_yokozuna/wakanohana2.html
二代目若乃花って背骨が歪んでたの?

481 :待った名無しさん:04/05/08 01:17
>>480
歪んでない。そう見えるだけ。

ただ、写真で見ると若乃花や輪島はホントに貧弱だな。
北の湖はさすがにいい体してるけど。

482 :待った名無しさん:04/05/08 02:15
八百の富士オタが来たw

483 :待った名無しさん:04/05/08 02:20
北の湖全盛期の頃の幕内の相撲レベルが低いというのは、どこで
わかるの。不思議だな。教えて欲しい。

484 :待った名無しさん:04/05/08 02:21
>>481
でも現在では小柄になると思うよ。
178センチでしょ?

485 :太刀山型の土俵入り:04/05/08 02:30
>>484
ネタなのかマジなのか?

486 :待った名無しさん:04/05/08 02:33
>>484
いや、肉の付き方が力士として理想的。
サイズは小さいけど、体自体は北の湖が史上最高だと思う。

487 :待った名無しさん:04/05/08 02:34
俺は183cmだけど。
北の湖なら勝てそうだと最近思うんだよな・・・

488 :待った名無しさん:04/05/08 02:40
>>483
握力55kgの若乃花が横綱を張れたとこ。
虚弱体質の貴ノ花が大関を張れたとこ。
身体障害者寸前の高見山が関脇を張れたとこ。

489 :待った名無しさん:04/05/08 02:43
>>488
握力55kgってマジ?
それはちょっとイタイな・・
俺でも65kgだぞ。
琴欧州は120kgだし。

490 :待った名無しさん:04/05/08 03:06
>>488
北の湖も70kgなかったよ。
ま、相撲は握力じゃないけどね。

491 :待った名無しさん:04/05/08 03:19
>>481
もう少し見栄えよく写す方法ないのかな? 

492 :待った名無しさん:04/05/08 06:10
おー、こんなところに北の湖スレがあった!!
ちょうど、私相撲を見始めて今年で30年目になります。
今思うと北の湖対輪島の相撲ってすごいレベル低いん
だけど(貴乃花とか朝青龍などの近年の横綱の方が
レベルは全然上)、本当に毎場所あの取組みが待ち遠し
かった。毎場所凄い熱くなったね。
一番相撲が面白かった時代だと個人的には思う。
北の湖は一番好きな力士だ。

493 :待った名無しさん:04/05/08 08:36
きょう5月8日(土)朝日新聞朝刊be(青)は北の湖特集です。

494 :待った名無しさん:04/05/08 09:42
>琴欧州は120kgだし。

琴欧州はちょっと図抜けてるらしいけどね。
幕内でも90kgこえが3、4人ぐらいだし。
北の湖・若乃花時代も出羽の花とか90kg越えもいたようだけど。

495 :待った名無しさん:04/05/08 21:00
>>488
握力55キロだったら結構あると思う。
日本球界の大エース・江夏豊が握力40キロぐらいだったから。
確かに二代目若乃花は、非力だったけど、柔軟な身体で凌いでいた。
貴ノ花は、驚異的な足腰の持ち主で対戦した力士が強靭な足腰に
驚いていたよ。
高見山は、輪島はじめ多くの横綱・大関が彼の突進力に手を焼いていたよ。
歯が立たないというイメージがある北の湖ですら初顔合わせから高見山に
対して5連敗していたよ。
何か北の湖の全盛期の頃の相撲のレベルが低いという根拠にならないと思う。

496 :待った名無しさん:04/05/08 21:48
>>495
ただの荒しだよ。
少なくとも本気で思っていたとしても、
他人を納得させられるような根拠は出せない。
北の湖が嫌いなだけだろうから。

497 :待った名無しさん:04/05/08 22:35
ちなみに高見盛は握力35キロだそうな(笑
雅山はもっとなくて30キロだって。

498 :待った名無しさん:04/05/08 23:32
>>496
そうでしたか。わかりました。

499 :待った名無しさん:04/05/08 23:33
正直言ってただの荒らしでほっとした。

500 :待った名無しさん:04/05/08 23:41
>>493
北の湖特集読みましたよ。6年前の理事長選挙の挫折や人気低迷する大相撲
の理事長としての取組など興味深い記事が載っていたね。協会の予算、決算
を目を通して決裁するというのは、立派だなと思いました。

501 :待った名無しさん:04/05/08 23:46
>>500
> 協会の予算、決算を目を通して決裁するというのは、立派だなと思いました。

いや、これは組織の長として当然のことでしょう。
とはいえ北の湖は現役時代から責任感の強い人間として有名でしたから、
人様に後ろ指差されるような行為はまずやらないでしょうけどね。

502 :待った名無しさん:04/05/08 23:50
>>501
会社の予算、決算関係を経理にまかせっきりにする社長が
多いご時世だから立派だなと思ったわけです。

503 :待った名無しさん:04/05/09 02:33
相撲で大切なのは握力じゃなく瞬発力じゃよ。

504 :待った名無しさん:04/05/09 03:56
>>497
それはありえないと思うぞw デマか本気で計ってないだけだろ、
30キロ代っていったら女並だし、重い体重で動き回る相手のマワシを
まともには掴めんのじゃない?

505 :待った名無しさん:04/05/09 08:22
高見盛、握力は中学3年並み…

 高見盛の握力は、中学3年並みだった? 前頭高見盛(27=東関)が9日、
健康診断で東京・両国国技館内の相撲診療所を訪れた。握力を測定した結果は
右38キロ、左41キロ。文部科学省によると、握力40キロは15歳男子の
平均数値(02年度)と同じだ。2日に測定した横綱朝青龍は、左右平均81キロを
記録した。測定で本気を出さない力士も多いが、高見盛の表情は真剣。
気合を注入しないと、力は発揮できないようだ。

 体重も「いろいろ(仕事などが)あって、食べても太らない」と言うように、
133キロと初場所より3キロ減った。12日から韓国公演に行く。
「韓国料理? それしか楽しみがないから」と力を蓄えてくるつもりだ。

[2004/2/10/07:56 紙面から]

ttp://www.nikkansports.com/ns/sports/sumo/p-sp-tp1-040210-0003.html

506 :待った名無しさん:04/05/09 09:32
四つ相撲には握力があった方がいいんでは・・・

507 :待った名無しさん:04/05/09 22:00
北の湖の32連勝は、歴代7位だったのですね。凄い記録ですね。
羽黒山も32連勝で7位タイです。
羽黒山も名横綱だったのですが、兄弟子の双葉山の影に隠れて
いてやや地味な印象が強いです。
朝青龍が今日勝って31連勝になって、平成以降の最高連勝記録に
なりました。
明日勝てば羽黒山・北の湖に並ぶ32連勝となり、歴代7位タイと
なります。おそらく明日も勝つでしょう。
いつ誰が朝青龍の連勝記録を止めるのでしょうか。朝青龍の連勝記録と
ともに楽しみになってきました。

508 :待った名無しさん:04/05/09 23:26
中日に観戦してきます。
それまでは勝ち続けていてほしい。

509 :待った名無しさん:04/05/09 23:50
今日の相撲を見て朝青龍の精神的強さを感じました。
逆に魁皇が綱とりがかかっているにもかかわらず
気弱な発言を繰り返していました。
北の湖理事長も魁皇の気弱な態度に呆れていたみたいです。

510 :待った名無しさん:04/05/10 01:39
>>488
高見山は星安出寿あたりと素質的には同じ位だったよ。
ああいう力士に当時の大横綱が何度もひねり潰されたというのは情けない話だね。
ただ貴ノ花は虚弱体質じゃないと思うな。
あんな足腰のいい力士は彼以後見たことがないし、ああ見えて握力も90kgあった。
若乃花の55kgてのは何かの間違いでは。

511 :待った名無しさん:04/05/10 01:44
>>510
当時の大横綱というのは輪島のことかな?輪島は初顔でジェシーに顔面張られて倒されてからトラウマになって腰が引けていたらしい
でも大鵬には15度対戦して一度も勝っていないし、北の湖も横綱になってからほとんど負けていない

512 :待った名無しさん:04/05/10 01:49
高見盛(握力38kg)vs琴欧州(握力120kg)
今年中には見れるね。

513 :待った名無しさん:04/05/10 01:51
てゆーか高見山は普通の気さくなハワイアンっしょ。
小錦や武蔵丸みたいな怪物とは身体能力が全然違うんだし、1回でも負けた時点で恥でしょうが。

514 :待った名無しさん:04/05/10 02:00
高見山は当時の幕内では一番の巨漢だったし、腕力も強かった
幕内優勝もしているし、上位にとってはいやな相手だったよ
佐田の山はジェシーに負けて引退を決意したんだよね(連続優勝の翌場所だったけど)

515 :待った名無しさん:04/05/10 02:03
普通のハワイアンは当時の力士よりはよっぽど強かったってわけか。
笑えるな。あんたら恥ずかしくね?

516 :待った名無しさん:04/05/10 02:06
>>515
あんたらって誰のこと?

517 :待った名無しさん:04/05/10 02:10
懐古趣味のオジサン達。
あんたらの時代の人間はヘタレばっかだったんだよ。

518 :510:04/05/10 02:11
俺が書いたのがきっかけで厨が沸いてきたみたいだな。
申し訳ないね。

519 :待った名無しさん:04/05/10 02:13
>>517
別に懐古趣味でもないでしょ
陸上競技みたいに数字の記録を争っているわけじゃないし、相撲の強さなんてその時々の相対的なものだからね
脳内で対決させるのは自由だけどね

520 :待った名無しさん:04/05/10 02:31
>>518
厨が沸いてくる時間帯って決まっているね
相手してほしいならもっとポジティブなレスすりゃいいのに

521 :待った名無しさん:04/05/10 19:39
あの小錦が新弟子の頃引退間際の高見山とぶつかり稽古をして
壁みたいといっていたわけだから高見山は、かなりの力を持って
いたと思う。
小錦は、新弟子の頃すでに175キロあったわけだから。

522 :待った名無しさん:04/05/10 23:10
朝青龍が垣添に勝って、ついに32連勝となり北の湖・羽黒山と並ぶ
歴代7位になりました。今後も連勝記録を続けて欲しいです。

523 :待った名無しさん:04/05/11 17:23
北の湖の腹の肉割れが、印象に残ってるよ
今いねーな肉割れしてる力士
肉割れ何?とか言う奴は、こないでくれよ


524 :待った名無しさん:04/05/11 22:13
What’s肉割れ?

525 :待った名無しさん:04/05/11 22:23
ヒール→憎まれ役→にくまれ→にくわれ→肉割れ

526 :待った名無しさん:04/05/11 23:21
朝青龍は、今日も勝って北の湖・羽黒山を抜いて33連勝となり
単独歴代7位の連勝記録となりました。
元大関・貴ノ浪が引退しました。北の湖理事長は、貴ノ浪が新入幕
した時「大関までは、絶対昇進する。」と言っていました。
それほどスケールの大きい力士でした。しかし彼の相撲の取り口から
横綱まで昇進すると言えなかったのでしょう。とにかく相撲ブームの
頃の力士がまた一人いなくなりました。残念です。

527 :待った名無しさん:04/05/12 07:20
昨日の5月11日の読売新聞の
北の湖らに並び4位タイ
って記事のなかでこんなコメント載ってる

北の湖理事長「(朝青龍の連勝について)チャンスはなかなか巡ってこない。
       口で言うほど簡単じゃない。私の時は全然、騒がれなかったけど」

とうとう自虐ネタまで使い出したかw

528 :待った名無しさん:04/05/12 09:15
自虐じゃなくて謙遜では?
理事長は自分の記録を千代や貴に抜かれたとき、常に相手を立ててきたからね。

529 :待った名無しさん:04/05/12 15:56
>>528
いや、どう考えても>>527は記者を笑わしたいがためのコメントに見えるよ。
自虐ネタって言えるよ

530 :待った名無しさん:04/05/12 21:10
これはどう見ても、北の湖が受けを狙っていってるな。
ただ記者の方も立場上笑うに笑えないだろうけど。

531 :待った名無しさん:04/05/12 22:34
>>530
北の湖ほどエライ地位にある人でそんな冗談も言わないような人が、
急に自虐的なネタ言い出したら、記者も苦笑というかなんというか
なんとも表現できない感じだなwまあその空気感が面白いけど

532 :待った名無しさん:04/05/12 22:38
いや、自虐的というより謙遜半分・本音半分といったところでしょう。
なんせ魁皇がまだ一度も優勝したことのない関脇時代に、「いやいや、
右上手を取ったら、私なんかよりずっと強いですよ」と言った人ですから。

533 :待った名無しさん:04/05/12 23:46
北の湖が現役の頃は、連勝記録より連覇記録のほうで
騒がれていたような気がする。
連勝記録で騒がれていた記憶がない。

534 :待った名無しさん:04/05/12 23:49
>>533
北の湖の場合、一昔前の横綱が4回も30連勝してるから
32連勝くらいじゃ新鮮味が無かったのかもしれない。

535 :待った名無しさん:04/05/12 23:54
年間最多勝の話題の方が印象に強いね

536 :待った名無しさん:04/05/13 00:10
>>527
「私は全然騒がれない程人気がなかった」という自虐ネタにもとれるし、「私は
(32連勝くらいでは)全然騒がれない程強かった」という自慢ネタ?にもとれる。
実際当時は32連勝くらいは通過点という感じであまり騒がれなかったので、理事長
はその事実を素直に言っただけだと思う。しかし三重ノ海に連勝ストップされたとき
は本当にびっくりした。残念だった・・・・・。

537 :待った名無しさん:04/05/13 02:11
>>536
>、「私は(32連勝くらいでは)全然騒がれない程強かった」
>という自慢ネタ?にもとれる。

それはない。

538 :待った名無しさん:04/05/13 03:50
>>535
ドルジは最多勝でも記録作りそうだね、怪我して休場の可能性もあるけど。

539 :待った名無しさん:04/05/13 04:56
なんかさあ、もう超えちまったんだな、北の湖。あっけないよな。
全盛期の北の湖でも今の朝青龍から、右上手を取るのはむずかしい
よな。もうほとんど不可能に近いかもしれないな。がっぷりになれば
勝てるだろうけど、とにかく得意な型にもちこめない、今の朝青龍は
とにかく隙がない。

540 :待った名無しさん:04/05/13 06:15
>>532

<なんせ魁皇がまだ一度も優勝したことのない関脇時代に、「いやいや、
<右上手を取ったら、私なんかよりずっと強いですよ」と言った人ですから

これ自体は謙遜でもなんでもなく、本当に魁皇のほうが強いんじゃないか?
ただ単に北の湖自身が当時の相撲界と自分のころを比べて、自分のころより
みんな強くなったって感じてたからだろ。

541 :待った名無しさん:04/05/13 07:30
お世辞や嘘を言うような人じゃないからね
魁皇に関する話は本心だろう

542 :待った名無しさん:04/05/13 08:12
星取の経過を見ると玉錦−双葉山に似ている。場所数が増えただけにハッキリとは
色分けされていないが、 57年になってすっかり優劣が入れ替わってしまった。
ところがこのままでは終わらなかった。 59年 5月、北の湖は横綱59場所目にして
フルモデルチェンジした。千代の富士は調子を崩し錆が見えた。この場所に関して
言えば、千代の富士など新北の湖の敵ではなかった。ただ、「古」モデルチェンジ
だったせいもあって、新北の湖が長持ちしなかったのは残念だった。


これ引っ張ってきたんだけど、
昭和59年の北の湖のフルモデルチェンジってどんなのよ?

543 :待った名無しさん:04/05/13 10:47
懐かしいなぁ、確か北天祐が勝って優勝決まって、勝ち残りで
座ってた北の湖と目が合ってニンマリしてた、場所後放送された
NHK復活北の湖で、ママチャリ乗ってトレーニングしてたの面白かった
あれまた見たいよ



544 :待った名無しさん:04/05/13 11:09
>>542
坪田氏の見解だね。あの場所の千代富戦は本当に圧倒していた、
杉山アナ?の実況もよかった。

545 :待った名無しさん:04/05/13 12:35
59年の初場所千秋楽で負けて8勝7敗になった時なんか、解説の神風が
年に8回しか負けなかったのに1場所で7回も負けるんですね、とか暗に
引退進める発言してたぐらいだった、あの優勝は、感動的だった

546 :待った名無しさん:04/05/13 21:05
>>543
NHKアーカイブスで再放送するかもしれない。

547 :待った名無しさん:04/05/13 22:57
昭和59年夏13日目だな
昔の「憎たらしい頃の」北の湖には有り得なかった、北天佑と顔を合わせた時の「笑顔」
あれ見て、心から北の湖の優勝を喜べたんだけど、それと同時に
「もう、憎たらしいほどには強くないんだな」と寂しくなってしまった

548 :待った名無しさん:04/05/13 23:46
>>547
引退間際の昭和58年頃から北の湖は、勝つと露骨に
嬉しい表情をすることが多くなったような気がする。

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