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【歴史】中国拳法と琉球古武術と空手の関係【源流】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/06 20:51 ID:pzLhlM0d
空手は中国(明または清、福建省)から琉球(沖縄)に伝わり唐手(手)となり、
それがさらに日本に伝わって空手になったとされるのが通説ですが、
それではこれら三つの武術の相似点はどこにあり、また相違点はどうして
生まれてきたと考えられるのでしょうか?

素人目に、現存する中国拳法と空手には共通点が少ないように思われます。
また琉球古武術と中国拳法にも共通点が見えません。
こうした武術の系統について詳しい方、私見がある方、語ってもらえませんか?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/06 20:55 ID:Sr+KxtAJ
三戦立ち。あるいは三尖(読みは「サンチン」)が共通点。
唐手は、北京から留学生が持ちかえったものでこちらは首里手〜松涛館流なので、共通点はない。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/06 20:56 ID:ob0erTOD
平上氏in秘伝に拠れば、空手の型を分解すると、柔術的技法がたくさんあるとか。
なんか芦原空手の捌きから打ち込むとかに似た感じ?
中国の武術にも、絡めとってどう、みたいな物が良くあるようだし、
関係見出せると思う。
フルコンとかはほとんど型関係ないんじゃない?キックボクシングの方が近そう。


4 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/06 20:57 ID:6b3ZxC30
(=゚ω゚)ノぃょぅ

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/06 20:57 ID:pzLhlM0d
>>2
>三戦立ち
正中線を保つ立ち方ですよね? そのくらいしかないんでしょうか?

>唐手は、北京から留学生が持ちかえったものでこちらは首里手〜松涛館流なので、共通点はない。
それは時代的にはいつごろになるんでしょう?

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/06 21:04 ID:pzLhlM0d
>>3
>中国の武術にも、絡めとってどう、みたいな物が良くあるようだし、
擒拿術ってやつですよね。関節技を中心にした制圧術。
空手と見比べると中国拳法と比べ、かなり失伝しているという感じがしますが。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/06 21:12 ID:Sr+KxtAJ
佐久川寛賀 先生(敬称略)

1782〜1862

生年、没年は諸説あり定かでない。

享年80歳過ぎまで長命されたという

唐手(トーデ)佐久川とは照屋筑登之親雲上寛賀のことである。

幼少の頃から健康に恵まれ武芸に秀でていた。頭脳も明晰で、将来の大物として、青年時代から嘱望されていたという。琉球王府からもその学問と武の力量をつとに認められていたので、三十代の頃に中国へ留学生として唐旅をしたことがあるという。

唐手佐久川は中国で修行し、その修得したものに基づいて、従来から琉球にあった自己防衛の闘争術を深め、首里手の原形となったと推測される。



http://www2.tokai.or.jp/jkka/kanga.html

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/06 23:24 ID:pzLhlM0d
それ以後の系統がよくわからないですね

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/06 23:29 ID:GZvPhcpO
“首里手”、“那覇手”、“泊手”はいずれも地名で、
その地方の“手”ということである。昔からそうだったのではなく、
東恩納寛量が中国から帰った明治20年以後のことである。
それ以前は首里手しかなかったから区別する必要はなく、
単に“手”と“唐手”を、区別すればよかった。
那覇手は東恩納寛量の中国拳法に名づけたものであり、
泊手は更におくれて、首里手と那覇手の両方を学んだ
泊村の人々の“手”である。後の流派ができるのは
ここに源があったのである。

http://www2.tokai.or.jp/jkka/k_meisyo.html



10 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:04 ID:eRekxQpY
沖縄唐手の他に、もう一つ武道があったと
聞いたことがあります。組み技が主体だったような?
どなたか分かる方いますでしょうか。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:09 ID:5eeppYvM
つまり理解としては

1)手(沖縄・首里):琉球自体の古武道。首里手。
2)中国拳法(中国・北京)
このふたつが源流にあり、

3)那覇手(沖縄・那覇):東恩納寛量が明治期に沖縄に伝承した中国拳法。唐手。
がやがて沖縄に定着し、

3)首里手+那覇手=泊手(沖縄・泊)
が生まれた、ということですね。

日本に渡った空手の源流は全てこれらのいずれかに求められるんでしょうか?
すると沖縄の時点で、すでに中国拳法は1/2に薄められているといえるわけですね。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:16 ID:/skN4OO0


2004年IOC北京オリンピック開催記念
中国武術専門の中国国家映像によるホームページですので皆様でご利用ください
(世界の格闘家、武道家が驚嘆する威力を持った突発的で初動の速い連続動作の世界最速スピードと思われる
戦術を人間国宝映像により公開しています)
套路有害説 http://www.ne.jp/asahi/tfz/tys/index.html

日本国文部省の検定資料
全日本剣道連盟の有段者必見
(これを見れば日本剣道の目的がわかります)
日本剣道と日本刀
竹刀と日本刀
稽古と実戦

※ 更新
日本国と中国の武術、武道の要である中国武術の至宝 苗刀の素晴らしさを裏付けを持って掲載

実録記事(中国武術を実際、日中戦争に使い結果を出した苗刀の軍歴である)

歴代日中剣道史 http://www.h5.dion.ne.jp/~rekidai/index.htm




13 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:19 ID:5eeppYvM
東恩納寛量氏について調べてみました。

那覇出身で、1876年(明治9年) に中国・福州へ渡って、劉良興(ルールーコー)老師に
師事とあります。

琉球は歴史的に福建省、福州と縁が深く、中国への旅は唐旅と言われました。
だから福州に渡ったというのは自然だと思うのですが、>>2の方は北京からといっています。
確かに「唐旅」は元々、琉球国が宗主国である清に留学生や貢物を持った使節を
送り込む旅のことで、一行は福州から入って北京へ上り、皇帝に会って帰ってくる旅
だったので、福州から北京に上った可能性も否定できません。
果たして東恩納寛量氏が福州で学んだのか北京で学んだのかがわかりません。

http://www.karatedo.co.jp/gojukai/profile.html

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:19 ID:UMc88p/x
唐手と首里手は同じもので、北京からの輸入品であるようです。
台湾との貿易をしていた関係で、那覇港の船乗りにはそれ以前から台湾の拳法が伝わっていたようです。
空手というのは、唐手を改名したものですが、起源としては両者を含むようです。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:25 ID:5eeppYvM
この劉良興という老師がいかなる中国拳法の使い手だったのかはぐぐっても
わかりません。
中国拳法といっても三大拳法の太極拳、八卦掌、心意拳をはじめ無数にありますし。
唐手の源流はどの中国拳法なんでしょう?わかる方はいらっしゃいますか?


16 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:27 ID:UMc88p/x
福建省の鶴拳です。首里手は例外で、北京の多分羅漢拳です。唐手〜空手というネーミングはこちらが起源です。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:31 ID:5eeppYvM
>>14>>16
ありがとうございます。
なるほど、では首里手の起源も中国拳法で、那覇手の起源も中国拳法なんですね。
そして首里手の方が渡来が古かったと。
そして首里手は北京の羅漢拳、那覇手は鶴拳に源流を求められるわけですか。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:34 ID:UMc88p/x
>>17
ええとですね、渡来の時期ですが、福建省の鶴拳というのは台湾を経て
貿易の関係でいつからとは知れず沖縄に伝播していたものと思われます。
それを源流までさかのぼって、北京から輸入されたものの「唐手」という
ネーミングをもじって「空手」と読んだのが近世の事であるようです。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:36 ID:5eeppYvM
つまり、>>11を改訂すると

1)羅漢拳(中国・北京)
2)鶴拳(中国・福建)
このふたつが源流にあり、

3)首里手(琉球・首里):琉球期に台湾を経由して渡来、首里に定着

そして琉球処分、明治維新を経て

4)那覇手(沖縄・那覇):東恩納寛量氏が明治期に福建・劉良興老師より伝授され、
  那覇に定着

そして

5)首里手+那覇手=泊手(沖縄・泊)

が生まれた、ということですね。


20 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:40 ID:5eeppYvM
>>18
あれ? すると劉良興の拳は鶴拳ではないんですか?

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:42 ID:UMc88p/x
>>20
鶴拳なんですが、台湾や沖縄に当時伝わっていたものより源流に近いものだったと思われます。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:43 ID:UMc88p/x
それなりに伝わっていたものを、わざわざ本場までに習いに行ったってことです。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:44 ID:5eeppYvM
>>22
ああ、なるほど。ありがとうございます。
つまり東恩納寛量は源流に学びにいったということなんですね。

どうして首里だけは北京の羅漢拳だったのですか?

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:45 ID:UMc88p/x
たまたま北京に留学に行った人が持ちかえった拳法が、大変優れていたので評判になったものとおもわれます。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:47 ID:5eeppYvM
なるほど。
まあつまり北京の留学生が持ち帰ったということはまさに琉球王国の政策で
北京に上る本来の唐旅にいった人たちですね。それが羅漢拳だったと。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:50 ID:UMc88p/x
>>25
そういうことです。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:53 ID:5eeppYvM
すると中国>沖縄(琉球)の伝承はほぼわかってきました。

じゃあ今度は沖縄>日本への伝承ですが。これはどうなるんでしょう?


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 00:56 ID:UMc88p/x
「武器を持たない(本当は「持てない」なんですが)平和な島、沖縄の、そして平和そのもの象徴として、
船越義珍翁により沖縄から見た本土、すなわち日本に紹介されたのが、日本への普及の嚆矢とおもわれます。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 01:02 ID:UMc88p/x
最初は日本の大学に首里手が持ちこまれました。
そこには凄まじいまでの大衆蔑視と偽善とがあるのですが・・・

後に四大流派として剛柔流、つまり那覇手、鶴拳を加えることで
次第に和解していくのです。首里手(松涛館流)と那覇手(剛柔会)とを
渡り歩き、自派を立てた故・大山倍達率いる極真会館が最大の例外ですが。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 01:32 ID:5eeppYvM
>>UMc88p/x氏
なるほど。ありがとうございます。かなり詳しいですね。
明治期から昭和中期にかけて沖縄蔑視、差別があったのは歴史上の事実なので、
そういう背景ももちろん唐手/空手の普及には影を落としているでしょうね。

ところで、その源流となる羅漢拳、鶴拳というのは太極拳や八卦掌、心意拳とは
どう異なるものなんでしょう。またそれらがそのまま近代空手になったわけでは
ありませんよね。空手には柔術他日本土着の武術の影響もあると思うのですが。
おおざっぱなところはわかりますか?

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 01:33 ID:eRekxQpY
>>27
大正11年に旧講道館で本土で始めての空手演武が行われたようです。


32 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 01:52 ID:wbJx6olh
>大衆蔑視と偽善

教える側の、では?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 02:53 ID:x2Ex/BGf
>>30
鶴拳というのが少林白鶴門のことであれば、南派少林門の大きなところの一つ。
羅漢拳はちょっとわからないが、名称(羅漢は仏門の用語)からして、
少林拳の一派であると推測されます。
羅漢拳の名は北派少林拳にも見えますが、同名の拳法が多くあるので、伝承がわからないと
探すのは困難かと思います。

ちなみに、太極拳・八卦掌または心意拳(形意拳)とは、系統が全く異なるだろうと思います。
もしもこれらと関係していたら、道教系の訓練法(内功とか導引術とか)が含まれる筈です。
心意拳はイスラム族の拳法なので、そのままの状態で北京において容易に学べるものでは
なかったと思います。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 03:00 ID:giT81n8G
羅漢拳、鶴拳に加えて、心意拳、通背拳あたりは極めて歴史が古く、
様々な門派に影響を与えてきていますからね。
深源を辿るのは一朝一夕ではとても。

35 :1:04/03/07 04:01 ID:5eeppYvM
ありがとうございます。今夜はもう寝ますが。
思いのほか充実した内容になりつつあって嬉しいです。
以前から中国拳法と唐手、空手はぜんぜん似ても似つかないじゃないかと
疑問だったので。さすがにこの板は詳しい方がいらっしゃっるので楽しいです。

>>33
羅漢拳は自分でも調べてみたのですが、確かに南派に少林寺羅漢拳というのが
あって、これがどうやらメジャーで、しかし北派にも羅漢拳というのがあることは
わかりました。しかし源流が北京ということは、北派の羅漢拳と考えるべきなの
でしょうか? なかなか詳しいサイトがなくてたどれません。

>道教系の訓練法(内功とか導引術とか)が含まれる筈です
>心意拳はイスラム族の拳法なので
これらは知りませんでした。面白い。
そうか、だから日本の空手は一般的な中国拳法のイメージにあるような、
気を練るような技があまり一般的でないわけですね。
(もっとも空手の技の詳細はしらないので誤解があれば訂正してください)。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 12:08 ID:7xqhN7sy
崇山少林寺の心意把が回族に伝わり心意拳になったのです。寧教一把(心意把だけは教えない)と言われた秘蔵の拳です。
崇山少林寺の入門拳法である紅拳(等)が羅漢拳として広まり、その系統の一つが北京にも伝承されていたのです。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 15:11 ID:x2Ex/BGf
>>36
こらこら、歴史の話をしているときに伝説を書き散らすな。

38 :1:04/03/07 20:50 ID:5eeppYvM
あれからまた少し調べてみました。

>>33
鶴拳は白鶴拳と考えていいみたいですね。
また羅漢拳も確かに少林寺の一派のようですね。

ところで、日本の空手の流派の起源について答えられる方はいらっしゃいますか?

>>36
それは伝説なんですか?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 20:54 ID:37b6wnxp
崇山少林寺の内部には羅漢拳というのはない。ただ同一の拳種が外部に流出してそれが羅漢拳と呼ばれたようだ。
伝説と言っているのは、崇山少林寺とは別に南少林寺という寺があるという伝説があり、
そこに由来するとされるさまざまな拳法がある。南派の羅漢拳というのもその一つだろうが、
しかしそれは首里手とはまったく関係がない。

40 :1:04/03/07 21:00 ID:5eeppYvM
では、北京にあった羅漢拳はどこに起源するのでしょう?

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:01 ID:37b6wnxp
崇山少林寺だ。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:06 ID:37b6wnxp
北京には皇帝がいる。皇帝は嵩山少林寺(えらいこっちゃ字が違う)に土地を寄進し、
嵩山少林寺は内乱が発生した場合に鎮圧するという、そういう関係だ。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:09 ID:x2Ex/BGf
>>38
はい、伝説です。
心意拳(シンイーチェン/形意拳も発音同じ)はもともと回族(イスラム族)の
拳法で、漢族の武術とはまた独自の発展をしたものだから。

おそらく、回族→漢人と伝えられて名称が残ったものと思われます。
すべての武術の源泉は少林寺にありとするための伝説のひとつかと。
達磨大師がインドから少林寺に拳法を伝えたという話と同じくらいの信憑性と思って
間違いないです。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:09 ID:37b6wnxp
ちなみに、陳式太極拳で有名な陳家溝も、内乱の鎮圧に実績がある。
ただし征服王朝である清朝に協力したとして、現在はこの話は漢族の間ではあまり取り上げられないそうだ。

45 :1:04/03/07 21:12 ID:5eeppYvM
>>41-42
なるほど。それで北京に少林羅漢拳があったわけですか。

白鶴拳については福建省福州で盛んで、台湾にも伝わり現在でも
盛んだそうですから、こちらは福州由来で間違いないですね。

>>43
なるほど。心意拳は中国拳法といっても外来のものなんですね。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:13 ID:37b6wnxp
>>43
それはだな。そういう説を唱えている学者が一人いて、その人は姫際可の生誕地を特定した立派な人なんだが、
日本では松田という人が権威でたまたまその説を紹介しているので定説扱いされているだけだ。
何もないところから一代で築き上げたというのは大抵伝説で、実際には嵩山少林寺から姫際可に伝わったと考えるのが自然だ。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:16 ID:37b6wnxp
中国文化の大部分はインド文化の影響下で成立している。
中国人はこの事実を非常に忌み嫌う。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:25 ID:lYGujwV8

中オタはこういう話になると俄然テンションがあがるな

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:40 ID:37b6wnxp
ちなみにだ。

ペルシャ皇帝ダレイオス(イッソス)
http://www.asahi-net.or.jp/~NA3N-YKYM/southitaly/southitaly013.jpg
始皇帝兵馬俑
http://gross.anatomy.saga-med.ac.jp/shinoda/china7/heiba3.gif

マフラーがそっくしだろ?チャーミングで。実は漢王朝は征服王朝だったとされる。


50 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:42 ID:37b6wnxp
饕餮(とうてつ)紋など、漢王朝以前から伝わる伝統的な紋章も確かに出土している。
しかしそれは中国南部の湿地帯から出てくる。えらいこっちゃろ?

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:44 ID:x2Ex/BGf
すみません。ID:37b6wnxpはスルーしていただけると助かります。
武術と関係ないってぇの。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:45 ID:37b6wnxp
というわけで、最初の統一王朝が実は征服王朝だったという屈辱的な歴史があるので、
中国人は何でも中国起源だと歴史を書き直さずには居られないというそういう事情がある。
ここで言いたいのは、回教徒(回回というのはウィグルに音をあてたものだ)が起源ではなく、
インドからつたわったものが起源であろうと言う事だ。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:50 ID:37b6wnxp
>>51
??中国人が何でも中国起源にし、それが無理な場合にインド起源であることを否定する
そもそもの謂れを述べているのだが?

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 21:53 ID:37b6wnxp
というのは当時、インドと中国を結ぶルートは四川省を通っていた。
後に北回りの、モンゴル経由のルートが開拓されてからは元王朝が西洋を征服したので
それほど屈辱的ではない。中国での歴史の書き換えのルールはだいたいこういうものだ。
知っておいて損はないとおもわれる。

55 :1:04/03/08 00:20 ID:D0wcMY0t
>ID:37b6wnxp
背景はわかりました。
具体的な武術の系譜について話題を絞ってもらえればと思います。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/08 00:41 ID:theTvtRi
>>54
板違いです。さようなら。

57 :1:04/03/08 01:18 ID:D0wcMY0t
ではできればそろそろ
沖縄(琉球)>日本(本土)の唐手・手から空手へといたる系譜について考察できればと
思うのですが。

まず本土に渡った空手は、首里手、那覇手、泊手のいずれなのでしょうか?

58 :1:04/03/08 01:23 ID:D0wcMY0t
あ、失礼。>>29では首里手(←羅漢拳)がまず伝承されたとありますね。
そして後に那覇手(←鶴拳)が渡り、和解したと。
その確執の経緯や、空手の基本的な流派についてご説明いただけないでしょうか?

また、泊手は沖縄に残されたと考えてよいのでしょうか?

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/08 01:31 ID:ihT+xCkj
>>45
いえいえ、心意六合拳は立派な中国の武術ですよ。外来のものではありません。
大まかに説明をすると、心意六合拳は今より400年ほど前に姫際可という人物によって
槍術の理をもって創始されたと言われています。

その後、その伝承は大きく2つの系統に別れ、その内の一つである河南の馬氏に伝わったものが
いわゆる心意六合拳(河南派形意拳)として現在知られているものです。
この馬氏は回族(イスラム教を信仰する少数民族)であります。
そして、もう一方の漢族の系統(後の戴氏六合心意拳)からは形意拳が派生し現在に至っています。

60 :1:04/03/08 02:11 ID:D0wcMY0t
>>59
詳細な説明、ありがとうございました。

しかしなんにせよ、心意六合拳とそれから派生した形意拳は空手の源流では
ないと考えてよいのですよね?

61 :1:04/03/08 20:51 ID:D0wcMY0t
ちょっとageさせてもらいます。

日本本土の空手の流派を簡単に説明してもらえないでしょうか?

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/08 21:04 ID:yOpkiKCz
>>60
うい、空手の源流ではありません。空手は中国南方の拳法の影響が強いのではないでしょうか。

それよりも1さん、ここでの書き込みを参考にするのは構いませんが、ご自身でも色々と研究してみることを
お勧めします。このスレの書き込み全部が正しいとは限りませんから。

63 :1:04/03/08 21:06 ID:D0wcMY0t
ええ、調べてみてます。
ですがここだと実際にやってる方もいますから予備知識もあるでしょうし、
具体的な技術面からのアプローチなども期待できると思うので。
よろしくお願いします。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/08 21:10 ID:lEBPcx+H
本土四大流派というのがある。最も代表的なのは松涛館(系)。首里手だ。基本は前蹴り。
他に純粋は那覇手が本土に入ったもので上地流がある。基本は三戦立ち。
松涛館から剛柔会(那覇手)を経て独立したのが極真会館。他にも沢山あるようだ。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/08 21:15 ID:yOpkiKCz
>>63
調べてはいましたか。これは余計なお節介でした。どうもすんません。
残念ながら私は空手に関しては詳しくはないのです。
その方面に詳しい人が訪れるのを待ちましょうか。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 04:47 ID:m5iugaPM
>>59

シナ人の歴史捏造を真に受けてるね。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 08:12 ID:wA6hZ7FF
>>61
>日本本土の空手の流派を簡単に説明してもらえないでしょうか?

んじゃ、簡単に説明するね。日本本土では4つの大きな流派がある。

1、松濤館流=首里手を原型として船越義珍が伝えたもの
2、剛柔流=那覇手を原型として宮城長順が伝えたもの
3、糸東流=首里手と那覇手の2つを原型として摩文仁賢和が伝えたもの。
4、和道流=松濤館流出身の大塚博記が本土の柔術をミックスさせて広めたもの。
5、その他=上地・劉衛・本部・千唐などもあるが、本土ではマイナーで規模も小さい。

以上が伝統派と呼ばれるモノの大まかな説明です。フルコン関係の説明は誰かお願いしまつ。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 11:56 ID:D0NwNCXb
「中国拳法が源流と言っても現在のそれに近似する空手の技術は少ない」
と平上さんはいってますが、中国拳法そのものでさえも国民党政府の
台湾移住にともなって輸入されたほとんどの拳法はすでに大陸のものとは
大きく異なります。この間、わずか20〜40年。
台湾に渡った武術家のほとんどは古伝そのままだったのに対し、大陸では
すでに大きく変わっていたのです。
同じことが中国拳法と空手の間にも起こったと見ていいと思われます。
現存する中国拳法よりさらに古い原型が空手の中にあると思います。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 12:17 ID:zhIEQLNg
>>68
>「中国拳法が源流と言っても現在のそれに近似する空手の技術は少ない」

つまり、「空手の新しいところは空手の中にしかない」という事だろ?当然だ。

類例を挙げると、古い仏教はインドには既に残っていないが、
仏教の原型はヒンドゥー教でそれは今でも残っている。しかし
現存するヒンドゥー教よりさらに古い原型が仏教の中にあるということはない。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 12:26 ID:mguKTAml
源流ってラバブ?

71 :名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/09 12:27 ID:wA6hZ7FF
>70
正解。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 12:30 ID:zhIEQLNg
>>71
その通り。考え方の類型としては、68も平上さん?もラバブも同じと思われる。

73 :1:04/03/09 20:06 ID:7SRU9uI0
>>67
ありがとうございます。最初の3つは調べたのですが。
とりあえず、その経緯だと泊手は沖縄に残されたということになりますよね?
首里手+那覇手ということでは糸東流は泊手のリミックスという感もありますが。
泊手と糸東流の類似点には興味があります。

>>68
つまり古伝の中国拳法は中華民国である台湾に渡り、中華人民共和国では
中国拳法が別の発展を遂げていったということですね。
確かに白鶴拳などは台湾に大家の老師がいるようですが。

>>69
具体的に近代空手が首里手や那覇手に取り込んだ技術というのは、
どういう要素なのでしょう? ボクシングやムエタイ、テコンドー、柔道、サンボ、
キックボクシングなど、洋の東西を問わず吸収した技術もあるのでしょうか?

74 :1:04/03/09 20:09 ID:7SRU9uI0
あと興味がある点として、いわゆる「勁」の扱いです。
空手に発勁は伝承されているのでしょうか?
白鶴拳には発勁がありますし、調べていませんがおそらく羅漢拳にもあるでしょう。
これらの技術を空手で見たことがありません。

とはいえ、発勁がどういうものか、定義には諸説あるようですが。
実際に空手を学んでいて、私見がある方は語っていただければと思います。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 20:37 ID:tuEGnqmo
>泊手と糸東流の類似点には興味があります。

オオカミとフクロオオカミの類似点にも興味もてよな。

>近代空手が首里手や那覇手に取り込んだ技術

極真空手かムエタイから取りこんだ技術が空手のイメージの変遷に与えた影響は大きい。

>発勁
空手独特の勁の発しかた、つまり発力の方法だが、これは「極め」と言う。
大山倍達は「グローブを突けると空手独自の技術が死んでしまう」といい、
松涛館のある指導者は、「(世間で言う)発勁は手首のバネ力だと思う」と述べたという。

あと、非常に気になったのだが、琉球王国は島津藩と清朝との両者の属国になっていた。
二重支配と呼ばれるもので、双方に税を納めなければならず生活は過酷だった。
島津藩の禁武政策の影響で、徒手武術や農具等生活用品を利用した武術が発達した。
また清朝とも貿易をしており、台湾と沖縄との間では日常的に物や人の行き来があった。

これらは空手の成立に直接関係しているような歴史的な背景なので、
一つの文化として空手を受け入れようとしているのであれば是非知っておいて欲しい。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 20:57 ID:qw32NlHe
>>74
中国武術の立場から言うと、発勁というのは一つの打法や技術を指すものではなく
門派のやり方に従った、効率的な(結果的に大きな)物理力を得るための
身体運用法を用いて「発する」ことを指すので、発勁とひとことで言っても
門派によって全く方法が違う。

イメージとしては、強大な威力の一撃だけど、必ずしもそうとは
かぎらない。とても速い連撃であったりする場合もある。

発勁という言葉だけで比較するのはそういう意味でちと危険です。

77 :1:04/03/09 20:58 ID:7SRU9uI0
>>75
ありがとうございます。
ムエタイの影響はあるのですね。ボクシングは突きとしてかなり強力な技術だと
思いますが、空手はボクシングからの影響はないのでしょうか?

「極め」については、もうすこし詳しく説明をお願いできればと思います。
中国拳法の発勁は人間工学的な理論でもあり、機の取り方でもあり、
内功といわれる物理エネルギーの伝達技術の洗練であるという印象ですが、
空手においてはどう考えられているのか、興味があるところです。

>一つの文化として空手を受け入れようとしているのであれば是非知っておいて欲しい。
はい。実は、琉球・沖縄の歴史、民俗学が私の専門分野なのです。
その過程で琉球の伝統武術である手(てぃ)について、>>1にあるような疑問を
持つにいたったというわけなのです。

78 :1:04/03/09 21:01 ID:7SRU9uI0
>>76
わかります。国内のマンガなどでよくみられる発勁=一撃必殺の破壊力という
イメージは誤りのようですね。勁の発動がつまり発勁で、その形にはいろいろ
あるらしいということは、調べていてわかりました。

その意味でも、空手における発勁の形を知りたく思います。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 21:16 ID:tuEGnqmo
>実は、琉球・沖縄の歴史、民俗学が私の専門分野なのです。
それはすまない。釈迦に説法とは私のことです。

しかしそれならそれですこし気になることがあります。下に過去のレスを抜粋しますが、

29 :名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/07 01:02 ID:UMc88p/x
最初は日本の大学に首里手が持ちこまれました。
そこには凄まじいまでの大衆蔑視と偽善とがあるのですが・・・

32 :名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/07 01:52 ID:wbJx6olh
>大衆蔑視と偽善
教える側の、では?

この通り、本来「唐手」という言葉が最初にあり、那覇手と区別されるようになって
首里手と称されるようになった。また沖縄から見て「本土」空手と称されるような空手は大学、
つまり当時の官僚予備軍に伝えられたものだ。北京→首里城→大学、と唐手(や空手)は
一貫して官僚やその予備軍に対して教えられてきた。官僚というのはしばしば自国の一般市民より
他国の官僚に親しみを感じるものだ。唐手の祖、唐手・佐久川ですら墓は北京にある。

沖縄本来の民族格闘技というのは、沖縄や台湾に共通する鶴拳というのと多分同一のものだ。
「手(てぃ)」という民族格闘技を指す一般名詞があったというのは後世つくられた説であると思われる。
というのもその内容は鶴拳の一種であったと推測されるからだ。沖縄列島はそのまま台湾に
つながっている。旧大日本帝国の中国における植民地は台湾・福建であるが、
土地が険しく西洋列強が植民地にしなかったその余りを取ったからだ。
沖縄もその一部という扱いだったと念頭に置いて考えたほうがよい。


80 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 21:27 ID:X14DABxq
>>66
歴史捏造ですか。他の人が誤解するような書きこみは止めましょう。

>>79
その内容についてですが、どこからどこまでが自分の主観であるのかということを
はっきり分けた方がいいと思います。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 21:30 ID:tuEGnqmo
>>80
人の書くものはすべてその人の主観だ。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 21:33 ID:tuEGnqmo
主観というと語弊があるな。人の書くものはすべてその人の主張に過ぎない。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 21:36 ID:X14DABxq
>>81
訂正レスをつける前に書き込みがなされましたか。いや失礼しました。
>80はあまり気にしないで下さい。

しかし、>79の最後の4行の部分は正直何を言いたいのかがよく分かりません。

84 :1:04/03/09 21:40 ID:7SRU9uI0
>>79
>>29>>32のやりとりは私が直接書き込んだことではないので、
その実情は私のよくわからないところです。
大衆蔑視と偽善というのは当時の沖縄差別に基づくものなのか、
それとも別のものなのか、スルーされてしまったので詳細を知りたいところです。

歴史的には琉球王国成立の時、琉球王が方々のアジといわれる有力者を首里に
転居させ、武器をとりあげて王国が一括管理しました。この際にまず市民は一度武器を
失っており、さらにその後、1609年の薩摩の侵攻で完全に武力を失うわけです。
その過程でかつての宗主国である明、清から伝来していた中国拳法が素手の、あるいは
日常生活の道具を使った護身術として洗練されていったものが手であると理解しています。

>沖縄本来の民族格闘技というのは、沖縄や台湾に共通する鶴拳というのと多分同一のものだ。
ここまでのやりとりで、首里に伝わっていた手(首里手)は少林羅漢拳を源流とし、
鶴拳(白鶴拳)は唐手である那覇手の源流と理解していますが、その論だと、沖縄本来の
民族格闘技として普及していたのは手(首里手)ではなく、唐手である鶴拳だ、ということで
しょうか? 首里手は琉球官僚だけの拳だったという理解でよいのでしょうか?
琉球王家の拳とされたいわゆる御殿手(うどんてぃ)が首里手という理解でいいでしょうか?



85 :1:04/03/09 21:44 ID:7SRU9uI0
>>83
私も、>>79の最後の四行は意味があるようでないように思います。

琉球の交易の歴史を見る限り、福建省、福州とのつながりが圧倒的に強力ですし、
台湾が中国本土と区別して意味を持つようになるのは歴史的にずっと後、戦後の
共産党と国民党の闘争以後のことだと思います。
その頃にはすでに沖縄にはすでに中国から羅漢拳も白鶴拳も伝来していたわけで、
台湾は直接には沖縄の手に影響を与えていないと思いますが、どうでしょう。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 21:48 ID:tuEGnqmo
>唐手である鶴拳だ
鶴拳は唐手ではない。
「沖縄本来の民族格闘技として普及していたのは鶴拳の一種だ」というのが当方の主張だ。

>首里手は琉球官僚だけの拳だったという理解でよいのでしょうか?
本来はそうだった。今でもそういう意味付けが残っている。

>琉球王家の拳とされたいわゆる御殿手(うどんてぃ)が首里手という理解でいいでしょうか?
これは八光流柔術という日本の近代のものとの混合物だ。内容も歴史も純粋でないので、民族文化という意味では考察に値しない。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 21:51 ID:tuEGnqmo
79の最後の方は、つまり沖縄本島は地理的には南中国の文化圏の一部で
後に薩摩藩〜大日本帝国の、植民地政策の足がかりになった、という経緯を強調しているものだ。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 21:53 ID:tuEGnqmo
中国福建省、台湾、沖縄列島は本来同一文化圏だと言っている。
北京にある清朝や、九州にある薩摩藩から、支配または干渉されているが、長年、独自の文化を保っている。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 21:58 ID:tuEGnqmo
当時、清朝や、九州にある薩摩藩から、支配または干渉されていたが、
現在に至るまで、独自の文化を保っている。


90 :1:04/03/09 22:02 ID:7SRU9uI0
>>86
>鶴拳は唐手ではない。
では唐手とは何を指すものと考えるべきでしょうか?

>これは八光流柔術という日本の近代のものとの混合物だ
なるほど。それでは御殿手とは近代に作り上げられたものなのですね?

>>87
地理的には琉球は中国、日本はもちろん、ジャワやベトナム、オランダなどからも
文化的影響を受けていて、独特の文化を形成しています。
薩摩藩の琉球侵攻の意図と、大日本帝国の侵攻とでは時代背景も主体も異なり、
同一に語ることはできません。
また、ここでは中国拳法−琉球武術−空手の流れについて語るスレなので、
背景は背景として、あまり政治的な話には偏りたくないと思います。

>>88
そういう意味なら了解です。

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 22:07 ID:tuEGnqmo
>>90
名称はとかく政治的な影響を受けやすい。しかし民族文化というのは
民族格闘技も含め、政治的な影響に左右されにくい。なぜかというと、
後者は大衆の生活に根ざしたものだからだ。釈迦に説法だが。

唐手とは北京から持ちかえられた格闘技に付けられた、沖縄での名称だ。

>なるほど。それでは御殿手とは近代に作り上げられたものなのですね?
そうだ。歴史的な事は確かめようがないが、沖縄の純粋な唐手を保存しようという
意図のあるものではないので、主張からだけでは比較も検討もできない。だから考察外。

92 :83:04/03/09 22:27 ID:X14DABxq
>>84
>武器をとりあげて王国が一括管理しました。この際にまず市民は一度武器を 失っており、

そうですね。空手の歴史を語るとき、島津の禁武政策が強調されることがありますが、
尚真王代の刀狩りについて触れられることは少ないような気がします。
いわゆる「手」というものはおそらく古くから存在していたでしょうし、この2度に渡る
禁武政策を経て発展していったということは考えられると思います。その過程で中国拳法も
影響を与えたのでしょう。ただ、中国のどの拳法が空手に影響を与えたかは、私は詳しくは分かりません。

首里手が官僚のみの拳だったというのも・・・どうなのでしょうね。これも詳しくないのですみません。
ただ、首里には大名や士族階級が多かったので中には官僚の達人もいたのかもしれませんね。

御殿手についてですが、これはその成立過程については色々議論があるようですが、
ここで触れるのはやめましょう。近代に成立したかどうかもよく判っていないのですし。
それにどちらかというとこれは琉球古武術の部類になるでしょうね。


93 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 22:27 ID:tuEGnqmo
ただ、本部御殿手の型は、穿掌と転身からなる独特のものだ。
到底鶴拳の一種とは思えない。もちろん八光流柔術とも共通点はない。
唐手の一種、首里手の一種であると推測される。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 22:30 ID:tuEGnqmo
>いわゆる「手」

この名称が近代か、ほとんど現代に作られた造語であることを押さえておけばいいだろう。
古い文献に「手」というものが出てきたのではない。唐手、那覇手、首里手、空手などに
共通する字を抜き出して、新たな意味を付与したものと考えたほうがいい。
内容はほぼ、鶴拳の一種であると推測できるが、たとえば「鶴手」という名称が
当時あったという事ではない。

95 :1:04/03/09 22:34 ID:7SRU9uI0
>>94
なるほど、「手」という呼称がいつごろの時代に生まれたものかは調べてませんでした。
てっきり、琉球時代からあるものと思っていましたが。
確かに近世になってつけられたという可能性も否定できませんね。調べる必要がありそうです。

ただ、その「手」といわれる武術体系が古くから琉球に伝達されていたのは
間違いないと考えていいわけですよね?

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 22:35 ID:tuEGnqmo
>>95
まちがいない。

97 :1:04/03/09 22:41 ID:7SRU9uI0
>>92
>首里手が官僚のみの拳だったというのも・・・どうなのでしょうね

過去ログにあるように、もし首里手が唐旅をした留学生によって首里に伝来した
少林羅漢拳であるなら、そういった留学生らは、帰国後いうまでもなく琉球王国の
高級官僚になるわけで、首里手が官僚や王家だけで普及していた、という説は
妥当性があると思います。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 22:43 ID:tuEGnqmo
補足をすると、当時、北京では通背拳という拳法が大流行していて、北京にあった
八卦門という武術団体が羅漢拳とは別に、羅漢拳を土台に通背拳の技術を加えて
八卦掌という拳法を創出して伝えていた。本部御殿手というのは、名称や技術の成立は
ほぼ現代であるが、型はこの八卦掌に酷似している。現代の八卦掌は当時の素朴なものからすると
複雑怪奇に発達してしまっているので違いの方が大きいが、大枠という意味で。
羅漢拳と酷似している嵩山少林寺の拳法の名称、大紅拳、あるいは小紅拳です。
少林拳ではないので要注意。また嵩山少林寺の内部に通背拳というのがあるのですが、
これは北京で流行していたものとは内容が異なるようです。この辺になるともうよくわからん。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 22:49 ID:tuEGnqmo
>>97
>少林羅漢拳
ああ早速間違えている。嵩山少林寺での名称は、「紅拳(大紅拳・小紅拳)」。
代表的な動作は武花華山(ぶかかざん)。面白いのは、日本の金剛禅少林寺拳法の基本動作が
この紅拳に酷似している。ただし金剛禅少林寺拳法では手を振り上げず脇を占める。
首里手の基本型「鉄騎」の特徴的な動作である「鉤突き」はさらにそっくり。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 22:49 ID:qw32NlHe
>>98
すまんが、「当時」って年代はいつごろ?

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 22:55 ID:tuEGnqmo
>>100
清朝末期だから、18世紀末。

嵩山少林寺で振り上げた鉄槌を振り下ろす型がある。その名も心意把。
本山では失伝し、寺の周辺に住む還俗僧(在家信者、ツァイチャリ)にのみ伝承、近年発掘。
日本の金剛禅少林寺拳法の成立に影響を与えているかも(ワクワク

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:05 ID:tuEGnqmo
少林拳というのは太祖拳というものの通称です。これも元は通背拳。
宋の太祖、趙匡胤の命令で制定され、軍隊に採用されたことから爆発的に普及しました。
その後民間に流出、多分営業上の理由で少林拳と名称が変わり、現代では長拳という名前で
親しまれています。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:06 ID:tuEGnqmo
>清朝末期だから、18世紀末。

まちがえた。19世紀末。1890〜1910ごろかな?

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:16 ID:tuEGnqmo
かつて華南で大飢饉が起こり、その後に移民政策が取られました。
この移民の中継地だったのが洪洞県という場所で、洪洞通背拳という拳法が今でも伝えられているそうです。
中国で最も有名である拳法、太極拳は、この洪洞通背拳を俄仕込みで学んだ移民が、
後に嵩山少林寺の心意把が回族に流出した心意把六合拳の一種、あるいは別名である
三三拳という拳法を学ぶ機会を得、両者を融合させて成立させたものようです。
太極拳の村、陳家溝は溝の通り、枯れ川の跡の平地に村落が出来たもので、清朝の時代に
(嵩山少林寺と同様)内乱の鎮圧に功績があったようです。清朝は征服王朝であったため、
現在はあまり強調はされない部分ではあるそうですが。

105 :1:04/03/09 23:16 ID:7SRU9uI0
なるほど、いろいろ話が出てきて面白いですね。
しかし羅漢拳は少林寺拳法の一流派として確かに実在しているようですが。
紅拳というのが正式名称という理解でいいんですか?

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:24 ID:tuEGnqmo
>>105
それは日本の「金剛禅少林寺拳法」ではないですか?記憶違いかも知れません。
嵩山少林寺で教えられている拳法は、大紅拳、小紅拳法、六合拳、通背拳、などなど、
それに秘中の秘として心意把があったようです。「寧教一把」(心意把だけは教えない)という
ことわざまであったそうです。日本の金剛禅少林寺拳法というのは、多分嵩山少林寺の
在家信者(ツァイチャリ)から心意把などを習った日本人が、日本で日本拳法や
八光流柔術などを取り入れて創出したものだと思うんですが。それとは別に他だの空手家が
不動禅少林寺拳法を名乗り後に取り下げるという事件もあります。不動禅事件が起こる前は、
現在日本で金剛禅少林寺拳法として活動している団体も、単に少林寺拳法という名称で
活動していたようです。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:29 ID:tuEGnqmo
ちなみに、首里手や、首里手がいわば流出した泊手から
松林流、小林流、少林流など、嵩山少林寺を思わせる空手の流派が
生まれています。もとは嵩山少林寺であったという伝承が
当時あったものと推測されます。

http://www.ryukyushimpo.co.jp/special/jinkoku/j980107.htm


108 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:32 ID:tuEGnqmo
>紅拳というのが正式名称という理解でいいんですか?

ともあれ、嵩山少林寺の外で「羅漢拳」と呼ばれているもののなかで
南派少林寺の羅漢拳とされるものでないもの、つまり19世紀末に
北京で八卦門により羅漢拳という名称で伝承されていたもの、は、
嵩山少林寺では紅拳と呼ばれている、と言ってよいようです。

109 :1:04/03/09 23:32 ID:7SRU9uI0
羅漢拳というソースはこのスレの>>16にたどれるわけですが、
実際は紅拳だったということなのでしょうか?

110 :1:04/03/09 23:36 ID:7SRU9uI0
>>108
ああなるほど、それで理解できました。

>>107
あ、すると泊手からも空手は生まれているのですね。
ソースも貴重な資料です。ありがとうございました。

111 :1:04/03/09 23:37 ID:7SRU9uI0
ところで話はがらりと変わりますが、具体的な技術体系として、中国拳法には
套路という型がありますが、これは手や空手でもあるのでしょうか?

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:39 ID:tuEGnqmo
>>109
嵩山少林寺の中に「羅漢拳」という拳法が絶対にない、と今調べきれていないので
断言は避けますが、嵩残少林寺の内部では「紅拳」、嵩山少林寺の外部では「羅漢拳」と
呼ばれているということだと思われます。嵩山少林寺では100年くらいまえに
拳法や組織の大整理があったらしく、紅拳と同系統で羅漢拳という名称の拳法が
当時なかったとはいいきれません。嵩山少林寺の本山から心意把が失伝したのも
この頃とされています。嵩山少林寺は清朝皇帝から土地の寄進を受けて反映したのですが、
清朝滅亡とともに衰退し始めたのでしょうね。ともあれ嵩山少林寺から流出した拳法の
外部での呼び名は「羅漢拳」です。嵩山少林寺の修行僧の通称が「阿羅漢」というので
わかりやすさを取ったのでしょう。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:45 ID:tuEGnqmo
>>111
現在「手」と呼ばれるものは当時は中国拳法でもあったもので、当然同様のものがあります。
流派独特の技術を伝える「鍛錬形」、先人を偲び各人の体格にあった技術を習得する「表演型」の区分があります。
鍛錬形の代表的なものは、首里手には鉄騎(ナイハンチ)、那覇手には三戦(サンチン)があります。

114 :1:04/03/09 23:50 ID:7SRU9uI0
>>112
なるほど。つまり嵩山少林寺の拳が外部から羅漢拳といわれる、ということなんですね。
では首里手の源流は紅拳と考えていいようですね。
ところで唐手と手についてはいろんな説があるようでわかりません。
(1)
 手=首里手
 唐手=那覇手
なのか、
(2)
 手=沖縄土着の武術=鶴拳=那覇手
 唐手=首里手
なのか、どちらでしょう?

115 :1:04/03/09 23:51 ID:7SRU9uI0
>>113
さすがに沖縄には、套路がほぼ原型で伝わっているんですね。
しかし空手には套路は伝承されていない印象がありますが。
空手をやっている方の意見を伺いたいところです。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:52 ID:tuEGnqmo
>>114
(2)です。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:53 ID:tuEGnqmo
>>115
本土空手にも「形競技」という分野がちゃんとあります。

118 :1:04/03/09 23:55 ID:7SRU9uI0
了解しました。ありがとうございます。

しかし空手にも套路があるとは意外でした。機会があれば見てみたいものです。
中国拳法に似ているのか、興味ありますね。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:55 ID:tuEGnqmo
本来の意味は失われて、形競技は形競技として舞踊の一種、
競技は競技でスポーツの一種、両方を極めるのは困難というのが実情のようではありますが。

120 :1:04/03/09 23:56 ID:7SRU9uI0
ただ、中国拳法の套路はあくまで実戦のベースとなる型ですよね。
空手では単なる演武になってしまっているんでしょうか?

121 :1:04/03/09 23:57 ID:7SRU9uI0
ああ、書いてるところで(w

やっぱり単なる演武になってしまったわけですね。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/09 23:59 ID:tuEGnqmo
>>118
空手では形、あるいは型と呼ぶようです。内容は套路と同様のものです。
日本武道の組太刀など、二人で交互に演じるものではなく、独演形になっています。
人によっては型の各動作を、日本武道の例えば素振りなどと同様、単独で反復して
訓練する場合もあるようです。

123 :1:04/03/09 23:59 ID:7SRU9uI0
ところで、空手の源流が沖縄の手であるのはいいとして、
日本本土に古来ある武術とは交配していないんでしょうか?

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:01 ID:aypB5OIc
>>121
中国武術も、表演競技と言って、舞踏・舞踊の一種として大衆的な人気を集めているものがありますよ。
俳優のリーリンチェイさんなどは、この表演の分野での第一人者で、映画スターになっています。
空手もすこしスケールは小さくなりますが、子供向け戦隊ヒーロー番組の主役などに
抜擢される場合があるようです。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:07 ID:aypB5OIc
>>123
交配…というと問題がありますが、現在の本部御殿手が
かつての八卦門(羅漢拳または八卦掌)のうちの八卦掌が首里城の一部で修行されていたものが
日本本土の八光流柔術の交配したものと思われます。四大流派では和道流が
空手と柔術の交配したもの、また不動禅少林寺拳法として活動していた団体が、
空手と柔術の交配したもので、現在は太道奥旨塾や巍桜流、宇宙禅拳法などと名称を変えて
それぞれ活動しているようです。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:12 ID:HGkK7HIY
う〜ん??何だか話の流れが怪しくなってきましたね。。

127 :1:04/03/10 00:12 ID:jfMRa9aJ
>>125
なるほど。
ところで、柔術は完全に日本オリジナルと考えていいんですよね?
相撲は沖縄、モンゴル、韓国に似た武術が見られるようですが。

しかしこう見てくると、空手と柔道がライバル視されるのもわかるような気がしますね(w

128 :1:04/03/10 00:15 ID:jfMRa9aJ
>>126
ああ、套路のところから、ちょっと支流に流れているかもしれません。

とりあえず、大筋の流れとしては中国>沖縄(琉球)への伝播はわかりましたし、
沖縄>本土への伝播も>>67で大体のところは解説されたかと思います。

大雑把な流れがわかったところで、だんだんと具体的な技術面でのつながり、
伝播に触れていければと思いますが。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:20 ID:FSm7N4gJ
1さんは真摯な方のようなので茶化すつもりはないのですが、
ここで質問をして答えを受けるにはあまりにも武術や格闘技、
少なくとも日中のそれについて知らなすぎるような。
余計な知識を詰め込む事も難ありですが、せめて概要程度は
あらかじめ把握しておかないと、受けた意見を後から忖度する
ことすらおぼつかないのでは?
ちと気になったもので、老婆心ながら。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:21 ID:HGkK7HIY
>>128
いやそうではないのです。ここで語られている内容について
誤解していると思われる部分などがあるということです。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:24 ID:aypB5OIc
>>127
おおまさか。上に挙げた八光流柔術というのは元は大東流合気柔術と言って、
会津藩出身のお侍さんがいろいろな柔術を寄せ集めて作ったものといわれていますが、
原型は肘を伸ばし手刀を体の前に立てて相手に突っ込むというものです。
つまり太祖拳と大同小異。どこかで輸入されたのでしょう。現在の仙台には諸賞流という
拳法があり鎧の上から鎧の内側の板を折る技術で有名です。また同地には柳生心眼流という
拳法が伝えられており、相手を脇に抱え回転させて投げるなど中国の相撲に似た内容になっています。
これらは北方との貿易からもたらされ、会津藩が伊達藩の脅威から江戸を守る役割を果たしていたことから
両者が切磋琢磨して発達したものとおもわれますが、要はもとは中国のものだということです。
他に柔術の祖、陳元贇(ちんげんぴん)という人がいて、陶芸家でもあったので作品が残っており
架空の人物でないことが確認されています。ほとんど唯一の例外が竹内流柔術というもので、
これは国産の様です。不遷流柔術というものを通して、現在の柔道の寝技、ひいては
サンボ、グレーシー柔術などのブラジリアン柔術にまで、広く影響を与えているものと思われます。

そうですね。投げ技は中国起源であるが、柔道に代表される寝技は日本で独自に400年程度は
研究されたもので、これが極めて優れたものだと言う事はいえるかもしれません。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:29 ID:uwYlepUi
>当時、北京では通背拳という拳法が大流行していて、北京にあった
>八卦門という武術団体が羅漢拳とは別に、羅漢拳を土台に通背拳の技術を加えて
>八卦掌という拳法を創出して伝えていた。

「八卦門という武術団体」……?

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:29 ID:aypB5OIc
伊達藩は江戸時代中期に大型の船舶を建造することを禁止され、
その後は拳法の面でも見るべき進歩はなかったようです。有名な伊達騒動というもので、まぁ内容はつまらない口実なんですが。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:31 ID:FSm7N4gJ
>>131
>>現在の仙台には諸賞流という拳法があり
諸賞流は岩手盛岡の流儀なのですが。
東北地方は一緒くたでかまわんわい、という判断のもとでしたら失礼。

135 :1:04/03/10 00:34 ID:jfMRa9aJ
>>130
もしそうした部分があるようでしたら、指摘していただければ幸いです。

>>131
へえ。柔術もほとんど中国から伝播したものだったんですか。これは意外でした。
ただ寝技だけは日本オリジナルだと。
たしかに、中国拳法には接近戦の技、靠や擒など、体当たりや関節技がありますよね。
これらは空手ではあまり見られない。中国拳法から柔道と空手が分岐して、それぞれ
日本に別ルートで伝播していったと見るべきなんですね。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:37 ID:HGkK7HIY
この長々と書き続けている人は、まさか、外形が似ているというだけで
種々の判断をしているのではないでしょうね?

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:45 ID:aypB5OIc
>>132
ややこしいんですが、羅漢拳や八卦掌というのは技術の名前ですが同時に団体の名前を兼ねる場合もあります。
八卦門は八卦掌と羅漢拳を同時に習う場合を指すようです。決定的なのは伊福(いんふく)という清朝の文官が
既に故郷で羅漢拳を習っていて、それで北京へ仕官しそのときに八卦掌を追加でならったという時点で、
この時点では既に八卦掌という名称は確立されていたようです。
そもそも北京で通背拳が流行していて、それを羅漢拳に加え教えていた門派が八卦門なのは確かな
ようなのですが、拳法全体を八卦拳と呼んだことはないようです。
ただ陰陽八盤掌や酔拳という同系統の拳法があり、名称等の発生の前後関係はいまいち不明です。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:47 ID:aypB5OIc
>>134
すまんです。柳生心眼流と書く順番を間違え申した。東北地方の北方貿易で栄えた港々で、
中国拳法のかなりいいところがどうも伝わったようで、それが現在まで伝承されている、というのが趣旨です。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:49 ID:aypB5OIc
>>136
警察組織や官僚機構の間での人事交流と、貿易ルートとの、大体二つの視点で仮説をまとめています。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:50 ID:uwYlepUi
たとえば、八極や形意も門ですが、「八極門という武術団体」「形意門という武術団体」などという言い方は普通はしませんね。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:50 ID:aypB5OIc
官僚というのは一義的には警察官僚ですね。収税吏は徴税請負人として民間に委託される場合もあるので、
そういう意味で「警察組織や官僚機構」というより「警察官僚」、あるいは単に「官僚」としてしまった方が正確かもしれません。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:53 ID:aypB5OIc
>>140
すみません。八卦門。ちなみに「門」とは武術団体の意味です。
と書けばよかったですね。羅漢拳と八卦掌を併用して習得する団体が八卦門を自称しており、
しかし両者を併せて八卦拳とは呼んでいないという点を書くのに、上記のような書き方になりました。修正してお詫び致します。

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 00:57 ID:Y8cQDHC6
柔術と外見が似ている中拳は日本発祥である!

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:00 ID:aypB5OIc
竹内柔術に起源を持つとされる講道館柔道の寝技が、中国に伝わっていないので
どうも中国が先のようです。しかし現在の柔道の隆盛を見るに、中国拳法も
柔道の技術を取り入れて発達するか、伝統文化の保存に固執するかの岐路に
立たされているような気もしますね。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:00 ID:FSm7N4gJ
両儀堂のご主人?

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:01 ID:uwYlepUi
>>145
まさか(w

147 :1:04/03/10 01:01 ID:jfMRa9aJ
ところで、中国拳法ではテキ(蹴り)、打(突き)、擒(間接技)、シュツ(投げ)が
基本といわれます。
このうち、空手に伝播しているのは最初の蹴りと突きだけではないでしょうか。
後者2つは柔術になっているように思います。

なぜ空手に関節技と投げ技が伝播しなかったのか。
また沖縄の手には伝播しているのか。
これについて説明できる方はいらっしゃるでしょうか?

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:02 ID:aypB5OIc
>>145
それは何ざんしょ?

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:05 ID:aypB5OIc
>>147
那覇手は鶴拳がもとで、投げに適さず武器も短器を片手に一つずつ持つのが基本です。
首里手は棍もありますし、相手の肘を伸ばし棍に見たてれば容易に関節技や投げ技に応用できますので、
当然そういう技法も含まれます。本土空手の競技部門で禁止されたため、また型が舞踊として普及したため、
この部分は普及しなかったと考えるとよさそうです。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:07 ID:aypB5OIc
両儀堂
>「八卦拳学研究〜時の環〜」は、両儀堂の発行するメール・マガジンです。
http://www.geocities.jp/ehumidor/maga.front.html

うぉう。ジャパニーズカンフーですね。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:10 ID:aypB5OIc
いや、八卦拳というのが中国にあるのかもしれません。上の説は「仮説」ということでご容赦ねがいます。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:15 ID:aypB5OIc
三戦立ち、三尖、あるいは姑娘歩を採用した時点で、
鶴拳は肘を伸ばして戦うのが困難になったのです。棍や槍、関節技や投げは発達しません。
騎馬を前提としない、行商人や船乗りの格闘技であると言えると思われます。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:16 ID:77Is2sz/
>>144
竹内に起源を持つとされるってなぁ、アンタ。

竹内は「すべての柔術の祖」であるとは言われるけど、系統としては
直接の先祖じゃねーぞ。

というか、カナーリ偏ってるよ、この人。
書き込みの量が多いのでいちいちコメントしてられんけど。

154 :1:04/03/10 01:16 ID:jfMRa9aJ
>>149
つまり、唐手、手には伝播しているが、本土空手は舞踊化や試合での禁止のために
擒、シュツの技術は普及せず、ほぼ失伝したと考えられるわけですね。
靠、つまり体当たりも同様に考えていいでしょうか?

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:23 ID:aypB5OIc
>ほぼ失伝
拳道会というの団体は本土の空手団体ですが関節技があります。ほとんど普及していない、というのが正確なところと思われます。

当たりに関しては、本部御殿手が自分の膝を曲げず間合いを極端に近く取る以外に
ほとんど類例がありません。その場合も最終的には打つか取るかするようです。
古い空手では低い横蹴りを多用し、組まれたり体当たりをされた場合も膝の辺りを
攻撃して相手の戦闘能力を奪う技法があったようなのですが、現在はこれはフルコン団体において
ムエタイ式のローキックに置き換わっているか、失伝しているかのどちらかの様です。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:24 ID:VP0tbVuQ
八極券とカラテは何の関係もないわけですね。勉強になりました。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:24 ID:aypB5OIc
>>153
不遷流柔術が竹内流の、講堂館柔道が不遷流柔術の影響を受けているそうです。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:24 ID:FSm7N4gJ
>>150
>>151
まあひとつ、そこの“書庫”なぞご一読を。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:29 ID:aypB5OIc
>>156
八極拳は弾腿という、通背拳に肘打ちが増えたような拳法に、
嵩山少林寺の心意把が混入して発達したのではないかと誰かが言っていました。
ですので源流に近い八極拳ほと弾腿や、ただの通背拳に似てきます。通背拳は通臂拳といいます。
唐手(首里手)のもとになった北京の拳法(ここでは羅漢拳としていますが)に、
心意把が含まれていたかは定かではありません。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:30 ID:aypB5OIc
腕ひしぎ逆十字、として知られる技が竹内流柔術以前にはどこにもないということのようです。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:30 ID:77Is2sz/
少林寺 万歳(ワンソエ)。
少林寺 万歳(ワンソエ)。
少林寺 万歳(ワンソエ)。
少林寺 万歳(ワンソエ)。
少林寺 万歳(ワンソエ)。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:32 ID:aypB5OIc
>>161
土台、インドから逃げてきた信仰宗教の信者です。移民なので内乱鎮圧などの汚れ仕事を任されていただけで。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:32 ID:77Is2sz/
>>160
というか、竹内以前に柔術の系統で残っているのは
日本には存在しないでしょうが。
あれは、現在まで継承がある日本最古の柔術なんだから。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:33 ID:aypB5OIc
>>163
世界に類例がないということです。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:35 ID:aypB5OIc
嵩山少林寺は槍と馬の使用を禁じられています。
嵩山少林寺が反乱を起こさないようにするためです。有名だと言う事は、実は哀しい事なのです。

166 :1:04/03/10 01:37 ID:jfMRa9aJ
>>155
うーん。勉強になります。
中国拳法の靠は一連の攻撃の中の接近戦の技として繰り出されるもののようです。
蹴り、突きは遠距離、接近戦では関節技と体当たりを使う。
よって体当たりは蹴りや突きと有機的に連動した技術体系であり、場合によっては
突きや蹴り以上の打撃を与える。
こうした技が空手から失われているのは大きな違いといえますね。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:48 ID:Y8cQDHC6
現存する全ての中国拳法が日本伝来であることは良く知られた事実である!

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:48 ID:aypB5OIc
>>166
結局、土着の鶴拳の影響が強く、短橋狭馬の南拳というものの類例に回帰しているのだと思われます。
唐手の原型にもっとも近いと思われる本部御殿手は、実際には際物扱いされていますし、個人としてそれを否定するのは危険です。
琉球王朝の官僚や王族に、昔日のような権威がある訳ではないので徒に反感を買うだけだと思われますし。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:52 ID:aypB5OIc
>>167
竹内流柔術の「蔓」が、柔道を経て腕ひしぎ逆十字を極め技にする旧ソ連のサブミッションアーツにまで発展したのであって
それだけでいいじゃないですか。プロレスラーの高田伸彦はこれを徹底的にマスターし、
同じ柔道が祖先をするグレーシー柔術(なんか名称だけ先祖がえりしてますが)のヒクソン・グレーシーに敗北するまで、
文字通り世界最強だったのです。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 01:56 ID:aypB5OIc
じゃあムエタイはないかというと、小乗仏教と共にインドから伝播してきたもので、
たまたまタイが東アジアの賭博文化の中心地だったので、人間賭博の材料として異様な発達を遂げたんですね。
ここでも強さと悲しさが同居しています。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 02:18 ID:77Is2sz/
>>169
すっげえムチャクチャ強引な単純化だな。馬鹿にしているとしかおもえん。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 02:34 ID:NQTPnlv8
>>171
「蔓」の最高発展形は、グレーシー柔術の「ガードポジション」です。
股関節で相手を挟み上体で引っ張り込む技術の最高到達点です。
しかしヒクソン氏はこれを破る技術を徹底的に習得していました。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 02:45 ID:NQTPnlv8
クロール泳法の発祥の地はポリネシアですが現在水泳で世界最速の男はポリネシア人ではありません。そんな感じですね。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 03:01 ID:NQTPnlv8
ムエタイはサイドステップが命です。「塚本のマッハ蹴り」というのがこの種の技術の頂点であるようです。

首里手も本部御殿手も前蹴りが基本なのは同じです。本部御殿手は貫手が中心ですが、
首里手は縦拳が中心です。前蹴りを土台に鶴拳の横拳(正拳)を取り入れ大成するとちょっと痛いかもしれません。

あと、ヒクソン氏もマウントポジションで最後は相手に背中を向けさせ上体で首を引っ張るので、
原理は「蔓」のままですね。修正してお詫び致します。



175 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 03:04 ID:NQTPnlv8
一通りマスターしたらオタク開眼って所ですね(w

176 :1:04/03/10 03:11 ID:jfMRa9aJ
なんか話が脱線しましたね。ま、2chらしいですが(w

でも、今までに出てきた論点について、異論があれば出して欲しいです。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 03:37 ID:BezlCYpR
>>169
腕ひしぎ逆十字はまちがい。
正しくは腕ひしぎ十字固め
ここは武道板だからね、プロレスとはちがう。
高田伸彦の関節技なんて素人に毛の生えた程度だし世界最強どころか後輩の安生にも勝てないよw
高田の「世界最強」はたんなる商売用のキャッチコピーだろw
>>172
パスガードなんて語句普通の技術だろ。
柔術家なら白帯でもやってるよ。
>>174
それはバックマウント。

とんでもなく下手なつりだがつられてやるよ。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 08:50 ID:VP0tbVuQ
鶴拳というのは鶴の動作を真似ているんですか?

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 10:00 ID:99lhfHAC
>>178
もともと華南では船の上でも戦いやすいように内股で立つという習慣があり、
その影響で通背拳が手の甲を伏せて打つ形に変形したため、その外形が鶴に似ていることから
鶴拳という名前が付けられたようです。内股で立つことを三戦立ち、三尖、あるいは姑娘歩と呼びます。
最後のものは、内股であるのが女性であるようなので付けられた名称であると思われます。
ちょこちょこと歩くという意味もあるようで、小さい動作を激しく行う白鶴振身という技法を
あらわした名称とも言われています。鶴拳は手の甲を伏せるのが特徴で、指を開いたものが
原型であるようです。見た目もより鶴に似ています。時代と共に正拳を握る方向に
変化していったようです。


180 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 11:02 ID:VP0tbVuQ
>>179
どもー

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 12:01 ID:NbEXOpAD
>>179

>もともと華南では船の上でも戦いやすいように内股で立つという習慣があり、



>その影響で通背拳が手の甲を伏せて打つ形に変形したため、その外形が鶴に似ていることから

がどう繋がるのかが解りません。


182 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 13:09 ID:77Is2sz/
なんかまじめな1さんに悪い展開だよな。。。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 13:25 ID:OqtjtPPe
昨日からの怒涛の書き込みに対して訂正したい箇所も多々あるけど、全部に対処するのも大変だ。
それぞれに詳しい人が、気づいた箇所だけでも対処してくれるのを待つしかないのかも。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 13:45 ID:LG34AKS5
>>181
内股でなければ相手に対して半身で立てます。この方が遠くからでも攻撃でき、こちらが本来の形です。
しかし内股で立つと、内股の筋肉の作用を相殺するために背筋に力が入り、首を左右に捻りにくくなり
結果、相手を視界に入れておく必要から相手に対して正対して立つことになります。背筋が緊張しており
肩甲骨の可動域が制約されるため、突く時には手の甲が上を向かざるを得ないようになります。


185 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 13:58 ID:NbEXOpAD
>>184
正直なところ、良く解りません。

>内股で立つことを三戦立ち、三尖、あるいは姑娘歩と呼びます。

「三尖」とは、三つの先の意だと思うのですが、内股で立つ場合の「三つの先」は一体何なのでしょうか?


186 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 14:20 ID:hupTt0dT
三尖というのは足の底が△になっているのに字を当てたものと思われます。
足の底を結ぶ線が交わって尖っているので「尖」の字を当てたのかもしれません。
象形文字なので文字自体の成立の方が古く、後者の仮説がより信頼度が高いように思われますが。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 14:24 ID:hupTt0dT
象形文字なのでよくわかりませんが、文字自体の成立の方が古いとかんがえられますので、
後者の仮説がより信頼度が高いように思われます。


188 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 14:37 ID:77Is2sz/
北派の三尖相照とはまったく異なった意味だな。。。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 15:10 ID:77Is2sz/
>>178
一般的にはそうなんだが、必ずしも似ているとは思えないし
同じ名称の違う技があちこちにあるのが中国武術だから。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 15:13 ID:77Is2sz/
まずトリップでもいいからコテハンをつけろ>少林寺万歳
話はそれからだ。

191 :1:04/03/10 15:22 ID:jfMRa9aJ
>>182
どうも。でも私もこの話題はROMでそれなりに楽しんでいますよ。
白鶴拳は那覇手の源流ですし、それについての技術的な話をするのも
意味があるかと思います。三戦は空手にも伝わっているそうですし。

手元に雑誌の「武術(うーしゅう)」がありますが、これに少し白鶴拳について
触れられてます。どうも突き主体の拳法みたいですね。投げや関節技はあまり
使わないようです。日本の空手の源流だというのもわかる気がします。

192 :フルコン:04/03/10 21:42 ID:H3POHI6b
古伝の形に廻し蹴りはないが、投げ、逆関節はあると思うが…
形分解は人によって異なるけれども…



193 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 21:50 ID:FLdpXfko
昔のカラテや拳法にマワシ蹴りが無かったという事は、
マワシ蹴りには何か実践的ではないといった理由があったんでしょうか。

194 :フルコン:04/03/10 22:04 ID:H3POHI6b
 甲冑組討では廻し蹴りなんてできっこないから
そこから発達した柔術流派ではないだろうな…
 空手にはピンアンでも三日月蹴りはあるからな
それらしい業はあったかも? しかし、若い頃で
伝統をやってた頃は稽古で上段蹴っても、組手で
臍より上を蹴ってはいけない、喧嘩では金的と膝
関節ねらいと教えられたのだが… 倒しての踏付
けは良いとされていたな…

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 22:08 ID:FLdpXfko
なるほど、甲冑拳法がもとだったのか。

196 :1:04/03/11 00:02 ID:nu1R3/qM
その甲冑組討は中国の話ですか?日本の話ですか?

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/11 13:02 ID:9r4wqLMB
>>196
華北では騎馬、大槍が基本で、どのような鎧でもほとんど貫かれてしまいます。
また馬を槍で刺されるのを防ぐだけの技量がないとそもそも戦闘が成立しません。

甲冑が発達したのは馬での進入が困難な湿地帯。つまり華南から台湾、
沖縄列島にかけての地方での話しと思われます。中国では「南船北馬」と言い文化が異なります。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/11 17:19 ID:aIDKXITl
?海王
ttp://www.ronjai.com/

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/11 17:25 ID:WQIMUHa2
四川省〜華南はインド文化が流入し豊か。華北は貧しい。
華北が華南を軍事的に支配し、華南が華北を経済的に支配する。
軍馬はチベットからの輸入品だが、茶は中国からの輸出品。
茶の産地が華南にあるが、北方遊牧民からの守りの要は華北。

茶馬貿易こそ中国文化を理解する要と言えましょう。

200 :ゲッターマン:04/03/11 19:43 ID:A4pAvX9d
2ooゲット!

201 :フルコン:04/03/11 22:40 ID:ZmKsCsN0
 まともなレスはほとんどないな

202 :1:04/03/11 22:51 ID:nu1R3/qM
>>197
ありがとうございます。なるほど。

しかし、ちょっと中国に偏りすぎた感はありますね。
そろそろ空手の方に話が移せればいいと思うのですが。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 01:45 ID:iDUsN5OP
確かに空手は中国武術の影響を大きく受けていることは間違いない。
(私見としては「徒手での突き蹴りによる攻防」という文化が、
中国武術が空手に与えた最大の影響ではないかと思っている。
日本では剣術、武器術が基本と思うので)
しかし「空手が中国から渡ってきた」と言うのには問題がある

「手」というのは中国拳法が十分に琉球化した物に対して使用される。
しかし「手」の段階では、まだ中国拳法の亜流としても見ることができるかもしれない。

松村宗棍が「手」に日本の剣術・棒術の身体操作理念を
取入れて組み直した物が「首里手」と呼ばれるようになる。
身体操作の理念が新たになった時点でこれはもう、中国拳法ではなく、
「空手」の起源はここにあるということができる。

過去レスにもあったが那覇手は東恩納寛量が中国から持ち帰ったものが元になっているので、
中国拳法の色が強く残っている。

中国からどのような拳法が輸入されて「手」の元となったのかは知らないが、
「手」と呼ばれる時点で琉球化されていることが条件であり、されていない物は
「唐手(トゥーデー:糸洲のカラテとは別)」と分けて呼称していた。
首里手=中国拳法とする図式はおかしい。


204 :1:04/03/12 06:09 ID:jNOZ9l1x
>「手」というのは中国拳法が十分に琉球化した物に対して使用される。
こういう論調はいくつかの文献でも見受けられるのですが、
具体的になにをもって「琉球化した」といえるのでしょうか?

>「手」と呼ばれる時点で琉球化されていることが条件であり、されていない物は
>「唐手(トゥーデー:糸洲のカラテとは別)」と分けて呼称していた。
この点も、>>114>>116の意見とは食い違うものです。

>松村宗棍が「手」に日本の剣術・棒術の身体操作理念を
>取入れて組み直した物が「首里手」と呼ばれるようになる。
これは過去ログにはない新しい意見ですね。
ここまで首里手は唐旅による留学生が持ち帰った少林寺拳法(紅拳)であるという
ことになっていましたが(>>114)。その論だと首里手は紅拳に大和(本土)の
アレンジが施されていることになる。詳細を伺いたいところです。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 06:32 ID:heTY9HVk
“少林寺拳法”という呼称を用いると、日本の少林寺拳法と重なることになってしまいますので、
大陸のそれを指す場合は“少林拳”の呼称を使われた方がよいかと。
混乱を避ける意味で。

206 :1:04/03/12 06:52 ID:jNOZ9l1x
>>205
了解です。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 07:24 ID:UQC1eu4t
「手」はデーと読むんですか?

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 08:18 ID:rYN792iu
>>204
安里安恒の師、松村宗棍は首里王府の書記官。唐手佐久川以来の伝統を受け継いでいるので
当然、唐手を名乗ってよい。(http://www31.ocn.ne.jp/~kenseikan/keifu.htm
>>207
近世の造語だから。唐手は佐久川寛賀(さくがわかんが)が「唐手(トゥーディ)佐久川」と
呼ばれたことから「手」の字をディと読むが、手の字だけ切り話して格闘技全般をあらわそうとしたときに
発音が乱れた。ディ、だと発音しにくいのでデー、デーと読んでいるのだと思われる。
逆に唐手をトゥーデー、トゥーデーと読んでいる例はないと思う。いやあるかもしれない。探してみて欲しい。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 08:27 ID:rYN792iu
いやちょっと違う。首里手は唐手の伝統を継ぐ形で発生した。

>>205
中国で伝統武術を総称して「少林拳」と呼ぶ事は無い。
あくまで日本の金剛禅少林寺拳法で中国の伝統武術を「少林拳」と総称する場合が多い、
程度の記述にして欲しい。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 10:53 ID:HPVHaiDV
>>207
「手」は沖縄の読みでは「てぃ」もしくは「てぃー」と発音します。昔から。
「手」は日本語と同じで普通に“hand”を意味しますが、技や武術を指すこともあるようです。


少林拳の話が出ているのでついでに一応書いておきましょう。
少林拳というのは、中国の嵩山少林寺(いわゆる少林寺)に伝わる拳法の総称であります。
形意拳・太極拳・八卦掌と並んで中国四大名拳の一つに数えられています。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 14:40 ID:UQC1eu4t
南拳とかは名拳にはいらないんすか?

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 14:43 ID:qpqa41z1
>>211
「内家拳」も「三尖」ももとは南拳の用語だ。北の野蛮人が
「おでのとこどにもおだじものがあづどーーー」と言って名称だけを真似たものだ。
さらにインド系である嵩山少林寺の武術をむりやり北拳に入れてハッタリを倍増する始末。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 14:47 ID:UQC1eu4t
少林寺ってインドの寺だったのか…

214 :頭蓋骨:04/03/12 14:49 ID:08LZkZog
松村宗棍は示現流習ってたとか聞いたことがある。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 14:50 ID:qpqa41z1
仏教はインドのヒンドゥー教から出た宗教でしょうよ。

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 14:52 ID:MUVwk7U9
なんかどんどんスレの状況が悪くなっているな。

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 14:54 ID:c/g91kU3
インドからの伝承説はただの伝説です。

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 14:55 ID:9LhtDbF2
こないだからヘンテコな自分説を唱えている人がいるからね。どれが正しいのやらもう滅茶苦茶。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 14:56 ID:qpqa41z1
>>217
仏教が?

220 :1:04/03/12 15:04 ID:jNOZ9l1x
ちょっとわかりにくくなってきましたね。
ただ、>>204氏の紹介しているサイトはかなり詳しくていい資料です。
http://www31.ocn.ne.jp/~kenseikan/keifu.htm
ただここには主に明治期以降、琉球が日本に組み込まれて後の歴史が
記されているので、琉球王国時代について遡ることは無理そうです。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 15:08 ID:qpqa41z1
>>220

唐手佐久川(唐手)→(中略)→松村宗棍→糸州安恒→富名腰義珍(松濤館流)

でよいのでは?

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 15:17 ID:qpqa41z1
唐手佐久川(唐手)→(中略)→本部朝勇→上原清吉(本部御殿手)
唐手佐久川(唐手)→(中略?)→松村宗棍(首里手)→糸州安恒→富名腰義珍(松濤館流)

かもしれませんが。

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 15:33 ID:qpqa41z1
(土着の鶴拳)→東恩納寛量(那覇手)→宮城長順(剛柔流)→(中略)→山口剛玄(剛柔会)


224 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 15:36 ID:qpqa41z1
糸州安恒+東恩納寛量→摩文仁賢和(糸東流)
松涛館流+剛柔会→大山倍達(極真会館)

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 15:41 ID:qpqa41z1
地元に愛された鶴拳系の拳法(手?)を源流までさかのぼって収めた東恩納寛量が、
空手の祖と呼ばれてもおかしくはありません。唐手佐久川の直系ではないけどね。

226 :1:04/03/12 19:15 ID:jNOZ9l1x
唐手(トーデ)佐久川について調べてみました。

1782生。本名は照屋筑登之親雲上寛賀。親雲上とは琉球王府の高級官位のこと
ですから、佐久川寛賀というのが本名でしょうね。
三十代の頃に中国へ留学生として唐旅をしたことがあり、
そこで中国拳法を琉球に持ち帰ったようです。
彼がいかなる中国拳法を修めて持ち帰ったのかはよくわかりませんが…。

http://www.wonder-okinawa.jp/023/001/001/index.html

227 :1:04/03/12 19:16 ID:jNOZ9l1x
東恩納寛量は鳴鶴拳を持ち帰ったようです。

228 :1:04/03/12 19:20 ID:jNOZ9l1x
まあ、佐久川にしても東恩納にしても、「唐手佐久川」「唐手東恩名」といわれたようで、
つまり中国で本場の中国拳法を修めてきた人が「唐手」と呼ばれたようですね。
中国拳法の流派にかかわらず、伝来した純度の高い中国拳法を称して「唐手」と
呼ぶべきであるようです。

対して「手」は中国拳法が渡来して、伝承が純度の下がったもの、あるいは
三山時代の沖縄オリジナルの武闘術と交配したものを「手」と呼ぶべき
もののようです。

なにか異論があるようでしたら、ご意見お願いします。


229 :1:04/03/12 19:25 ID:jNOZ9l1x
また、佐久川にしても東恩納にしても、琉球が日本に支配された18〜19世紀の人物で、
中興の祖と呼ぶべき存在であるようです。琉球王国の中国との交易ははるか以前、
12〜13世紀よりあり、独立国時代の琉球王国には久米村のように帰化中国人が多く
すんでいましたから、そこで拳法の伝来もあったでしょう。
佐久川や東恩納が登場する数百年も前から、琉中交易で中国拳法が伝来していたと
考えるのが自然だと思います。

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 20:16 ID:76D5cBc9
>鳴鶴拳
白鶴門鳴鶴拳ですかね。

>「唐手東恩名」
元祖「唐手○○○」は佐久川寛賀であるようにおもわれます。

>佐久川や東恩納が登場する数百年も前から、琉中交易で中国拳法が伝来していたと
>考えるのが自然だと思います。

まったくそのとおりだと思います。ただし内容は福建鶴拳の一種、名称は「手」以外の何かだったと思われます。

231 :1:04/03/12 20:27 ID:jNOZ9l1x
>>230
>元祖「唐手○○○」は佐久川寛賀であるようにおもわれます。
なぜ彼が唐手佐久川と呼ばれたのか、詳しい文献をたどる必要があるかもしれません。
私見ですが、伝承として残っているもっとも古い中国拳法家がが佐久川氏であるにすぎず、
それ以前にも中国本場で中国拳法を修めて持ち帰った有名な拳法家は「唐手○○」と
呼ばれたのではないでしょうか。二つ名のような扱いだったのではと思います。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 20:35 ID:76D5cBc9
>>231
最初によばれたから佐久川寛賀という名前より唐手佐久川の通り名の方が通っているのだと思われる。

233 :1:04/03/12 21:27 ID:jNOZ9l1x
>>230

>まったくそのとおりだと思います。ただし内容は福建鶴拳の一種、名称は「手」以外の何かだったと思われます。

琉球に太極拳などが伝来していた可能性は完全に否定できるものなのでしょうか?

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/12 21:30 ID:76D5cBc9
>>233
太極拳の伝播経路であるような地方と琉球地方が古来交易を行っていたという傍証にとぼしく、
ほぼ完全に否定できる説であるものと思われます。

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/13 22:58 ID:cK2gnbET
皆さん、「唐手」と書くときに「トーデ」なのか「カラテ」なのか
明記してもらえないだろうか。
「トーデ」は中国拳法を、「カラテ」は糸洲安恒が学校教育用に
改変した「手(首里手)」を示す。

「唐手佐久川」は「トーデ佐久川」である。ここのスレッドの方々は
どの中国拳法が空手の母体となったかに拘っているようだが、
私はその辺のことは特に興味が無いので詳しいことは言えない。
ただ、トーデ佐久川はあくまで「トーデ」であり、空手ではないと言いたい。

金城裕先生などによれば、空手は厳密には松村宗棍の弟子である糸洲安恒の作った
体育化された首里手を指す。なので、空手の歴史としてさかのぼるなら、
首里手の開祖といえる松村宗棍までである。

空手と中国拳法の違いは、空手(首里手)が剣術・棒術の身体操作によって行うことが
第一の違いと言える。松村宗棍は薩摩示現流剣術を修めており、棒術の名人でもあった。

236 :1:04/03/14 02:49 ID:znQ5SxVR
私個人はトーデ、トーディのつもりで運用していますが。
話がなかなか空手の方にいきませんからね。

>空手と中国拳法の違いは、空手(首里手)が剣術・棒術の身体操作によって行うことが
ここのところを詳しく説明してもらえないでしょうか。

中国拳法においても、剣や棒などを使った武器操作術がベースになっているそうです。
だから中国拳法では武器術も徒手空拳術と平行して体得する。
琉球古武術にも武器術があり、手では徒手空拳術と平行して学んでいる人も
多いようです。

237 :フルコン:04/03/14 07:12 ID:HEQKgtwP
 いわゆる「手」や「唐手」の時代には武器術を併習していたかも
しれないが、「空手」の時代では無手の格技として特化していった
ので、ほとんどの道場で古伝の武器術は教伝していないはず。
 極真の演武、例えば、あの大山茂氏と中村忠氏の真剣白羽取りな
ぞ、見世物としてはともかく、空手の業のなかにはありえない。
 ヌンチャクなども、かなり怪しいものが多いし、実際に空手や拳
法の師範級が古流に棒術などを学びに来ている例もある。流儀が違
っても併習することは構わないが、初伝ぐらいの形を崩して自道場
で教えているという噂には呆れた…


238 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/15 22:41 ID:eWT83zh1
鶴拳が土着→唐手(トーデ)輸入→鶴拳が那覇手に改名→トーデが首里手に改名→首里手が空手に改名→那覇手が唐手に改名→那覇手が唐手に改名→那覇手が源流である鶴拳を「手」と改称、現在に至る。


239 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 01:36 ID:JrJDtXRL
>>236
正中線を立てる、重心落下による移動や運足、打撃へのエネルギーの転化。
最近流行(?)の甲野氏や新垣氏の話では、日本古武術では
「地を蹴らずに、歩く」ことで動きの起こりを見えないようにしたり、
剣を素早く振ったり、打撃のエネルギーを作り出したりすることを基本としていたらしい。
それを丸呑みするのはどうかと思うが、非常に参考になる話であることも事実。

棒術・剣術については詳しいことは知らないので、専門の方がいれば教えてほしい。
中武も詳しいわけではないが、日本武術では体を起こし背筋を立てるのに対し、
中国武術では背を丸め、地を蹴って跳ぶ動きが多くあるようだ。
スレに出てきている鶴拳がどうなのかは知らないが。
どちらが優れているかも知らない。思想の違いと考えている。
甲野氏によれば、日本の武の根幹が「剣」であるのに対し、
中国では「拳」であるとのこと。中国にも武器はあるが、非常に多くの「拳」法が
存在しているのを見ると、納得できる話ではある。


私は「空手」の流れは松村宗棍からと考えているので、
その前がどの「中国拳法」だったかは正直どうでもいい。

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 01:52 ID:Ir4awiXO
ベストキッドの最後のアレは、鶴拳とは関係ないんですか?

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 02:04 ID:omsOzKWW
>>240
もちろん関係あります。太極拳の纏絲勁だってもとは鶴拳です。
サイドステップによるステップインという発想がないのでムエタイよりは弱いですが、
防御のテクニックとしては大変優れたものです>アレ

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 04:05 ID:U6Iz9KBR
>>241
デタラメを書かないでください。

243 :490えん ◆Rj0LAvjf0M :04/03/18 11:57 ID:5KOAnY8r
>>239 横スレでごめんなさい。
ですが中国武術専門としては反論が。
攻撃に威力より手数・スピードを重視し、筋肉の瞬間的な発力である
弾勁を使用する蟷螂拳などは、確かにそうかもしれませんが。
大抵の内家拳は地面に対して、脊柱を真っ直ぐさせることを重視いたします。
それでなければ内家拳の発勁、全身の微細な力を、
姿勢と呼吸、手形で纏め上げる発勁、整勁は使用出来ないからです。
また重心落下による移動や運足、打撃へのエネルギーの転化はたとえば
形意拳はコン歩と言われる歩法により、それを実現しております。
前方に大きく跳ぶ践腿などの疾歩移動においても、重心の落下は強調され、
その際姿勢は前傾となることはありません。
そして中国武術の根幹は拳だはありません。全ての武術がそうであるように、
中国武術の根幹は武器術にあります。拳術は本来武器術の初歩訓練として
発展しましたが、中国人の物事を徹底的に研究・検証する性質により、
(殺人)芸術と呼べるまでに精錬されたのです。
ちなみに形意拳の原型は槍の操術で、最古の型四把や八式拳などは、
そのまま槍の套路として使用が可能なのです。


244 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 15:56 ID:S3iZPGoh
>大抵の内家拳は地面に対して、脊柱を真っ直ぐさせることを重視いたします。

背骨は軽いS字カーブになってます。するとまっすぐにするということはどうゆう
ことになるんでしょうか? ここんとこがどうも今の自分には混乱しているのです。
個人や流派によって真っ直ぐの意味が違うのか? すなわち軽いS字になるのが
真っ直ぐなのか? それとも文字通りに真っ直ぐなのか(一直線という意味)=文章が下手なので
わかりにくくてすません。
あおりではなくマジれすでので、もしよろしければ詳しく書いていただけますか?




245 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 15:59 ID:L5rEeRmg
>>242
呉氏太極拳がムエタイに負けているはずです。出鱈目ではありません。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 16:01 ID:S3iZPGoh
244ですが、

>背骨は軽いS字カーブになってます。

とは横から見た場合のことです。どうも文章力が無くてすいません。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 16:03 ID:L5rEeRmg
「まっすぐ」とは、頭骸骨と頚椎との接点、尾底骨、足の重心落下点の三点が一直線上にならんでいる姿勢
ということとおもわれます。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 17:19 ID:j4WHdX0y
上の方で投げ技の話が出ていましたが、もともと剛柔流は、投げ技、締め技を重視する流派だったようです。
そのため剛柔流を習う人たちは、前腕部(握力)と後背筋が発達していたそうです。
マス大山も剛柔流を習っていたために前腕部の強化は、力を入れていました。
ルール改変のために最近では、道場練習ですら見かけなくなりましたが、12−3年前までなら、極真でも多くの投げ技が使われていました。
前蹴りを持ち上げて、足を刈る。中段回し蹴りを抱え込んで、軸足を刈る又は、腰を入れて体落しをする等々、剛柔流の影響か、たくさんの投げ技がありました。
試合でも第3回大会までは、投げ技の使用が認められたり、古い極真の技術書などは、パンチをすかして、バックを取り、投げ捨てるといったような、
現在のバーリトゥードの技術などが紹介されているが、これは、柔道では、なく、空手の投げ技では、無いでしょうか

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 18:11 ID:j4WHdX0y
空手の源流については、特定は、かなり困難と思われます。
なぜなら、剛柔流の起こりのエピソードは、日本の武術家に流派を聞かれて、流派は無い、と、答えられずに
”半硬流です”と、嘘をいい、沖縄に帰った後に、氏と相談し、武備誌の中から「剛」「柔」という言葉を選び付けたそうです。
那覇手が運河での技術で中国の影響が濃いために唐手と別称されたそうですが、きちんとした拳法が大元にあるならば、流派に名が残ってもおかしくは、無いと思います
また、首里手は、剛柔流の技術とは、かけ離れて馬上や荒野での戦いにむいている俊敏さが命の拳法だったようですが・・・・
鶴拳って騎馬立ちとかで戦う拳法なんでしょうか?そして、締め技や投げ技を重視しているんでしょうか?
鶴拳を見たことは、無いのですが、言葉からくるイメージでは、違う気がします。
また、手元に御殿手の本があるが、空手の源流を逆のぼるには、1337年の対立抗争が起源とされている。
そして、那覇手、首里手、泊手などは、その後からそれぞれの地元で発達した唐手のようですが、その時点ですでに、技術に違いがあったようです。
那覇手、泊手(那覇手から→泊手)は、運河に適した投げ技、締め技を重視した拳法だが、首里手は、騎馬戦や、野戦を得意とした俊敏な拳法だった。
そもそも、両者は違う拳法、源流の特定をするにしても、対立抗争で使われた拳法は、多くの帰化人、留学生が伝えた拳法とされているので、ひとつの拳法が源流ではなく、
チャンポン拳法というのが、唐手ではなかろうか?
ちなみに1732年生まれの佐久川が中国に拳法と学問(こっちがメイン)を習いに行っているが、それもどんな拳法なんだろうか?

250 :239:04/03/18 20:30 ID:OqGHykMj
>>243 490えんさん
中国武術の知識があまり無いもので、失礼しました。
中国にはあれほど多くの拳法があるにもかかわらず、「拳」に重きを
置いてないということですね。初歩訓練だということですが、
私としては初歩訓練に拳を置く時点で、かなり重きを置いているように
思えてしまうもので。

内家拳というのがどのような分類かは知りませんが、俗に聞く「柔拳」の
ように内部破壊を旨とする拳法ということでしょうか。太極拳とか?
そのような系統の拳法では確かに背筋を伸ばし、体を起こしているものが
多い気がしますね。ただ、その分類でいくならば首里手は剛拳になります。
また首里手では「勁」という概念は用いてないと思います。
その時点で体の使い方はやはり異なるのではないでしょうか。
あと、跳ねてはいけません。タメができるので2拍子になり、
居付きも生まれるからです。

あと、推測ですが、日本と中国では剣術をとっても日本刀と中国刀(?)で
だいぶ異なるでしょう。当然、体の使い方も異なるでしょう。
ですから、たとえ双方とも剣術が基本だとしても、剣術自体が異なっているのであれば
それの元となる身体操作も別ものになると思います。

251 :239:04/03/18 20:48 ID:OqGHykMj
中国拳法に印象では「円の動き」が基本となっているように思います。
腕や体を曲げて円状にしてたりする写真をよく見かけます。これに対し
首里手や日本剣術では、円ではなく直線が基本となると思います。新垣氏の言葉を
借りれば「直線の動きで円を作る」といったところでしょうか。
日本剣術に詳しい方がいれば教えていただきたいところです。

>>249
>また、手元に御殿手の本があるが、空手の源流を逆のぼるには、1337年の対立抗争が起源とされている。
空手の歴史について、どこかの適当な本や自説から引用してきている本を
多く見かけます。その本がそうか知りませんが、いろいろな資料や人に当たる
のがいいと思います。私は首里手と呼ばれるようになるのは松村宗棍、那覇手は
東恩納寛量が中国から新たに持ち帰ってから呼称されるようになったと呼んだことが
あります。

チャンポンされた中国拳法が琉球土着の武術と混ざって「手」となったというのは
結構ありそうな話と思います。


252 :249:04/03/18 22:37 ID:XgL68d9F
松尾兼徳左近という、方がベースボールマガジン社で出している本ですが、
歴代の王の名や、有名な武官の名と唐手の関わり、歴史、風土などを紹介しています。
また貴重な古書に、那覇手、首里手、泊手の分布地図をカラー写真で紹介されている点からみても
那覇手は、古くから存在していたのが事実のようです。
また、東恩納寛量さんは、中興の祖と紹介されています。


253 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 22:46 ID:XgL68d9F
>また貴重な古書に、那覇手、首里手、泊手の分布地図をカラー写真で紹介されている点からみても

おお、日本語が変だ。
貴重な古書に那覇手などの分布地図が記されていることをカラー写真で紹介してあります。
と、言いたかった。

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/18 22:50 ID:yLcbdtSP
>>245
イヤイヤ、私が言っているのは、>>242のレスの内容についてです。部分についてではありません。
それと、呉式太極拳家がムエタイに負けたことついては私は知りませんが、それだけの事例でもって
ムエタイより弱いという短絡的なことにはならないでしょう。

255 :239:04/03/18 23:41 ID:OqGHykMj
>>252
なるほど、首里手・那覇手と呼ばれるようになったのは明治頃からですが、
それ以前から「系統の異なる手」という感じで存在していたわけですね。

ただ私としては、空手というならば日本(沖縄)で生まれたもの、
中国武術ではなく日本(沖縄)の武術として扱いたいので、
それを考えると首里手の松村宗棍からかなぁと思うわけです。

ついでですが、この辺も参考になるかと。
ttp://www.big.or.jp/~tsuyoshi/budo/karate.html

完全に正しいのかは知りませんが。

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/19 00:08 ID:LEyG3RBK
いや、漢字でばっちり那覇武士那覇手、首里武士首里手、とか表記されてますよ

257 :1:04/03/19 01:38 ID:tLM+vE6y
>>255
>ただ私としては、空手というならば日本(沖縄)で生まれたもの、

空手という言い方自体は明治期に本土に伝わってから作られたものであることが
明らかなので、言い方を思考のスタンスにするのはあまり意味がないと思います。

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/19 16:20 ID:dzYoOIfk
>>256
それは、1337年くらいの文献にその表記が使われているということですか?
首里手、那覇手の呼び名は19・20世紀からというのは、結構信憑性のある話なんですが。

>>257
「空手」という言葉にこだわっているわけではありません。それにこだわると、
体育空手のみを指すようになり、首里手・那覇手も空手に含まれないことになりますから。
今現在「空手」というと、「沖縄発祥の徒手武術(首里手・那覇手を含む)」という
意味になるので、そちらのつもりで使っています。
そうではなく「中国武術の亜流ではない、日本(沖縄)武術」にこだわりたいわけです。
「空手の技術は全て中国武術から来ている」とするのであれば、>>1での提起は
中国武術に対する調査不足ってことで終了ですからね。
空手は何かの亜流ではなく、空手そのものなんだといいたいわけです。
この辺になると、単なる個人の主張ですけどね。

259 :名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/19 19:12 ID:BG2IIHl0
体育空手ねえ…。またぞろ金城信者がうるせえこって。

260 :1:04/03/19 19:47 ID:tLM+vE6y
>>258
それはやはり呼び名にこだわっているように見えますが。
むしろそうした視点であればこのスレにはそぐわないと思います。
ここではそうした一種のナショナリズムにこだわるのでなく
アカデミックな視点で武術の系譜に迫りたいという、それだけです。
中国拳法、琉球・沖縄の手・本土の空手の区別は歴史性や地域性、
あるいは具体的な技術の相違を持ってされるべきだと思います。

261 :239:04/03/21 23:41 ID:ub8xj4iP
>>260
ほお、アカデミックにですか。
確かにナショナリズムに拘っていましたかね。
>>1での相違点という内容に答えるにはそこは外せないと
思ったもので。

もとは空手の歴史について自分の知っていることと異なっていたので
書き込んだまでだったのですが、スレ違いになってしまったようなので
この辺で消えます。お騒がせしました。

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/22 01:38 ID:UTf2Yxil
>>243
>中国人の物事を徹底的に研究・検証する性質により、
>(殺人)芸術と呼べるまでに精錬されたのです。

こういう主観が混ざるとアカデミックとは言え無そう

263 :1:04/03/22 05:32 ID:TwB3T8rs
>>261
個人的にいろいろな流派の空手の歴史についての文献を
見ていますが、流派によって情報や認識が微妙に異なるようです。
そこはやはり流派の矜持や自尊心も絡んでいるのかなと。

今はいくつかの意見を見て、多角的に客観的に評価するのが
もっとも適切であるように思っています。

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/25 16:17 ID:XxE76LQQ
御殿手だけど八光流の影響については御殿手の人たちは否定してるよ。
上原清吉さんが八光流を習った事は確かにあるけど、それはすでに御殿手を身につけたあとで参考程度にちょっとだけ習ったらしい。
その話を真に受けるかどうかはともかく御殿手の体術(突き蹴り)と膨大な武器術・そして取手術(柔法)が見事に1つの動きで成り立ってるのを見ると、
おそらく八光流の影響はないと思う。そういうツギハギな印象はまったく受けない。
あと御殿手は本来型がないらしいね。

俺は御殿手ほど「実戦でどう戦うか」ということが明確に、高度に示された武術は他に見た事がない。

中国武術でも他の空手でも本土の武術でもああいう動きや技術体系は見た事がないので、
御殿手についてはもっと詳しく誰か調べないかな。

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/25 16:23 ID:XxE76LQQ
それと「手」というのは沖縄の人たちは「空手全般」の意味で使ってたらしいよ
つまり別に「土着の武術」という特別な意味はないらしい

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/25 22:02 ID:TzbL1HFm
剣術全般を「剣」と呼ぶのと同じことか

267 :1:04/03/25 22:13 ID:/2jQ2uzE
しかしログによると御殿手はその名と違って琉球王国国王が習っていた拳法ではなく
とうに首里手、那覇手が本土に渡ってから創作された手のようですが。
そこの真偽はどうなってるんでしょうか?

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/25 22:22 ID:XxE76LQQ
>>267
>本土に渡ってから創作された手のようですが。


これはちゃんとした根拠があって言ってるものじゃないじゃん
例によって「八光流の影響が〜」とか適当なデマばかり

あれほど整った技術体系を1代や2代で作り出したらそのほうが凄いよ

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/25 22:37 ID:cido0nr7
>>267
あの過去ログ全てを信じない方がいいかと。中国武術のことにしても御殿手のことにしても。
連続して書き込みをしていた人は、どうも「勝手な自説」を延々と書いていたみたいですしね。
中には何人かが訂正を加えていますよね。

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/25 22:45 ID:j/ozQ+iE
中国武術関連は訂正を続ける気力が尽きました。

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 00:04 ID:r76ogCUo
そうかも知れない、という検討段階の事柄を、いかなる確証に基づいてか
あそこまで断定的に書けるあたり、ある意味大したものだとは思います。

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 00:18 ID:0VR1sm9V
どんな書きこみでもいちいち真に受ける>>1さんのメディアリテラシー能力が不安
2ちゃんなんてデマと偏見の塊みたいな場所なんだから

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 00:35 ID:QrUuSePJ
>>267
いろんなホームページで調べたことは「ホームページ」と言います。
ログというのはこのスレッドでの一連の書き込みのことですね。
本部御殿手の技術は遠く中国から唐手佐久川が持ちかえったものと想像します。
しかし名称は最近(上原清吉さんの代)付いた物のようですね。
本部御殿手には八光流のような逆技は含まれていません。もともと取手という技があったため
お金を出して習わせてくれた人がいたものの混ぜて教える価値はないと考えたようです。
(上原さんは旧・王族ではありません。上原さんの先生はそうですが)

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 00:45 ID:0VR1sm9V
佐久川寛賀って首里手の人?
御殿手と首里手じゃ全然技術が違うような。

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 00:46 ID:nF4qLLYe


276 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 00:49 ID:nF4qLLYe
0

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 12:25 ID:cotmD8fn
御殿手は佐久川寛賀が伝えた八卦門八卦掌。

首里手は松村宗棍氏が八卦門羅漢拳と示現流剣術とを組み合わせて作ったもの。

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 12:48 ID:bKBMbWfr
>>277
全っ然違います。

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 12:49 ID:IcaNJ9yO
連続書き込みの人キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 16:04 ID:nJ9yK5dz
>>278
そんな事を行っても、佐久川が留学した当時、北京には皇帝を警護する八卦門羅漢拳、
八卦門が当時民間で流行していた白猿通背拳を取り入れた八卦門通背拳、それに
民間の警備組織(ヒョウ局)が採用していた三皇炮捶ぐらいしか主だった武術はなかった。

佐久川は最高のものを、つまり八卦門八卦掌と八卦門羅漢拳を習ったと考えるのが妥当だろう。
琉球王国の王族には最高中の最高、つまり八卦掌を、首里城の王族外には羅漢拳を教えたものと思われる。
白猿通背拳は牛街という外国人イスラム教徒の居住区で伝承されていたものでそういうものを
習ったとは考え難い。三皇炮捶は公的機関で採用されたものではないので同様と思われる。

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 16:26 ID:HdEPlsQ+
>>280
何だかつっこみ所満載な内容ですね。

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 18:39 ID:r76ogCUo
>>280
董海川が粛親王府に入って、八卦門の教伝を始めたのはいつ頃からと考えられますか?

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 19:49 ID:Y0/tyscc
形意門も太極門も蟷螂門も主立った門派ではないらしい。

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 21:28 ID:oRC932Qi
ずいぶん適当なこと書いてあるな…
100前半くらいまで特に。中武のことはよく知らんが、
空手についてはかなりデマ。

確認や検証はしてるのか?
アカデミックな視点の前にアカデミックな態度が抜けてないか?


285 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 21:33 ID:Y0/tyscc
>>284
空手関連もやはりデタラメだったのか。
じゃあ価値0だな。


286 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 21:41 ID:oRC932Qi
>>285
途中までは、まともだったと思うけどね。
連続カキコあたりとその前後が、かなり怪しい。
(一部正しいことを書いている方々もいるが)

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/26 22:37 ID:IOlZ3TDI
>>286
同一人物だと思うけど、中武術についてもかなりデタラメですよ。>>277>>280も同じ。
あれだけあったら訂正を行う気力も失せますわな。

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 10:04 ID:Q95ZtMS+
八卦掌と御殿手じゃ歩法が全然違う
八卦掌では走圏などで「平起平落」という歩法を取ることが多いが、
だが御殿手は常に膝を伸ばして踵から着地するようにして歩く

そもそも御殿手には八卦掌の走圏も套路もない

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:03 ID:+n11MhDA
>>283
>形意門も太極門も蟷螂門も主立った門派ではないらしい。

バカか。蟷螂拳は山東省で清王朝に反乱を企てた連中が編纂した拳法だ。
嵩山少林寺の点穴を信徒が怖れるので、対等に戦えると信じさせる為に
妙な手法を付け加えたが、原型は通背拳だ。そんなものを国費留学生に教えるか。

太極拳は田舎拳法だ。清王朝に対する内乱を鎮圧するのに貢献したので
高く取り上げられる事になったが、南方で有力な拳法、つまり鶴拳の影響が大きい。
そんなものを国費留学生に教えれるか。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:06 ID:+n11MhDA
大体、拳法の団体を何々門というのも八卦門に特徴的なのであって、
形意門とか太極門とかそういう言い方のキモイ。形意?
嵩山少林寺の心意把が習えるのに、何で被差別少数民族から同じものを
ならわにゃいかんのだ。中国で回族というのは、日本でいう在日コリアみたいな
存在だぞ。手荒な商売では荒稼ぎをするが底辺は貧しい。そんなものを
国費留学生に教えられるか。

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:08 ID:gQ/t26P7
>>282はスルーでしょうか?

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:10 ID:+n11MhDA
八卦掌だって、もとは套路のない拳法だった。穿掌しかなかった。
御殿手だって同じ。走圏だって道教の転天尊という行法を取り入れたものだ。
人間の祖先はサルじゃないが、人間の祖先とサルの祖先は同じだ。それもかなり
近い年代で。それと同様、八卦掌の先祖と御殿手の先祖は同じだと推測できる。
それもかなり近い年代でだ。そゆこと。

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:20 ID:+n11MhDA
>>291
董海川は1797生まれ。1882没。唐手佐久川が1782年生まれだから、
ほぼ同年代か佐久川の方が一世代上だ。しかし佐久川の墓は北京にある。つまり
一度北京にいってそれっきりというわけじゃない。当たり前だ。国交があるんだから。
穿掌を董海川がゼロから発明した訳じゃない。走圏が取り入れられてから廃れた
歩法がって、それが八卦掌の一部に残ってる。名前はどわすれ。牛舌掌を使うのが特徴的な派って
どこだっけ。とにかく似たのがある。同年代(当たり前だ。全部清朝末期なんだから)なので
年代的には合います。

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:21 ID:Q95ZtMS+
これって例の連続カキコの人かなあ・・・

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:25 ID:+n11MhDA
>>294
そうだよ。しかし中国の伝説をだなぁ。伝説として知ってるならともかく
信じる奴がいるのか?お札を持ってれば鉄砲の弾は当たらないの理屈か?
なんとか道開祖は鉄砲の弾を避けたとかその類か?それもと東京のどこで
ストリートファイトが開催されているのですか?とマジで質問するキモヲタか?
伝説は覆された!とかいってまんま伝説な骨●の類か?ただの中国史好きな人です。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:25 ID:Q95ZtMS+
>>292
八卦掌創始時にはすでに走圏はあったよ
http://www3.big.or.jp/~bujutsu/sansoh/
>南方の道士の「転天尊」という修行法の走圏(円周上を歩く)を結合して創始したとも伝えられています。


あと初めは「御殿手は八卦掌をもとにしてできた」で、今度は「八卦掌と御殿手の先祖は同じ」って変わってるぞ
八卦掌の先祖ってなんだよw

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:28 ID:JUgF9oTH
>>294
でしょうな。どちらにせよ内容は全部出鱈目なのでスルーでいいかと。

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:30 ID:+n11MhDA
>>296
じゃすいませんまちがえました。「八卦掌と御殿手の先祖は同じ」に
訂正させていただきます。しかしあの鶏歩(だっけ、大またでまたいで
距離を詰めるやつ)をどうやって走圏で鍛えるんだ。基本的な歩法は
直線上を往復するのだという伝承があるそうです。手形(穿掌)とも
外形が一致するし、後から走圏が加わって、次第に套路が付け加わって
現在の形になったんだろうね。

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:31 ID:Q95ZtMS+
あと八卦掌は体を捻る動きが多いが御殿手はほとんどひねらないしなあ・・・
どう見ても違う系統に見えるのだが。

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:32 ID:+n11MhDA
尹福の尹派。冷掌(冷勁、浸透勁だ藁)と牛舌掌が特徴。歩法が直線。
尹福は清王朝の官僚だったから、彼がならったものを佐久川も習ったと考えるのが自然。

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:43 ID:+n11MhDA
>>299
昔から中国では、君子は外面は曲でも内面は直であるとして、龍をそのシンボルに用いて称えてきたのです。
現在の八卦掌は程派といってやや芯の部分が骨抜きになり、まぁ料金設定がしやすいように套路を大幅に増やしたという
ものが一般のイメージになっているようです。漢族は仏教徒が多くて、中国で仏教徒は大体ものを考えず
何でも分類して覚えるだけという傾向が強いから。尹派の八卦掌はもっと直線的です。膝を伸ばして足首だけを
瞬間的に捻るので、この部分はちゃんとした八卦掌なら全部共通しているようです。

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:48 ID:gQ/t26P7
>>293
唐手佐久川も董海川も生没年に諸説ある人物で不明瞭ですが、
佐久川は30代から50代あたりまで、何度か北京を訪れていたという認識でよろしいでしょうか?
>>当たり前だ。国交があるんだから。
可能であれば、これを当たり前とする根拠となる文献資料等を明示して頂けると助かります。
経験的な歴史認識の積み上げによるものなのかも知れませんが。

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 11:52 ID:+n11MhDA
たとえれば、今、日本から国費留学生がシカゴ大学に経済学を学びにいって、
そこでマルクス主義経済学を学んで帰ってくるってことはないってことです。
日本の民間の経済学、たとえば労働組合の中で経済学がどのように伝承されているかを
調査するのは極めて困難です。そこから起業し雇用を増やし堂々とマルクス経済学に
従って人生を行き抜いたと主張する人が一人もいない事から実用に耐えるものでないのには
推測はつくのですが、それはさておきここで言いたいのは、伝承に関しては国費留学生や
官僚が少ない時間を割いて学んだものを比較するほうが関係を明らかにするのが容易だってことです。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:06 ID:enz1+zrL
宮宝田の系統は走圏を重視していることを知らんようだな。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:06 ID:+n11MhDA
>>302
つーかいいや。飽きた。伝説を真実と信じているヤシにはこれ↓でいい。
http://www.wonder-okinawa.jp/023/001/001/index.html

インターネットでしらべてレポートを作りました。でいいじゃん。
琉球王国と清朝との国交史の根拠資料をいまから調べ直すのはめんどくさい。自分でやれ。

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:08 ID:+n11MhDA
>>304
そりゃそいつが特別に足が短かったからだろ。

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:09 ID:gQ/t26P7
飽きる程度であれば、最初から根拠の得難い事例を
断定的に書き込んでみせる必要などないのでは?

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:12 ID:+n11MhDA
とうかいせん、というのが大男で。大体人間、鍛えられないところを狙って
鍛え難いところを予め時間をかけて鍛える、ぐらいしか作戦がない。それを
大男がやってリーチを生かしてついてきたら最強だろ。剣も一刀流やフェンシングが
最後に残っただろ。劣ったものは習いやすいし上達した気になりやすいから情報のない
時代や場所ほど商売にはなりやすけどな。でもそういう体育の話しはおいておいて。
歴史としては、大男、直線、穿掌、が護衛官の中心だったので。

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:13 ID:enz1+zrL
>>306

>牛舌掌を使うのが特徴的な派ってどこだっけ。

ほんのちょっと前に、こんないい加減なことを言っているな。


310 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:20 ID:+n11MhDA
>>307
あほか。琉球王国と清朝とに継続的に国交があったという資料なんか
いくらでもあるだろ。武道板にふさわしくないと思ったから省略したまでだ。
それを言葉尻を取ってさ。いくらなんでも昔のキモオタの信じてた伝説を、
現代でも信じているわけじゃないんだろ?

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:22 ID:+n11MhDA
適当に検索したよ。

琉球王国は当時、日清両属と言われ、
実質的には旧薩摩藩が一種の保護国にしていた。
ところが、他方で琉球王は清朝皇帝から冊封を受ける、
つまり王に任命されるという形で、形式的には清朝の華夷秩序に属している。

http://www.fujiwara-shoten.co.jp/kan/kan13.htm

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:23 ID:+n11MhDA
>>309
じゃ正確な知識を補足しろ。沖縄武術との関連を失わないようにな。

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:23 ID:JGOuy0ow
>>307
あまり相手にしない方がいいと思うけど。
他の方々が指摘しているように滅茶苦茶な内容なのですから。
どこで間違った知識を覚えちゃったのか分からないけど、基本的事項の欠落や
分析法がおかしいんだよな。文章からすると高校生ぐらい・・・なのかなぁ。


どちらにせよ件の人は学者や研究者には向かないタイプですね。

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:24 ID:+n11MhDA
大枠の議論を覆すような反証を出せ。じゃなきゃ細部や言葉尻に粘着するなよなキモオタ。

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:27 ID:+n11MhDA
>>313
おまえがだ。伝説を信じるだけの人間を学者として身分保証する必要がどこにある。
「基本事項の欠落」とか「分析法」とか、抽象的な用語ばかりで具体的な事項も方法論もないだろ。
なにか書け。基本事項とか。方法論とかの具体的なのを。書けよ。

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:30 ID:+n11MhDA
具体的な事項を書けよ。それが基本的だという事を論証しろよ。
WEBで検索した程度でいいからその論証の根拠資料を示せよゴルァ。

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:30 ID:+n11MhDA
>>313
おら返事しろよ。

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:33 ID:+n11MhDA
313。学者や研究者としての責任に耐えないでいいからさ。1個でいいから。なにか具体的に書けよ。

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:36 ID:enz1+zrL
>尹派の八卦掌はもっと直線的です。膝を伸ばして足首だけを
>瞬間的に捻るので、この部分はちゃんとした八卦掌なら全部共通しているようです。

「足首”だけ”を」?
あなた、身体動かして習ったことありますか?



320 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:41 ID:enz1+zrL
胯。

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:52 ID:em7vliOn
そりゃだんだん習得しやすくてなまぬるいものに変質してくだろって。

2ちゃんねるに何を書き込んでも学者や研究者としての地位を得る可能性はゼロなので、
逆にうしなうものもなにもない。正しければ何を書いてもいいのだ。

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:56 ID:em7vliOn
鍛えにくいところを予め時間をかけて鍛えておき、相手の同部位やその近くになる
鍛えられない部分を攻める、という最初の発想を忘れている。後から付け足されたものを
暗記し、それが自尊心と結びついている。

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 12:57 ID:em7vliOn
最初の発想が段々陳腐なものに摩り替わっていくのも伝承の前後関係を確かめる一つの材料にはなるかな。

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 13:03 ID:em7vliOn
まあ俺は沖縄史の専門家も武術史の専門家も中国史の専門家も、
目指したこともないのでなんともいえんがな(藁

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 13:11 ID:enz1+zrL
二口目には「中国では」を連呼する人が、コアのことに全く気付かないというのは是如何に。

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 13:23 ID:Zw3u93RH
>>325
なに、「コア」って?

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 13:24 ID:Zw3u93RH
中国ではコア?

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 13:25 ID:Zw3u93RH
上海で「コア一つ頂戴」というと何がもらえるの?新しい食い物の名前???

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 13:27 ID:Zw3u93RH
すげー。流行に敏感なんだね。今中国じゃ、「コア」。

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 13:29 ID:Zw3u93RH
中国史は「コア」なしでは語れません(藁

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 13:33 ID:Zw3u93RH
まあ股関節の大腿骨側をコアというのを言いたいんだろうが。中国と沖縄の武術史にはそれほど重要な論点ではないとおもうな。

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 13:35 ID:Zw3u93RH
四人はなぜ死んだのか
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163554300/249-9939900-7620316

に影響を受けた先生が生徒に「インターネトで調べてこい」と安直に課題を出したに違いない。
真実は事実を整理し記憶を節約するのには便利だが人を直接幸せにするとは限らない。
インターネット(と言ってもいまじゃ2ちゃんねるの代名詞だが)は真実に近く
(そりゃそうだ、表現の自由の一部なんだから)幸せには遠い場所なのかも知らん。

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 13:41 ID:Zw3u93RH
学者や研究者が教育者を兼ねている未分化な社会では(悲しいかな日本の現実だ)、
教育者として余りに不向きな人間は学者や研究者としては大成しにくいのかも知らん。
日本でやっていくにはまだ配慮しなければならない部分だな。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 14:13 ID:enz1+zrL
>>331
扣歩や擺歩には関係ある。
もう一度聞きます。身体を動かして習ったことはありますか?



335 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 14:29 ID:o/tz7aIG
>>334
擺扣歩は後世の流入だ。昔は兎歩しかなかったそうだよ。どちらも道士の歩方だ。
どちらにしても歴史の問題だ。肉体鍛錬だけに汲々としている輩には関係がない。きにすんな。

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 14:37 ID:No1EV1+d
 八卦から歩法除いたら何が残るんだ?
なんで、形意門が八卦習ったんだ?

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 14:44 ID:I8Wpjgbl
>>336
指の硬功。形意拳だろ。内家三拳ということで八卦門に統合されてから逆に「形意門」という言い方もするようになったようだが、それは現代の話だろ。

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 15:09 ID:LnrHCRcU
ちなみに「内家拳」というのは福建鶴拳の通称だったのを太極拳が名乗ったのが北派での始まりだからな。

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 15:14 ID:LnrHCRcU
華北は北京以外はド田舎だからな。田舎者は大口を叩くが実しやかなだけで内容は不確かだ。名前だけ真似するし。

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 15:19 ID:LnrHCRcU
ウィンドウズNTがUNIXの真似をして名前だけ「サーバー」と言うが
実際はメモリリークして週に一度は再立ち上げが必要でサーバの用途に耐えないとか、そういうのと同じだからな。

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 16:34 ID:RG6mCvqo
ちょっと脱線するが岩井虎伯「本部朝基と琉球カラテ」という本では
琉球古武術は、百姓などが使用した武器術から生まれたとされている。
貴族階級は刀や槍を使えたから、わざわざそれらをやる必要がないと。
確かに、合戦などで琉球古武術のヌンチャクやトンファーで戦う姿は想像しがたい。

あと、「昔から唐手と琉球古武術は両輪であり、双方を学んだ」というのは
近代(明治期だったか?)になってから、唐手と琉古武術が
交流を持つようになって互いに技術交流があってから話で、「昔から両輪」ではないらしい。
唐手と琉球古武術をやっていた身分階級が違ってたんだから。


342 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 18:08 ID:Q95ZtMS+
というか唐手にそもそも武器術があるような
サイとか棒術とか

それと古武術でも御殿手は凄まじい数の武器術があって、剣・刀・居合もある(すべて両手で等しく使えるようにする)
御殿手の奥義は剣術の技らしい(渦巻きの剣とかなんとか)

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 18:10 ID:8iocB9B/
技がたくさんあったって使えなきゃ意味なし

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 18:11 ID:Q95ZtMS+
あ、あとサイやトンファーやウェーク(船こぐやつ)やトリモチとかもあるみたい<御殿手
トンファーの使い方は独特で棒の部分を持って柄の部分で攻撃するとか

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 18:15 ID:Q95ZtMS+
>>343
本やビデオ見る限りだと御殿手のすべての武器術・体術は同じ動き・歩法の中で用いるのでそこらへんは混乱なさそう
だからあそこまで豊富な武器術・体術・取手術を見事なまでに1つの体系でまとめてるのを見ると、一体どうやって御殿手はできたのかなあってとても知りたくなる

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 18:28 ID:u5/XtLVb
>琉球古武術
つまりこっちが庶民のもの。貿易と共に伝播した福建の鶴拳。

>トンファーの使い方は独特で棒の部分を持って柄の部分で攻撃するとか
鶴拳は兵器では短器の両手で持つ。サイなんかもそう。ヌンチャク(ぬう竹)は
は竹の根元を紐で縛ったもの。どちらも白鶴震身という発力法で使うので、
こちらの使い方が原型。

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 18:32 ID:u5/XtLVb
八卦掌も、元は単換掌(穿掌)という技が一つあるだけだったそうだ。
御殿手も手足の突きが基本だろ。御殿手は鶴拳の影響が見られる。
アキレス腱じゃなく(ボクサーはここを鍛えるが)、反対側の骨を
鍛える。上原さんは戦争で怪我をして、足を切ると医者に言われた時
「足首は命と同じだから切るんだったら死なせてくれ」と言って断ったそうだ。
まあそれだけ辛い稽古をしたということだろう。王家も衰退して、他に習う人も
いなかったものだろうから。

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 19:29 ID:u5AJ6AWE
またしても珍説を・・・

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 19:53 ID:go2CUPCm
御殿手のビデオは凄かった。
まさに神業。

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 20:39 ID:pZijObB9
御殿手は首里手とは違うんですか?

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 20:47 ID:eEI/cRDn
首里手は、松村宗棍が首里城で教えられていた武術と薩摩示現流剣術とを合わせて作った武術だ。
首里城で教えられていた武術が全部首里手ということではない。それ以前も唐手佐久川が持ちかえった棍術はあった。
松村宗棍も棍術を習得している。御殿手は棍だけでなく、ヌンチャクなど鶴拳(土着の沖縄古武道)の短器を含んでいる。
薩摩示現流剣術の影響はないんじゃないのか?そこらへんはよくわからん。

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 20:51 ID:Q95ZtMS+
>>350
全然違う
首里手は糸東流空手の元となった武術

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 21:21 ID:xSbZqS9Z
琉球古武術≠鶴拳

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 21:54 ID:pZijObB9
>>351-352
歴史的にはどっちが古いことになるんですか?

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:00 ID:TOmemL7T
>>354
唐手佐久川は松村宗棍より一世代前。

>>353
琉球古武術の源流の一つが福建省の鶴拳。

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:07 ID:xxV1cW2w
本部御殿手が伝承にあるように、尚質王の第六王子・尚弘信(本部王子朝平)から始まったのであれば、
大体1600年代の半ば以降じゃないですかね。多分。
参考になるか分かりませんが、尚質王の在位期間は、1648年から68年までとなっています。



357 :356:04/03/27 22:13 ID:xxV1cW2w
失礼、356は>>354氏へのレスです。


>>356
琉球古武術の源流の一つが鶴拳なのですか?これはいつ頃の時代の話ですか?

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:14 ID:TOmemL7T
本部御殿手の源流に、唐手(とーでー)佐久川の持ちかえった技法の
一番いいところが混入して残っているという可能性はある。
ここばかりは何とも言えない。

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:19 ID:TOmemL7T
>>357
福建省で最初に鶴拳ができてから、北は太極拳などに影響を与え、南は台湾などに
交易とともに伝わり、台湾と沖縄列島は繋がっているので交易関係がある所に自然に伝わっていたものと思われる。
ただ、那覇手から出た近代の空手と言われるものは、わざわざ源流まで習いに行って、
名前も唐手(とーでー)の別読みと語呂がいいような空手(からて)という名前に改めて
一般の教育用に普及させたものだ。より正確には、沖縄には相当昔から、福建鶴拳の系統であるような
拳法の一種が伝わっていた、という感じかな。

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:21 ID:TOmemL7T
>>357
つまり、すごい昔、という事だ。

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:24 ID:xxV1cW2w
>>358-360
それは貴方の推測でしょう?答えにはなっていません。
間違っていたらゴメンだけど、もしかして連続カキコの人?

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:30 ID:TOmemL7T
>>361
頭大丈夫ですか?歴史的な資料がはっきりしていないからといって
武術がない国なんてありえないんですよ。沖縄は今でこそ日本国の一部ですが、
地理的には台湾に近く、中国とサクホウ貿易を結ぶようないわば属国です。それが
たまたま薩摩藩に征服されたので今はなんとなく日本という感じがしていますが
土着の文化は南方系です。記述にどの程度の厳密性を求められているのかは知りませんが、
より曖昧に書いても、中国拳法の南拳のうち、短橋狭馬と分類されるような武術が沖縄に
伝わっていたのは確実だと思われます。この武術全体の源流が鶴拳で、元に沖縄の武術家が
自国の武術の源流を探しにわざわざ復建省にでかけて武術を習っているのです。
つまりどこまで知らないんですか?ひがおんなみちおの生涯はご存知?

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:33 ID:TOmemL7T
とにかく何も知らないなら質問してもいい。人の評判を聞いて判断するのなら
こんな所で聞かないで権威のある資料をまるまま頭に叩き込めばいい。そのどちらかです。

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:34 ID:TOmemL7T
361はもう子供じゃない。一生ものを考えてはいけないよ。

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:38 ID:TOmemL7T
>>361
課題を出した先生が「答えて欲しい」と考えている答えを作るんだ。
自分で考えたり事実を追求したりしてはいかん。絶対禁止だ。破ったら殺すからね。

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:39 ID:xxV1cW2w
>>362-363
お話になりませんな。
もう少し人の言わんとしていることを読み取るようにしましょう。」

それとですね、どうも貴方は歴史的な事柄についても間違って理解しているようですよ。



367 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:41 ID:TOmemL7T
>>366
君の言う「理解」と私の考える「理解」とでは意味が違うようだね。まあ頑張りな。

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:45 ID:xxV1cW2w
ふ〜む。やっぱり高校生なのかなぁ。

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:47 ID:TOmemL7T
レポートに関しては、「歴史的=今まで正しいとされてきたこと」
「人の言わんとしていること=先生が予め答えて欲しいと思っている答案を書くこと」
という規則を守って作成するのが正しい。これに関しては先生の言うとおりだ。考えるな。精神的に死ね。

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:48 ID:TOmemL7T
じきに肉体的にも死ねる。

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 22:49 ID:TOmemL7T
老衰でな。年金を当てにして餓死すんなよ。

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:06 ID:HIQf9I4C
ふー。学問的誠実性ゼロの生涯一学徒はおいておいて。
本部御殿手には亀の甲羅を使った盾や片手持ちの青龍刀のような刀も伝わっている。
奥義も刀術だし。日本刀やその影響を受けて成立した苗刀とは異なり、中国の刀は短い。
しょうねいおうの時代の武術がその類のものだったというのは言えるだろう。

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:08 ID:HIQf9I4C
技術に関してはしょうねいおうの時代→交易による鶴拳の流入→北京からの輸入→鶴拳の再輸入
という段階がある。名称は、北京から輸入されたものが唐手(とーでー)、鶴拳が再輸入された時の名称が空手(からて)だ。

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:12 ID:HIQf9I4C
北京から輸入されたものの実態はわからないが、棍があり、
槍が主流の中国武術では珍しいことから、嵩山少林寺の棍であろうと推測できる。
とりあえず北京の皇帝警護が八卦門だからそれとしておこう。現在本部御殿手に
残っている基本動作が八卦門の八卦掌に、首里手に残っている鉄騎が羅漢拳(崇山少林寺の紅拳)に
似ているから大体そうだろう。回族(今の日本で言えば在日コリアみたいなもんだ)から
拳法を習うということはないだろ。警察庁で極真空手を教えるみたいなもんだ。ありえない。

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:13 ID:Q95ZtMS+
御殿手が昔からひょっとして存在したかもと言われている沖縄土着の武術「手」であるという可能性は?

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:14 ID:HIQf9I4C
そういう意味で、北京から輸入された唐手(とーでー)と紛らわしい
空手という名前を鶴拳系の武術に付けたのはとても恥ずかしいことだ。
しかし実は白鶴門が名門中の名門で、内家拳や太極拳や、内家拳中の名門である
八卦門などという名称ももとは鶴拳にあやかってつけたものだったというのは歴史の皮肉だ(藁

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:17 ID:HIQf9I4C
>>375
「手」というのが武術の名称だというのは近年の創作だが、
それに当たるものの痕跡が御殿手にあるというのは言えると思われる。
鶴拳が交易とともに港湾労働者に伝わる以前の、はるかにしょぼい武術が
御殿手の一部として残っている。亀の甲羅を使った盾、片手持ちで重い
青龍刀式の刀など。(←これは青銅器時代に形が定まったもので重くてとても弱い。
しかし御殿手の奥義はこれを使ったもので、御殿手の歴史の深さを感じさせる。)

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:18 ID:Q95ZtMS+
しょぼいのは武術じゃなくて武器な
それと沖縄では「手」は武術全般って感じの意味だったらしいね

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:21 ID:HIQf9I4C
>>378
それは嘘。空手が唐手と直接繋がりがないので、それより古い「手」があって、
武器を使わないから「空手」と命名したとの後世の創作。そうではなくて「唐手(どーで)」と
紛らわしい名前をつけたと思われる。首里城の権威に港湾労働者があやかった、というのが真相とおもわれるよ。

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:23 ID:Q95ZtMS+
>>379
??
いや唐手も何もかも含めて沖縄の人は沖縄の武術全般を「手」と呼んでいたという話なんだが

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:23 ID:HIQf9I4C
>>378
最初は武器も武術もしょぼかった。一番いいものが王族にだけ伝えられ、
段々武器にこだわらなくなり(小国なのでそっち方面で限度があった)
武術だけが高度化して、ついに中国拳法の最高峰を北京から輸入するに
至ったものと思われる。那覇手には辛い事実さ。

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:24 ID:6djwC3Z9
あの、IDで個人を識別した方が良いです。
ID:HIQf9I4Cは例の連続。

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:26 ID:HIQf9I4C
>>380
沖縄の人は踊り子さんを舞い手と呼ぶだろ?しかしそれが演武かというとそうじゃない。
那覇手のもとになった鶴拳は、嵩山少林寺を除いたらほぼ中国最高の拳法で、
たまたま唐手佐久川がそれより優れたものを持ちかえったので大騒ぎになったと思われる。
しかし「空手」を最初に名乗ったのはどうも那覇手の一派だったようだ。
そういう関係で、ネーミングに関してすこし作り話がある。

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:29 ID:xxV1cW2w
>沖縄の人は沖縄の武術全般を「手」と呼んでいたという話

イエス。「手」は普通は「hand」の意味だけど、武術や技を指すことも有りマス。

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:29 ID:HIQf9I4C
もちろん、求められていない学問的誠実性を発揮してネーミングのいざこざを明らかにする義務はない。
元は港湾労働者でも今では沖縄の名士であられる方も大勢いらっしゃると思われるので、
そういう方達の機嫌を損ねるよりは地元を愛する誠実な教師、正しい歴史観を守る研究員として
一生を安泰に過ごすほうが幸せだと思われるよ。

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:32 ID:HIQf9I4C
>>384
問題はそれが「いつからか」という事だろ。まあ歴史の記述は常に現在の政治的状況を反映するから、
上に描いたような港湾労働者の卑屈な御上意識の解明は後世に先送りしてよいと思われるよ。
本土でも山口組は四国に連行されてきた朝鮮人港湾労働者が母体で、そういう所には
今でも文句を言いにくい。

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:35 ID:HIQf9I4C
だから学術誌には現在の政治権力により正当化された歴史を載せ続け、
単に事実を整理して記憶を節約し様という動きは優雅にスルーするとよいのではないかな。

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:35 ID:xxV1cW2w
>>380
因みにどちらの意味でも発音は「てぃ(ー)」ね。

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:36 ID:HIQf9I4C
いや、政治に合わせ歴史を正当化することこそ、「学問的誠実性」であると
言いきってしまおう。それが理想、それが学術の理想ってもんだ。

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:37 ID:HIQf9I4C
さくがわかんがはなんで、とーでーさくがわ、と呼ばれるのかね。ふしぎだね。

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:44 ID:HIQf9I4C
もとぶうどんでーはなんでもどぶうどんてーとはよばれないのかね。
からてのからを取っただけだと思われるけどね(藁

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:45 ID:Q95ZtMS+
>>384
>>388
どうも

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/27 23:53 ID:No1EV1+d
俗に言う南拳と内家三拳と小林系、体の使いかたが違うんだが・・・・


394 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 00:00 ID:JGoBL87F
>>393
くわしくねがいます

395 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 00:13 ID:16B0d0VF
>338
は、鶴拳やってる人?

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 00:44 ID:0EBivsUj
>>395
連続投稿の人と思われ。

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 01:04 ID:16B0d0VF
うん、だからその人は鶴拳やってるのかなーって?


398 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 01:16 ID:0EBivsUj
中国武術関連の書き込みから判断できる限りでは、何もやってない人です>連続投稿

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 01:37 ID:FZOGiFUR
面白そうなのでまとめてみた。
連続投稿の鶴拳某は、このスレ冒頭からずっとこんなことやってるんだね。

37b6wnxp:>>39-54
tuEGnqmo:>>75-122
aypB5OIc:>>124-170
BezlCYpR:>>177
99lhfHAC:>>179
LG34AKS5:>>184
rYN792iu:>>208-209
qpqa41z1:>>212-225

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 01:38 ID:HckdlWgW
もとぶウドンデイはマジで立ち技最強かも
プロボクサーの元世界チャンプのジャブがかすりもしなかったし


401 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 01:39 ID:FZOGiFUR
76D5cBc9:>>230-234
cotmD8fn:>>277
nJ9yK5dz:>>280
+n11MhDA:>>289-318
em7vliOn:>>321-324
Zw3u93RH:>>326-333
I8Wpjgbl:>>337

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 01:40 ID:FZOGiFUR
LnrHCRcU:>>338-340
u5/XtLVb:>>346-347
eEI/cRDn:>>351
TOmemL7T:>>355-371
HIQf9I4C:>>372-391

今日(もう昨日だが)も午前中からほぼ間断なく書き込んで勝手に激昂。

後おまけ。他スレより引用。

44 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 04/03/12 20:31 ID:76D5cBc9
>>43
そりゃ数見だろ。前蹴り+立禅=最強。
塚本は前蹴りでなくムエタイのミドルからハイを蹴ったのが目新しかったのがよかったので、強いとかとはちがう。

180 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 04/03/12 20:53 ID:76D5cBc9
私は「武術初心者」までだ。確かに寸○で成人男を屠ったこともある。

951 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 04/03/12 21:11 ID:76D5cBc9
>>950
日本人の套路コレクターを代表してあやまります。すみません。

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 17:10 ID:rp6ys7nu
>>373,379,383
あんまり適当なことを書くんじゃない。
それとも釣りか? 釣り師なのか?
マヂレスする俺がアホなのか?

「空手」は大正終期から昭和初期にかけて
本土において富名腰義珍が「唐手(カラテ)」から変更したものというのは
あまりに有名な話。日清戦争に負けた中国を表す「唐」を使うのが
風潮として好ましくなかったからとか。
富名腰は首里手の糸洲安恒の弟子で、那覇手系が「空手」をはじめに名乗ったわけではない。

それと、唐手をトーデーと読むときとカラテと読むときでは、別物を指している。
トーデーは中国武術を表す。
カラテは糸洲安恒が首里手を体育用に編纂したものが始まり。
それにより「カラテ」の呼び名が一般に広まり、沖縄の徒手空拳武術全て「カラテ」と
呼ぶようになってしまい、また首里手、那覇手側も「カラテ」を自称するようになったので、
現在の状況になっている。



404 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/28 17:32 ID:0EBivsUj
>>403
「連続」にマジレス、カコワルイ。

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/29 14:29 ID:t+EmpL+D
カラテの奥義「コツカケ」は、起源をさかのぼると、どの辺りで出現したんですかね?

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/29 14:32 ID:538dmz2M
>>415
中国の南派拳法が源流という話だが。
嵩山少林寺にも少林七十二芸の中に同じようなものがあるらしいね。

407 :406:04/03/29 14:37 ID:538dmz2M
>>405

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/29 15:08 ID:538dmz2M
コツカケの情報があるスレ

↑ コツカケ研究会 ↑
http://yasai.2ch.net/budou/kako/969/969843765.html

「こつかけ」をマジメに語るスレ
http://sports.2ch.net/budou/kako/1036/10361/1036151097.html


下のスレはスレ内を「コツカケ」で検索

運動における肩甲骨操作の方法と効能
http://sports6.2ch.net/test/read.cgi/budou/1037172295/

「月間空手道」を語ろう!
http://sports.2ch.net/budou/kako/985/985936438.html

古流空手って?
http://sports.2ch.net/budou/kako/1007/10073/1007393142.html

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/01 18:00 ID:6pG1G9ny
要は、鶴拳と手が融合してカラテが生まれ、カラテとテキョンが融合してテコンドーが生まれた。
ということですね。


410 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/01 18:22 ID:7nKXH9qM
上地は虎拳でし

411 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/01 18:23 ID:YHm+T9S/
『手』のルーツを、インドから、島伝いに伝わってきた技と考えてはいけないだろうか。

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/01 18:37 ID:N4+pfzFQ
>>383
>那覇手のもとになった鶴拳は、嵩山少林寺を除いたらほぼ中国最高の拳法で、
>たまたま唐手佐久川がそれより優れたものを持ちかえったので大騒ぎになったと思われる。

何を根拠にそう言う暴言と言うか、荒唐無稽な事を断言出来るの?



413 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/01 18:42 ID:DSKvWWfD
>>412
その書き手は>>399-402で駆逐されてるよ。

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 00:31 ID:JtvxVZ3q
ためず、うねらず、井桁原理で
突然ハッケイ 相手吹っ飛ぶ
合気で無力化
コツカケで金玉消去
ヨーガ式呼吸でチャクラ開発
イツカず 0の動き 相手の攻撃をすべて読みきる
そして三昧の境地へ

どうしてそんなことができるんだwhy? 身長190pのクロンボシロンボプライドファイターもひれ伏した!

沖縄+本土+中国+インドの神秘技術ででかいやつをばったばったやっつけてやる



415 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 00:43 ID:9V1zC1+5
>>48
亀レスですが秦の始皇帝の兵馬俑には色々な民族の特徴を持つものがあるそうです。
もちろん映像で紹介してました。そこから秦の軍は位置的なこともあって
色々な民族の混成部隊だったようだとNHKの番組でやってましたよ。

スレ違いな話題なのでsage

416 :415:04/04/02 00:44 ID:9V1zC1+5
↑すいません。>>49でした。

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 00:58 ID:+KuQQiER
中国拳法→沖縄→空手

ハッケイはどの辺りで切捨てられたんですか?

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 02:14 ID:0dTNlG8l
大陸語から日本語になる時点で。

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 09:15 ID:ANNawVy3
>417
「発勁」というものを「拳法の攻防技術とかけ離れた秘術」のように捉えるから
そういう考えになるのであって、立ち足一つとっても、攻防の仕方のみならず
力の出し方(これが発勁です)に密接な関係がある。
「発勁」のみを切り離して捨てることなど不可能。
攻防技術を伝えた時点で自動的に発勁技術も付随してくる。
「大陸とは異なった発勁法ができた」ことを「切り捨て」と考えるならば
日本独自の攻防観念が入った時点と言うことになるだろう。

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 14:54 ID:Fa54Emju
>>419
そうは言うけど、攻防技術とは似て非なる「見せ技」だってあるでしょ。
カラテの試し割りとか、中国拳法のトウロとか、コッポウの通しとか。


421 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 15:39 ID:HlQnHvcb
中国拳法のトウロは勁力の出し方や勁道を自覚するためにやるんですよ
そしてそれを自覚するためには細かい意念上の要諦がいくつもあるからそれを失ったらただの踊りとなるんですよ

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 18:02 ID:FUeHc13Y
このスレは

見た目から空手の起源をアレコレ想像してみるスレ

ぐらいの気持ちに捉えておいたほうがおいた方が良さそうだな。期待しない

423 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 18:44 ID:NWUpAvHo
たまにまともな内容かなと思えるときもあるが、
基本的におんなじ話がループしたりする。

過去ログに否定されたことが性懲りも無く再出する。

もうちょいまともな流れになれば良スレになりそうな感もあるのだが。

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 20:06 ID:HlQnHvcb
http://www.google.co.jp/search?q=cache:ZuL0thrvJ_sJ:www.ichigeki.co.jp/bbs00/index.php%3FpageIdx%3D3+%E7%99%BD%E9%B6%B4%E6%8B%B3&hl=ja&ie=UTF-8
▼ 管理人 2004.1.27 (Tue) 19:11

小尾さんに書いていただいた『少林禅寺傳正統 白鶴拳』をアップさせていただきました。小尾さん、ありがとうございます。
白鶴拳というのは、ひょっとすると空手の源流の1つといわれている拳法なのでしょうか。


▼ 小尾 2004.1.27 (Tue) 20:44

管理人様
白鶴拳は大まかに鳴鶴派・飛鶴派・宿鶴派・食鶴派の四派に分かれて継承されいます。那覇手(剛柔流)は鳴鶴派を母体としています。
因みに「少林禅寺傳正統 白鶴拳」の著者である小内祐二氏は鳴鶴派・食鶴派を修めた方です。

425 :422:04/04/02 21:03 ID:FUeHc13Y
 もう一度見直してみたら連続書き込みのヤツのせいで混乱した
以外は結構まともかな?
首里手に影響を与えた中国武術が嵩山少林寺紅拳(羅漢拳)と言うのは
初めて聞いたのでソースがわかればいいのだけど


八卦掌、琉球古武術=鶴拳の一種、御殿手に固執してる書き込みは
みんな同じ人間だと思って良いのかな

なんにせよ、連続書き込みののヤツのせいで混乱したのを
スレッド自体の評価としてしまった。申し訳ないです。

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 21:41 ID:Zgin1Zip
琉球古武術に比較的早い時期に鶴拳の一種が混じった。
佐久川が持ちかえった唐手は伊派八卦掌と同種の拳法で現在の御殿手に痕跡がある。


427 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 21:49 ID:HlQnHvcb
またヤツがきたな・・・

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 22:46 ID:+uUUH+3h
ウォッチ開始。

429 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/02 23:28 ID:4OkKNp5k
南派の擒拿と琉球古武術の掴み技を比較してみたいな。
どっちも漏れにはできないんだが、突き蹴りより比較しやすいんではないかと。

430 :ただの推測:04/04/03 02:29 ID:h3qaETBy
こんなページを見っけた。ただの一つの道場のHPなので参考にでも
 ttp://www.geocities.co.jp/Athlete-Olympia/9333/shoto.html

現在の松涛館に影響があるかどうかわかりませんが、
船越(冨名腰)義珍センセは、湖城大禎に弟子について
中国南派拳法の壱百零八拳を学んだ?
 (スーパーリンペイ(壱百零八手)と違うものなのだろうか。
  同じものなら”手”という言葉に対する捉え方をかいま
  見られるというものでしょうか)

 >船越義珍(1872-1955)は初め蔡家の拳の湖城大禎の門に入って
その湖城大禎についてはこのページに蔡家拳とまで記述のあるものの、
「広東省の蔡家拳」と同じものかどうかはっきりしません。
     *蔡家拳は洪家拳・劉家拳・李家拳・莫家拳と共に五大名家と言われるようだ?
     ttp://www.google.co.jp/search?q=%E4%BA%94%E5%A4%A7%E5%90%8D%E5%AE%B6++%E8%94%A1%E5%AE%B6&ie=UTF-8&oe=UTF-8&hl=ja&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=

このHP(ttp://www.geocities.co.jp/Athlete-Olympia/9333/shoto.html)
の文章の流れからして東恩納寛量の師匠、新垣通事世樟(1840-1920)が
蔡肇功(1655-1737)の流れを組むものだったとすれば、
スーパーリンペイ(壱百零八手)は沖縄に伝わっていた(中国から伝わったとは言わない)
蔡家拳からのものと推測できる。

 *推測
・本土における松涛館流は首里手(少林流、少林寺流)から変わった
 ところ違うところ、無い技があるとすれば蔡家拳の影響があるかも
・はっきりしませんがスーパーリンペイは中国南派拳法「蔡家拳」から
 くるものではないか

431 :430:04/04/03 03:34 ID:h3qaETBy
 ttp://homepage3.nifty.com/inami_shoto/shoto.html
上のページが移転するらしいので移転後のアドレスを載っけときます。

追記しますと
>久米村と雁行する名家に蔡氏
どうにも蔡氏ってのが琉球人ととれる書き方をされているので
よくわかりません。


>・はっきりしませんがスーパーリンペイは中国南派拳法「蔡家拳」から
 くるものではないか
は、はっきりしませんが、発展してスーパーリンペイは中国南派拳法「蔡家拳」から
 くるものではとも推測できるのではないか
に訂正します

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/03 12:50 ID:ovz86/ml
平上一武が好きそうなスレだな
奴によれば中堅の源流は琉球だそうだw

中堅、唐手、空手
共通点はたくさんある

もちろん琉球や本土の人が
変えたものや独自のものも有るだろうが
源流は中国だよ

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/03 13:52 ID:A3oErrmw
その「独自のもの」ってところが重要なのではないかと言いたい。
それが無ければ中拳で十分だろうと。

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/03 14:49 ID:Sk76DGfK
空手と唐手は名前が変わっただけだ
区別する必要はない

ただ御殿手は本(武の舞)を読んだが中国武術の影響はあまりないような気がする
かといって本土の武術ともまったく違う
もし沖縄独自?の武術があるとするならその1つは御殿手だと思う

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/04 09:09 ID:YGPif2sk
空手の源流は南派拳法+琉球拳法というのは間違いないのね


436 :惑人:04/04/05 02:13 ID:yGqX/gPc
>>435
首里手は北派拳法と南派拳法が混ざって(北派多め)、
さらに琉球の棒術や日本の示現流剣術のエッセンスが加わってできたと
捉えるべき。
那覇手はほぼ南派拳法だろうけど。

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/05 02:20 ID:A1B0uUFS
>示現流剣術のエッセンス
具体的にどの辺かはわかりますか?
共通する技術など挙げてくれれば。

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/05 15:16 ID:Zpl2l06m
>>437
すまんがよく解りません。本で読んだくらいなので。
ただ中国拳法が一般的に技の連続性を重視する(と読んだ)のに対し、
空手の一撃必殺思想は示現流や日本剣術からきたものらしいです。
巻き藁も、示現流の「立木打ち」からヒントを得ているとか。

技術に関しては、すまんがよく知りません。個人的には運足(歩み足、歩幅など)や
直線的な動き、体を捻らない使い方(現在では捻りまくってますが、古流では捻らないという話あり)
重心の落下で起動や技の威力を出す(これは中拳にも見られるが、同じ人間がやるんだから似た境地にたどり着いても不思議はない)
等がそうなんじゃないかなぁ…と思ってます。個人的に。

439 :うちなーんちゅ:04/04/05 17:12 ID:ts84c8L/
沖縄にてふツーに空手をやっているおじさんです。皆さんのお話を拝見、びつくり
するほど詳細な内容誠に敬服いたします。方言や地元の人間の意識や、口伝等なら
多少・・許される範囲でご案内できると思うのですが…。他に沖縄の方いないのですか?

440 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/05 20:24 ID:9s42SPfT
ハイデス(・∀・)ノシ

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/06 00:53 ID:uwWkKbtr
>>439
おお、ありがたいです。
ついでに変な説が横行していたときはビシッとツッこんでいだだければと思います。

442 :うちなーんちゅ:04/04/06 14:05 ID:c7zTjX8H
400項もの書き込みがありますのでどれを…と迷うのですが…。
琉球空手を知ろうとしたとき歴史的背景はもちろん重要です。
更に沖縄の人の民族性みたいな、部分も考慮に入れられると解り易いと思います。
まず基本的に争いを好まない。年中暑いもんですから南国独特のなんにつけてもテーゲー(イージー)な姿勢
ですから元々は何々流のようなこだわりは無く誰々のという個人レベルのスタイルにて継続されました。によって型に関しても個人個人
にて違う、基本を重視し後は各々のベストな形を自分で考えること。昔の教えです。

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/06 14:08 ID:Ziuh4zIJ
プロバイダのメアド入れるのは止した方が…。

444 :うちなーんちゅ:04/04/06 14:24 ID:c7zTjX8H
入らなくなっちゃった。まずティーに関しては唐手と呼ばれる以前からあったことは間違いありません
そして唐手(トゥーティー)とは別に意識されて呼ばれていたようです。(父よりの口伝)
ティーの発生期に関してはどの先生も知りません。史暦もなし。
ですが新旧共型のほとんどが中国系(個人)の名称です。書き過ぎすみません。

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/06 15:51 ID:M60wc5B9
その「手(ティー)」の原形は今でもありますか?
「琉球古武術」と呼ばれてるものがそうでしょうか?あるいは御殿手とか?

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/07 10:33 ID:PpnY0HL3
>>438
>空手の一撃必殺思想は示現流や日本剣術からきたものらしいです。

基本的に一撃必殺はどの武道にも共通している。だから示現流の
影響を受けてるとはいえないし、第一示現流の一撃必殺と唐手の
一撃必殺は言葉が同じでも意味が異なる。

それを一緒くたにして語るからおかしな事になる。新垣先生にも困ったもんだ。

447 :うちなーんちゅ:04/04/07 18:14 ID:Aswn50v6
ティーの原型となると明確にはありえないと思われます。先に書いたように常に個人個人にて変化があり、しいていうなれば突きにおけるアティファ
や鍛錬法、そして主に「思想」的なもののみです。ただ流派としては今で言う小林流がその流れを継いでいることになります。
また御殿手は唯一それであるといえるかもしれません。また名も無い個人の使い手は凄い方がいますので…。一撃については、身を守る武術全般においての理想形ですので空手であるから特に…ではないのでは?。
実際問題40も超えるとさすがにスタミナ続かず出来るだけ早くけりつけなければやばい!。ちなみに本部先生が関西にてロシアのボクサーを一撃で…は52歳の頃だと思います。

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/07 18:32 ID:yNMyahPx
>>446
まんざら絵空事でもない様に思う。
薩摩藩の琉球併合が1600年代初頭だし東郷重位も同年代の人物。

449 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/07 20:48 ID:54inGIAw
>445
別スレにそれっぽい人のカキコがあるよ
捜してミソ


450 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/07 21:11 ID:WxTqFaUa
昔、ちょっと習った北派の少林拳で基本の立ち方をナイファンチと呼ぶ所があった。
先生は台湾から来た人で、套路に鶴拳があったらしい。
あれって空手の源流となにか関わりあるものだったのかな?
だれか、解からない?

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/07 21:20 ID:a0Dpmjnr
>>442
琉球王朝が沖縄本島以外の奄美、八重山等で虐殺を行い
文化的にまったく異なる各島を侵略して統一したのはご存じですよね。
過酷な人頭税も武器狩りも薩摩が琉球へ侵攻するずっと前に
琉球政府によって行われていたのはご存知ですよね。
貴方のいう「争いを好まない」というコンセプトは
どこから出てくるのですか?私の周りの沖縄県人はとても短気ですよ。
違う意見を言われると豹変して怒りますよ。
>>446
巻き藁に関しても、示現流の立ち木を参考にしたという文献もあるし
ティの大家で示現流免許皆伝者もいるくらいなので極めて濃厚でしょう。

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/07 22:37 ID:7luRLvcs
巻き藁の発祥は中国と言ってる人もいますね
http://www.netpro.ne.jp/~fullcom/yama/yam_s.htm

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/07 23:26 ID:2oxwSFNy
明の時代から実戦力は日本武道>中国武術でしょう。
日本は明に日本刀を大量に輸出しているし、
明も正規軍の武器として苗刀、倭刀を装備
してる。日本刀法も同じく輸出された。
琉球文化には日本文化がかなりの量、入っている。
現代の風潮として沖縄県人に言いづらい、
言ってはいけないようだが、歴史的事実は
はっきり言った方がよい。
あの時代、薩摩は東アジアで最強。

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/07 23:31 ID:7luRLvcs
>>453
それは剣術の話?
中国の剣術はどんなものかよくわからないのでなんとも言えないな

ただ、御殿手の剣術は日本本土の剣術に比べても非常に高級で優れているように見える

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/07 23:32 ID:7luRLvcs
それと明の時代は日本でも武道とは言わないと思うよ
武術か武芸じゃないかな

456 :446:04/04/08 00:11 ID:2DoCkbkP
>>451
>巻き藁に関しても、示現流の立ち木を参考にしたという文献もあるし
>ティの大家で示現流免許皆伝者もいるくらいなので極めて濃厚でしょう。

まあそうイキり立たないで落ち着いてくださいな。別に俺は示現流の一撃
必殺に関して言及しただけであって、>>446で巻き藁の話題なんか一切して
いませんよ? 引用文ひとつとっても思想的なものであって鍛錬とは異なる。

おっしゃる通り、巻き藁は示現流から来たんじゃないの? 同感ですよ(藁

457 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 00:15 ID:fzUSjSpp
>ただ、御殿手の剣術は日本本土の剣術に比べても非常に高級で優れているように見える

あの方が1代で作った技術が本土剣術より上か、、、
持ち上げるにも勉強してからにしろな。ちなみにあの方はは30年前は
んなことできんかったしやってなかったらしい。
ある時期を境に変わったらしいですな。

ま、そりゃおいといてあの剣の振り方で本気で人を斬れる?
試斬さえもなぁ、、、
弟子たちの攻撃を捌く時も大げさに入る弟子たちの起こりが大きすぎ。
アレをとめられないほどだったらよほどひどいレベル。
片手で刀持って両手開いてうりゃーって来る攻撃だよ、、、、

458 :446:04/04/08 00:22 ID:2DoCkbkP
>>448
>まんざら絵空事でもない様に思う。
>薩摩藩の琉球併合が1600年代初頭だし東郷重位も同年代の人物。

絵空事って…。俺は示現流との交流を否定してる訳じゃないですよ。
と、いうか歴史的に見て交流してない方がおかしいでしょ。薩摩と。

「琉球の唐手なるもの学ぶにあたわず」なんて残ってるくらいだから
あっちはどう思ってるか知らないけど、唐手の方から見れば大いに剣術
から学ぶところはあったと思う。

ただ、なんでもかんでも示現流の影響を受けてるって見方はおかしい、と
言いたかっただけです。上の方でも意見がでてますが、基本的に武道は一撃
必殺が前提です。なます斬りにして時間をかける事を是とする剣術がないように、
拳法でも必要以上にダラダラと撃ち合い蹴り合う事を目的とした流派もありません。

自分を倒そう、殺そうという意識をもった相手が攻撃してきたら、そりゃ誰だって
早く終わらせたいですよ。1秒でも早く敵を倒さなくては、三撃より二撃、理想を
あげれば一撃で敵を倒さなければと思うのは必然。「唐手」が素手で身を守るという
意識(前提)が生まれた瞬間、一撃必殺の信仰も当然発生せざるをえないんだよ。

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 00:25 ID:Xfme8GGj
>琉球文化には日本文化がかなりの量、入っている。
>現代の風潮として沖縄県人に言いづらい、
>言ってはいけないようだが、歴史的事実は
>はっきり言った方がよい。

えーっと、勘違いをなさっておられるようですが、こういうことは別に
言ってはいけないことでもなんでもないですよ。
というよりも、ごく普通の一般常識以前のことなのですが。

460 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 00:39 ID:KEsO4D/L
いまだに、>452のHPのような考え方してる奴がいるのか・・・

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 00:43 ID:+VlCv2Db
中國の武術はちょっと平和が続くと華法に流れるきらいがあるからね。
民間の庶民の間にこそ、真の武術があるのが中國武術の特徴。

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 00:44 ID:X0ahExM3
>>457
>あの方が1代で作った技術が


あーまた妄想がひどいな
この「1代で作った」とかどっから沸いてくるんだろう

463 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 00:48 ID:X0ahExM3
ところで御殿手の上原宗家がなくなったらしいね
http://sports6.2ch.net/test/read.cgi/budou/1054725551/189

あの動き、技量はまさに芸術の領域だった・・・

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 00:53 ID:X0ahExM3
>>457
それと細かいツッコミだが>>455さんは御殿手が本土剣術「よりも」優れているとは一言も言ってないと思うぞ

465 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 01:11 ID:D0wcMY0t
>>451
確かに、琉球が非戦の国だったというのは後世作られた誤解だが、
あなたの意見も偏っている。
虐殺といえるものは史実にない。
抵抗したアジがいたため、八重山などとは戦争になった。
奄美や宮古はアジが大きな抵抗もなく恭順したため併合されているし、
琉球王国の先島支配は現地のアジをそのまま残した間接支配だった
というのが定説。
人頭税も行われていたが特に過酷になったのは薩摩の支配以降だよ。

466 :1:04/04/08 01:15 ID:D0wcMY0t
>>442
うちなーんちゅで空手を学んでる方が出てきて嬉しいです。
現地の生の声を言っていただければ勉強になります。


467 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 01:24 ID:8iQwDXEg
>>446
示現流と空手の一撃必殺は、どう違うんですか?

中国拳法は一撃必殺をそれほど重視してるのかね? 
八極拳なんかはそれっぽい話を聞くけど「全ての技を一拍子で出す」
というのは一撃必殺と勘違いしてだけって話も聞くし。
空手の母体となった中拳で一撃必殺(一撃必倒?)を重視してないなら、空手のその思想は
やはり違うところから入ってきたもんだと考えられる思うな。
「なんでもかんでも示現流ってわけでなはい」というのは当然と思うけど、
首里手の祖の松村宗棍が棒術の達人であり示現流免許皆伝でもありじゃ、影響多大とみるのが自然と思う。
(この話はもういいと思われるだろうが)

あと剣術詳しくないんだが、剣術はもともと当たれば殺せるものなんだから、
取り立てて「一撃必殺」を標榜することはないような気がする。如何に斬るか、でしょ?
その中で、防御なしで一発で相手の刀を折ってでも殺す(2発目は負け)示現流だから「一撃必殺」が冠された
のではなかろうかと(空手に相手の受け手を折ってでも殺すという思想はないと思うが)。
要するに「武道=一撃必殺」とは限らないのではないかと言ってみるテスト。

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 01:27 ID:8iQwDXEg
>>467
>「全ての技を一拍子で出す」というのは一撃必殺と勘違い

「全ての技を一拍子で出す」というのを一撃必殺と勘違い
に訂正


469 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 01:44 ID:T2O/HQW4
空手、唐手、てぃ、カラテは中国拳法を祖とする中国拳法の亜種。
琉球王朝が中国本土から久米島へ技術者を移住させて、
その中に中国拳法の技術も持っている者がいた。
主な沖縄空手の歴史はここから始まる。
てぃと呼ばれている沖縄独自の武術が元々あったというが
テコンドーの場合の「テッキョン」と同じ。
ようするに自分達の歴史に自信を持ちたい為の捏造。
テコンドーは空手を祖として発展した。
てぃと沖縄空手は中国拳法を祖として沖縄化した。
てぃは中国拳法の亜種。沖縄独自の武術ではない。
沖縄空手には中国拳法の妙は伝わっていない。

470 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 01:57 ID:vT1V8FFj
>469の珍説はさておき・・・

>>467
中国拳法でも一打必倒の威力を求めて鍛錬を行います。
これは八極拳に限らず、形意拳や太極拳、その他の拳術でも同じですね。

471 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 02:07 ID:X0ahExM3
>>469
>沖縄空手には中国拳法の妙は伝わっていない。


???
特に初期の那覇手、上地流はちゃんと中国武術の精髄を伝えていたと思うが・・・

472 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 02:12 ID:AWzqViA/
>>465
>抵抗したアジがいたため、八重山などとは戦争になった

人の国を侵略しといてよく言うよ。「抵抗した」って、あたり前じゃん。
八重山、宮古、奄美などと沖縄本島とは全然別の文化、国だったんだよ!
侵略者「琉球」に抵抗するのはあたり前のことだろ。
虐殺が無かった、というのは琉球の資料。
戦争して人殺しをしなかったのか?
人頭税に重いも軽いもあるか!悪いのは琉球ではなくて
薩摩だって言いたいのか?侵略者のくせに。
お前らの島差別の酷さはなんだ!こういう話になると言い訳が酷いな。
ヤマトにはさんざぱら言うくせに。
お前等の島差別が嫌で内地に逃げて来た者の気持ちを知れ!

473 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 02:17 ID:8iQwDXEg
>>470
では空手の一撃必倒思想も、もともと中国拳法から来たと?
形意拳、太極拳はそういう話を聞いたことがありますが、
一般的な中拳は技の連続性を重んじているイメージがあるので。
一撃必倒の威力の養成は当然あると思うが、この一撃(もしくは一連の攻め)で終わらなければ次は無い
と思想を多くの中国拳法が持ってるわけではないように感じます。
個人的観測ですが。

474 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 02:52 ID:X0ahExM3
一撃必倒をスローガン的に繰り返してたのは寸止めの試合をやってる空手だよ
当てない理由を「当てたら死ぬから」って言っていた
あとそのカウンター文化の極真も一撃必殺ってのをよく言ってたね

2つともは沖縄空手とは違う
沖縄空手にとってもそりゃ武術なんだから一撃必殺は理想だけど、実際は投げ技や関節技も含めて流れるように攻撃することを特徴としていた

475 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 02:54 ID:k0D2MA8p
>>472
465じゃないですけど島差別ってなんですか?


476 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 02:55 ID:GDwk3k67
参考までに、八極も形意も、
「一撃で仕留める気概で打て」
とは教わりますが、実技的には連撃アフターフォローばっちりだったりします。
一発で決められれば越したことはないのですが、その後を考えていない訳ではないです。
螳螂や通背、翻子のような、いわゆる連打系のコンビネーションとは異なりますが。
後、当然打撃のみに限らず、投げ(打ちながら投げ、とか)も多いです。

477 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 02:59 ID:pIya6Mm5
>>472
逃げること自体が卑怯者。
宮古・八重山出身でも本島で立派にやってる奴は大勢いるよ。
差別、差別ていう奴が一番差別心があるんだよ!

478 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 03:01 ID:pIya6Mm5
>>475
本島の者が他の島出身者を差別すること。
実際、今でも多いことは事実。

479 :GSL ◆C41eDzGMf6 :04/04/08 03:06 ID:gCpKU8HV
>474
>当てない理由を「当てたら死ぬから」って言っていた
俗に言う一撃信仰ですね。
私の先生も一撃で倒せる打撃を目指せとは言いますが、一撃で人を殺せるなんてだれも言いませんね。
というか、以外に知られていませんが空手の先生達は誰もみな若い頃にそれなりの武勇伝を持っていたりします。
私も結構その手の話を知っていますが、その中で一撃で人を殺した話は私は一度も聞いた事が在りません。

そもそもこの一撃信仰の話はどこから出たのでしょうかね?
昔から「空手は一撃必殺だから」なんて話を雑誌や漫画、後テレビや2ちゃん等では聞きますが、
現実に空手をやっている人間からは聞いた事がありません。

480 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 03:07 ID:k0D2MA8p
>>478
本島ってこの場合沖縄本島の事ですよね。
今でもってちょっと信じがたい驚きです。


481 :GSL ◆C41eDzGMf6 :04/04/08 03:15 ID:gCpKU8HV
因にこのスレでちょっと出ている上地流。
前に、中国拳法をやっていて今、上地流をやっている人と一度酒を飲んだ事がありますが、
その時に私が、
「上地流って中国拳法と比べるとどういう所が違うんですか?」
と聞いたら、その人の答えは、
「殆ど、同じ」
でした。

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 03:22 ID:k0D2MA8p
>>479
大山さんが広めたんじゃないの?
「一撃必殺」とか「喧嘩十段」とか「牛殺し」とか。

483 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 03:42 ID:hL0tBA5E
>>477
笑える、あんたの論理。ムチャクチャだな、あんた。
宮古出身でも本島で頑張ってる人がいる、ってあんた、大丈夫かぁ?
島差別している本島住民を棚に上げて、島差別が理由で内地に逃げた人を
卑怯者呼ばわりって・・・。沖縄人独特の思考回路、残虐極まりないな。
これが自称「平和を愛するちゅら島の住人」だもんなぁ。
唐手だか空手だかてぃだか知らんが、これじゃ、(´Д⊂ モウダメポ

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 03:49 ID:kVsegSv6
>>481
上地流と翻子拳を習得している人の話も以前どこかでみかけたが
やはり両者の相性がよいのか?

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 04:34 ID:X0ahExM3
>>481
>前に、中国拳法をやっていて今

「上地流と同じ」ということは上地の源流の虎拳(パイガヌーン拳法)?
それとも南派拳法を何かやっていて基本は同じってことかな?

486 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 06:15 ID:GDwk3k67
それはあの某胴締めさんの台湾の先輩さんですね。
翻子と上地流を学んでがんがんスパーをやっているという。
“カンフー先輩”と呼ばれていたそうですが。
ただ、翻子はボクシング的な連打の拳法なので、
重厚な印象を受ける上地流との弊習はどうなのでしょうね。
補い合う部分があるのかも知れません。

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 06:53 ID:hzRGpgZG
実際の翻子ってどんな戦い方なんだ?
松ちゃんのダイナマイトカンフーでしか見たことないぞw

488 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 13:07 ID:OEgm5AXH
たしかに金城氏とか初期の唐手をやってる人は
一撃必殺というのは違うって言ってたな。金城氏は体育唐手の人だから、
教育的な面で「必殺」なんて思想は無いって事かも知れんけど。

首里手とかでは、一撃必殺というより、一回の攻防で相手を相手を無力化する
もしくはとどめをさすということではないかと

489 :うちなーんちゅ:04/04/08 13:57 ID:tdt3zvCw
おっしゃる通り史暦に残る限りの範囲でも有史からでも1500年にかけて
の争乱期があります。争いを好まないとは言っても宇宙人のごとく(イメージ)ではありません。
統一の為の初期の争乱があります。またその後の外国支配があります。その時…その後…。長くなります琉球史を参照下さい。



490 :GSL ◆C41eDzGMf6 :04/04/08 14:07 ID:+ljdjTZT
>485
朧気ですが、確か獣系の名称が付くモノをやられていた筈です。
その時の私は中国拳法に関して、本当に無知だったので、
特に突っ込んだ質問もしませんでした。
ただ、その時のその人の話で、
「上地流は空手というよりも中国拳法ですね」
という表現は記憶に残って居ますね。

491 :うちなーんちゅ:04/04/08 14:33 ID:tdt3zvCw
>>1:どーも!何か知りたい事あります?

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 17:53 ID:L5JunROj
>>488
玄制流の祝嶺先生の系統は、上地系の技術を否定していますよね。
体を固めて戦っても急所が丸出しだから意味がないと。
首里手系は全般に金城先生の言う体育に技術を組み直した
物なのでしょうか?

>>491
うちなんーちゅ氏に質問です。
琉球には、どの時代からティもしくはトウディが
存在していたのでしょうか?日本の歴史で言うと、
例えば室町とか安土とか、いつの時代なんでしょうか?

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 20:05 ID:FjNtfb6v
>>489
ようするに、琉球は文化が違う国、宮古、八重山、奄美を侵略し
併合したということだ。まさか、琉球の侵略は「きれいな侵略」で
薩摩ややまとの侵略は「きたない侵略」なんて言わないだろうね、W)
琉球も侵略者だった過去があるのさ。

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 20:19 ID:k0D2MA8p
>>493
今は同じ日の丸の下に暮らしてるんだからいいじゃねーか

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 20:29 ID:IMc7AC76
>>494
それ以前に歴史的な事柄の誤解や間違いがあるので気にせんでよろしいかと。
昨日から続いている同様な書き込み全てに対してね。

496 :名無しさん@お腹いっぱい。 :04/04/08 20:58 ID:2DoCkbkP
>492
>体を固めて戦っても急所が丸出しだから意味がないと。

外を見て中身を見れない。まさしくそれだ。
その先生は、おそらく外見を判断して全てを分かったつもりだったんだろう…。

急所丸出しで戦う武道がどこにある?そもそも上地は戦う時は体を固めたりもしない。
あるのはスピードとねばり。それだけ。三戦で体を固めるのはその2つを養成するためだ。

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 21:29 ID:JbLTT06I
>>467
うちは形意拳だけど。
当てた後、まだ立ってるとあとあと面倒だから一撃で決めたいとは
思うけども、駄目なら駄目で次、次の次、次の次の次くらいまではやります。

伝説クラスですと崩拳一つで天下取ったという人がいますが(w

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/08 23:53 ID:X0ahExM3
>>492
上地も別に実戦で相手の攻撃を体に受けると言う事はしないと思いますが・・・
>>496さんのおっしゃる通り。
実際上地完文の武勇伝も「相手の懐に飛びこんで抜き手の一撃で・・・」って感じです。

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 04:53 ID:Ed2Zg7zL
>>496
>外を見て中身を見れない。まさしくそれだ。
>その先生は、おそらく外見を判断して全てを分かったつもりだったんだろう…。

祝嶺先生ぼろかすに言われてますよ、体道及び玄制流の皆様。

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 05:06 ID:+AnNjK83
>>495
>それ以前に歴史的な事柄の誤解や間違いがあるので
>気にせんでよろしいかと

自分の都合が悪い事は、相手の「誤解」や「間違い」だそうだ。
これが「自我防衛規制」っていうやつね。
沖縄名物は昔も今も「自我防衛規制」ってことだな、結局。

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 07:48 ID:0EiYMt5J
>>500
どこの国だって同じ事言うだろ

502 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 08:26 ID:lexHTBBg
>>501
放っておこうぜ。また粘着されたらたまらん。

503 :うちなーんちゅ:04/04/09 12:39 ID:EN3EZydI
ティーが史実に出るのは1700年の書物からですので、推察になります。源流が中国とした場合国交の歴史を考えると1300年代
には間違いなく、それ以前でもおかしくありません。その後東恩名(剛柔流の師)先生の代で唐の手と呼ばれ区別され始めたようです。(口伝)
呼び名の違いついては時間差の問題では?とも思われます。何百年の時間の中で中国拳法の影響は大きく「現在における空手」は、その源流は中国拳法(小林系)
であると言えるようです。 ただ発祥について個人的には、中国からの拳法そのままならば何々拳ではなく「ティー」という呼ばれ方をしたことに疑問が残りますが…。
地元になんら関連性のあるものが無い場合そのままの名称かそれに近い名称が使われると思うのですが。

504 :うちなーんちゅ:04/04/09 14:47 ID:EN3EZydI
「手を出す」喧嘩っ早い という意味で 組み付くのではなく叩くという喧嘩の方法としてのティーというスタイルがあったのでは
ないのかな?。実際(空手家)の事を今でもティーチカヤー(ティーを使う人)見たいな言い方をします。
昔はそれ=喧嘩術を使う人みたいな意味合いで捕らえていたわけですから。
また書き過ぎゴメン。

505 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 15:03 ID:8eR+sqEi
>>504
あれーしーさーやいびーみ?

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 15:29 ID:B1FBDqFh
首里手系より那覇手系の方が技術的に真伝が残っている可能性が多い
ということでしょうか?

507 :大蛇独歩:04/04/09 16:26 ID:XZ/YOcTW
大山倍達や上原清吉とかのフリー動画のダウンロード先を教えてください。

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 16:53 ID:4G5XmM/h
>>492
いや、首里手から体育唐手を編纂したわけで、首里手全部が
体育になったわけではありません。体育唐手の編纂者である糸洲先生も
学校では体育唐手、自宅では首里手を教えていたようです。
その後、首里手・那覇手も含めて空手と呼ばれるようになりましたが。

>506
どうでしょうか?
ただ、首里手は松村宗棍先生の手ですが、現在の首里手系流派の創始者の中には
那覇手も学んでいる方が少なくないので(糸洲先生も)、意識・無意識的に那覇手の技術が
混ざってしまい、首里手としての真髄が純粋な形で残りにくい可能性はあるかもしれません。

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 17:08 ID:ja8k/UQN
首里手はいったいどのような中国武術の影響を受けてできたのでしょうか?
那覇手は白鶴拳、上地流は虎拳と比較的源流はわかってますよね

510 :GSL ◆C41eDzGMf6 :04/04/09 17:33 ID:BQfKjOJm
>508
体育唐手の概念が解りにくいのですが…

511 :うちなーんちゅ:04/04/09 17:51 ID:EN3EZydI
>>505しーさーやあいびらん。
>>506真伝という意味が捕らえにくいのですが…。那覇手は剛柔流に代表されるほぼ唐ティであり新しいものです。
そもそも当時流派という意識自体ありません。個人レベルです。あまり組織的に厳格なイメージを持つと先々ズッコケルかと思いますよー。
首里も那覇も上は一緒、唐手は手の一部です。全てがティーです。
やっている私達はあまり気にしていません。

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 18:05 ID:rsFHoIrq
上地流の下地康夫先生、すごい体格ですね。
こういうのがティをやりこんだ体なのでしょうか?
触っただけでもはじき飛ばされてしまいそうな感じ。
西洋スポーツでは、こういう体型をつくるのは無理でしょ。

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 20:18 ID:4G5XmM/h
>510
その辺は私も詳しくは知りません。金城先生の著書や、月刊空手道のバックナンバーに
詳しくあると思います。あと糸洲十訓とか。
金城氏いわく「唐手(カラテ)は糸洲先生が体育(体を作る)に組み込むために、
編纂した型の枠組み」であるとのこと。その中には「上段突きは中段突きに」
「四股立ちは全てナイファンチ立ちに」「掛け手、取り手は手刀受けに」などの
ルールがあったようです(間違ってるかもしれませんが)。
型としては現状では松涛館流の型が「体育唐手」のままのようです。

>511うみなーんちゅさん
首里も那覇も上は一緒、というのはどういう意味ですか?
首里手と那覇手の技術的な違いは意識しない、もしくは存在しないということですか?
那覇手はほぼ唐ティですが、首里手はどうなんでしょうか。
首里手としての特徴というか、重要なポイント、那覇手との違いって何でしょうか?
質問ばっかですみません。

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 20:31 ID:ttZhmmzw
福昌堂「空手道 創世記伝説」 「宮城長順と剛柔流」

長順が終戦直前に作った撃砕第一、第二の型から
「上段受け」が取り入れられた。
それまでは、中段がガラアキになる事を恐れ
上段突きさえもよしとしなかった、という。

つまり、初期の型には上段突きが無かったのですね。

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 20:38 ID:ja8k/UQN
上地流にいたっては正拳で相手を突く技も本来なかったそうですね

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 20:40 ID:ja8k/UQN
那覇手と上地流は中国南派拳法がベースらしいですが、首里手は北派も入ってるという噂も聞きますね
そこらへんはどうなんでしょうか

517 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 20:50 ID:xVWtiWUE
庶民の武術というよりは、中国系住民や首里の武士階級の武術のような印象がありますが・・・。
首里・那覇などの中心地域以外の地方や他の島々には伝えられていなかったのでしょうか?

518 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 20:53 ID:ja8k/UQN
>>517
何がですか?

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/09 20:55 ID:4G5XmM/h
>>514
唐手(と名前がつけられてから)の初期ね?

520 :うちなーんちゅ:04/04/10 10:03 ID:ftsGF5HR
>>513那覇と泊の手が区別されるまでは、唐手はティーの一部であり唐手とは直接中国人からの教えを受けたかそれに近い方々でした。
那覇とその側の泊は貿易の窓港であり、中国からの帰化人が多くよってその地区は殆どが唐手であるといえます。首里は首里城を中心に士族階級が多く、
伝統的な古来からの手を主体としています。しかしながらその首里手(今の小林流)も型を見ると中国の名称を持つ型を主体としていますので結果として
先に述べた時間的な違いであるといえます。首里系の本部先生もご自分の看板に唐手とかかれているぐらいですから、もーちゃんぽんです。
こちらでのイメージは那覇は主に唐手:首里は古来からの武士の使う手です。

521 :うちなーんちゅ:04/04/10 10:13 ID:ftsGF5HR
ところで上段突きが無かったってホント?冗談じゃなくですか?

522 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/10 12:11 ID:xRiOR6it
>521
嘘にきまってんだろ。顔面攻撃否定してどうすんだよ(藁

523 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/10 12:36 ID:NkpcEYEM
>521
「体育唐手の型の中では」という意味です。平安の型には上段突きはありません。
組型でも使わなかったかどうかは知りませんが、金城先生の話などによると
上段突きは組み込まれていなかったかもしれません。

たた、それ以前の首里手には、当然上段突きはあったと思いますよ。

524 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/10 12:39 ID:NkpcEYEM
>>514で言われている話は那覇手系統の話なんでよく知りませんが。

525 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/10 14:38 ID:NkpcEYEM
>>520
本部朝其先生の「唐手」は「カラテ」の意味なんじゃないですかね? 「トウディ」じゃなく。

首里手はよく北派拳法の影響を多く受けている(南派の影響も受けているが)と
言われますが、沖縄では首里手も那覇手も、母体となった中国拳法は同じということですか?
経過時間の差で首里手が多く変形(琉球化?)しただけと?
首里手と那覇手は技術系統が随分違うように感じますが。


526 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/10 15:23 ID:rHQyIMuU
空手は、絶対チャンポン拳法のはず。一流派だけの教えを守り、伝えたものならちゃんと名前が残っているはず。
型に”佐久川”の名前が残っていたりするのに、拳法の名前が残らないのは、不自然だと思う。
多分、沖縄の人にとって、元の拳法なんか、どうでも良かったんではないだろうか
自分の環境にあった技だけチョイスして、系統が生まれたのだと思う。
そうでなければ、発祥の拳法が何処という意見で割れるはずも無く、上地流のように、はっきり虎拳と言い切れるのでは、ないでしょうか?


527 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/10 18:22 ID:4cyhuJST
520>
ナイファンチってもともと何語かわかりますか?
中国語ですか?

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/10 18:32 ID:Ovi0STYT
内歩進
内帆戦



529 :うちなーんちゅ:04/04/11 13:31 ID:PCYGY7wg
>>525●間違いなく唐を意識した名称です。1800年代から1900年代にかけて相当な数の方々が唐 福建省へ勉強のため渡航している。先代たち自身が
源流は中国拳法であることを認めている事になります。●琉球空手って全体的にはフォードとトヨタの関係みたいなもの。ん〜…解るかな??。
●那覇と首里、違い、う〜ん…そちらのいう那覇は近年になり教育法が改革された為、より流派的技術継承がはっきりしてる、特徴としてサンチンがあるってとこかな?
昔は教える観念が弱く、秘密主義。個人の、思想が強い、よって公開されざるもの確立弱し。個人的変化多し。ちなみに首里系は(ティーの原型だとしたら)
少なくとも700年以上の時を経ています●>>526さんほぼ正解だと思う。私自身流派はこだわらない、源流も。良いものは学ぶ。こだわりは適度に。流派や名称は第3者に対するもの、さほど興味無し。かな?

530 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/11 14:25 ID:JtRB8VAq
>>529
本部先生の看板の唐手(カラテ)という名称は、糸洲先生が定めたカラテの意味ではないか、という意味です。
本部先生はほぼ完全に首里系で「手」でしょうから、中国拳法をやっていた意識は無いと思いますがいかがでしょうか。
源流が中国であるということは糸洲先生も認めているでしょうが、中国拳法(トウディ)のままでなく沖縄流(カラテ)であることに
先達はこだわりを持っていたという話を聞いたことがあります。
流派・源流にこだわらないのには賛成ですし>>526さんにも賛成ですが、現行の首里手と那覇手ではあまりにも技術的・見た目に違いがあると思います。
その辺の理念の違いが知りたいと思う次第です。首里手は松村先生の手でしょうから、松村先生がどう変えたのかとか。

531 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/11 21:22 ID:DEezWxhn
>技術の違い
首里手は、陸の技。だから、跳ねられる。
那覇手は、運河での技術。船の上は、不安定なため、組み技、締め技のほうが有利。
環境に合わせて必要な技をチョイスした結果と思われます。

532 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/11 21:40 ID:L7Z1ItqC
どんな環境でも戦える武術を研究している所ってありますか?

533 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/11 22:27 ID:3CkffiF0
>>532
ない。
誰でも無意識にせよ限定を付ける。特殊な状況というのはいくらでもある。

534 :うちなーんちゅ:04/04/12 14:54 ID:7fPgh4s1
>>529●おっしゃる通り完全とした中国拳法継承の意識は無かったと思います。しかしながら本部先生は泊の松茂良先生にも
教えを受けており、自書も「沖縄拳法唐手術」「私の唐手術」。手を昇華させるに中国拳法にに学ぶ…かな?。●首里系は北京スタイル
(佐久川寛賀師の影響強)、那覇は福建スタイル(貿易港近く久米36性の影響)は一般的に言われてますね。(首里手=松村は?です)
●理念…ん〜…。いろんな先生とお会いしますがどの方も流派として個別的には…。あまり聞いた事がありませんねー。道徳的思想に
基づく武のあり方一つにして技法を学ぶ手順が違うのみであると…う〜ん。(またまた)イメージとしては首里は柔。軽快:機転 。
那覇は剛、重厚で気迫。技術的に細かくは省略。



535 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/12 14:59 ID:Ggdb8+zz
>手を昇華させるに中国拳法にに学ぶ

当の本部先生は「中国拳法は大した事ない」って言ってるけどね。

536 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/12 15:25 ID:b2XAMbso
>>534
じゃ、初めから中国拳法を習った方がいいってことだよね。
時間の短縮になるし、初めから中拳を習えば変なクセもつかないし。
わざわざてぃを習う価値は無いじゃん。


537 :うちなーんちゅ:04/04/12 15:39 ID:7fPgh4s1
それでいいんじゃない?

538 :うちなーんちゅ:04/04/12 15:46 ID:7fPgh4s1
中国の拳法にもすばらしい所ありますよ。ブルース・リーさん強かったらしいし
ジャッキーチェン面白いし。

539 :グラップラー石丸:04/04/12 15:50 ID:N4cTrORC
おいおい、ジャッキーは京劇の人だろw
ブルース・リーも中国拳法批判してるぞ。

540 :うちなーんちゅ:04/04/12 17:33 ID:7fPgh4s1
こりゃ失礼。その辺あまり気にしてないもんで。では彼らの基礎はどこにあったのかな?
源流を模索するのは何故なのでしょうかな?。今の件の様に時代というものがあり環境というものがある
。先代の生き抜いた環境を捕らえて、ご判断を。物も考えも変化:進歩します。
ブルースも様々な格闘技を見た上で昔風にこだわるばかりの保守的な部分を否定したと思いますが、それは
中国拳法そのものを否定したのではないはずです。本部先生が…やめた。

541 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/12 18:00 ID:gta+zpG7
>源流を模索するのは何故なのでしょうかな?。
>今の件の様に時代というものがあり環境というものがある。
>先代の生き抜いた環境を捕らえて、ご判断を。

少なくとも糸洲も本部源流を模索はしてないよ。2人とも唐手一本。
まあ、糸洲先生は資料が少ないから何ともいえないが(日本剣術を
嗜んだとの説もあり)、しかし本部に限っては源流など関係ない。



542 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/12 18:02 ID:gta+zpG7
>本部先生が…やめた。

どうぞどうぞ是非続きをおっしゃってください。


543 :うちなーんちゅ:04/04/13 09:40 ID:KlUlAdnD
>>541模索…。はタイトルの事、私達のことですよ。
琉球は資源の無い島。貿易においてしか潤いを得れませんでした。当時中国は良くしてくれました。
牛を送れば金銀が返る…の様な貿易です。他国:祖先を敬いました。一時は武器も要らないと思いました。漂着者には
ある限りのもてなしをし返しました。礼に正しく比類なく綺麗好き(他国来流記参照)でした
謙虚だからこそ他国の文化を吸収しました。さてその先師達がその親とも言える唐の文化を否定?あり得ませんね。
今でこそ無礼の国ですが…。

544 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 09:45 ID:ZsRuvFYf
ジャッキーチェンの京劇の師匠たちの多くは武術家でもあった。

545 :うちなーんちゅ:04/04/13 10:08 ID:KlUlAdnD
唐手から中国拳法を見たとき、技法にこだわりが強すぎ 初期レベルにおいて打突の軽さが見られます。
唐手はまず拳骨を鍛え強い衝撃を目指します。型も自然にそれへ向けた変化があります。外国人を
見慣れた琉球は大きい者へ対するリカバを優先したのかな?。足も短いし。その辺が本部先生の…です。
書き過ぎ御免。


546 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 10:27 ID:z06EurAv
>543
>師達がその親とも言える唐の文化を否定?あり得ませんね

別に否定はしてないだろ? 評価をしただけ。例えばさ
「テコンドーはクソ。あんなの存在する価値ない」っていうのと
「テコンドーはスポーツとしてはいいが、実戦では使いにくいかもね」
ってのじゃ意味合いが異なる。言葉使い云々でないのは分かるよね?
まあテコンドーと中拳を一緒にするのは極端すぎるけど、観点では同じだよ。


547 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 10:32 ID:z06EurAv
実戦では使いにくいかもねって上で書いたけど、技術体系が
おかしいって訳じゃない。中国と日本じゃ戦闘におけるシチュ
エーションの違いがあるし、また思想や国民性の違いもある。

548 :うちなーんちゅ:04/04/13 12:09 ID:KlUlAdnD
●武道:武術において「たいした事無い」は流派:技術の否定になりますよ、
貴方がどう思おうが。受ける側の問題ですがね。
●さて話題の本部先生その師松村更に佐久川=首里手となりますが、いずれも
中国拳法学んでいます。首里手が武士の手といわれるのは王朝関係の士族が
主体で、それは公相君、抜寒 他(交野名称になっている) が冊封の武官であり、
士族に強くその伝授がなされたからだと思われます。よって本来首理系も唐手なのです。
(あらら…ティーは何処へいったんだろう?…。)

549 :GSL ◆C41eDzGMf6 :04/04/13 12:11 ID:r6JlKizV
>うちなーんちゅさん
昔の沖縄ではティーは格闘技(武術?)の総称として使われていたと聞きましたが、
その話は本当なのですかね?

550 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 12:18 ID:z06EurAv
>「たいした事無い」は流派:技術の否定になりますよ、

うん、だから本部がそう言ったんだし、否定ととっていいんじゃないの?

>さて話題の本部先生その師松村更に佐久川=首里手となりますが、
>中国拳法学んでいます。

おいおいおいおい、いつから本部の師匠は松村になったんだよ?
糸洲は? しかもそんな何百年も前の人間を辿っていって、ほら
この人は中国拳法を学んだでしょ?って言われてもねえ…。分かる?

ちなみに 糸洲=本部 という図式が成り立ってるけど、実際本部は
若いときに糸洲門を破門されてます。糸洲の影響さへ少ないですよ。

551 :うちなーんちゅ:04/04/13 12:49 ID:KlUlAdnD
その通りです。いやチョット付け足す「素手の…」です。それは今でも一緒。
方言のティー=手(直訳) 沖縄独特の格闘術(唐手) または戦い方 と
3通り解釈されます。当時ボクシングがあればアメリカティーとよばれてま
すよー。沖縄の方言は英語のようにイメージ的な捕らえ方の多解釈があります。


552 :うちなーんちゅ:04/04/13 13:21 ID:KlUlAdnD
>>550さん、失礼、全部書きましょ。本部先生 糸洲安恒:佐久間:松村宗昆
;松茂良耕作(泊手)に師事 私の資料がまちがいでしょうか?。
当時流派的意識が無いのは前述の通り、技術研究の為にはあっちにほいほいこっち
にほいほい探りまくったでしょうね。破門…初耳れす。うちなーんちゅがするかな?
●普段気にしていない資料調べ。そろそろ疲れ…。何百年も前の事 証人居ないし 
天国に聞くわけいかんし 巻き藁こずくほーがいい やめる?。あれ タイトルって…。

553 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 13:41 ID:z06EurAv
>>552
糸洲→松茂良の流れではない。性格には糸洲→徳嶺→松茂良の順に入門。
徳嶺先生の場合も訳あって習えなくなってしまったので(この場合、朝基に
非は無い)、松茂良先生のところに行った。余談だが、松茂良先生の所に
入門した時は本部でなく瀬底の名前で入門。なんでそんな名前名乗ったのか
とか、その名前自体どこから来たのかってのはまんどくさいから省略する。

554 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 13:46 ID:z06EurAv
>技術研究の為にはあっちにほいほいこっちにほいほい探りまくったでしょうね

この言葉の方がよっぽど先人を先入観だけで判断し冒涜してる。
もちろん技術交流はあった。しかし簡単には出来なかったし、危険も伴う。
ましてや誰かの教えを受けながら、他の人に弟子入りなんて不可能では?

(当時流派は無かった、という事をやり玉に挙げてるが、流派は構えていな
くても、集まって練習するコミューンのようなものは出来ていた。その共同体
を勝手に抜けたり戻ったりは不可能。知花先生にしたって入門には半年以上かか
ってる。あっちにほいほい、なんて感覚の表現は適切ではないと思われ。


555 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 13:58 ID:z06EurAv
>>552
書き方が瞬味なんでよく分からないが、ようするに本部は佐久間や松村宗昆
にも習ったって事ですか? だとすると、その可能性は低いですね。年代的
にも無理だと思いますし、そもそも本部を教えよう(今でいう弟子)なんて
先生は、2人しか居なかった。そのうちの1人には破門されたのは前述の通り。

本部に直々に習ったお弟子さん(名前は伏せる)が、本部先生は3人の先生に
習った、とおっしゃってるので、やはり佐久間や松村は憶測でしかないのでは?

556 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 14:00 ID:onu1f+YF
主張は伝わっているのだから、何もそんなに言葉尻をチクチク責めないでも・・・

557 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 14:01 ID:z06EurAv
ごめんなさい。我に返り反省しました。
ついムキになってしまった。スンマソン。

558 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 14:15 ID:onu1f+YF
>>557
いやいや、貴方も一生懸命なのでしょう。
せっかく沖縄の空手関係の方がお見えになっているので、地元に伝わる伝承や口伝等の
貴重なお話も吟味しつつ、お互い良い議論や新たな発見があるといいですね。

559 :うちなーんちゅ:04/04/13 15:38 ID:oLSrWKWd
>554さんこれまた失礼、ちょっと茶化しが過ぎたようですね。本意文では無いですよ。
当方いたって真面目に調べてます。先の資料はかなりの数の先生方及び文献に基ずく
ものです。が、個人的主観がまじっているのは事実でしょうし、捕らえ方の違いも
あるでしょうからあまり断定的にもなれません。個人的詳細は文献論争になりそう
ですがともかく全体的な流れは1800年代の先生方の全てに 唐手の意識が強かった
ことには違いありません。私もティーが琉球独自の発祥であればとは思うのですが
口伝、史伝ともはっきりとした形がつかめません。

560 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 15:57 ID:ixklEnSJ
>>555
本部朝基先生は最初、兄に教えに来ていた糸洲安恒に、兄と一緒に教えを受けました。
ただ、なかなか兄に勝てないので、糸洲先生のみでは飽き足らず、松村宗棍、佐久川両氏の
元へ教えを受けに行っています。これは本部朝基自身が自著の中で述べていることです。

>うみなーんちゅさん
首里手は松村宗棍先生が佐久川先生や中国から学んで手、唐手に棒術や示現流剣術の理念を取り入れて
首里手と呼ばれるようになったという話をよく聞きますが、その辺は沖縄ではどう捉えられているのでしょうか。

561 :うちなーんちゅ:04/04/13 15:59 ID:oLSrWKWd
それにしても皆さん欲調べてますね。隣に座っている私の父は宮城長順先生から
直接指導を受けてますが(家が近所で)その辺なーんにも知りませんよ。

562 :うちなーんちゅ:04/04/13 16:16 ID:oLSrWKWd
>>560さん ●私その本も持ってます。●3つに分けます。★普通の人=知らない 
★チョット知っている人:私の隣にいる人いわく「武士の手」(士族の特に松村の)と
            おっしゃっております。
★先生方(那覇系):ほぼ貴方のおっしゃる通り多し。
    (首里系):それ以前からのティーの源流多し
        


563 :560:04/04/13 18:51 ID:ixklEnSJ
>>562 うみなーんちゅさん
ありがとうございます。
首里系の方は、松村先生の手というわけではなく在来の手と捉えている方も多いと。
首里手っていろいろ混ざってそうですから、在来の手を多く意識した流派が多いのかな。
しかし全体的には「首里手=松村の手」という認識が一般的ということですね。

564 :1:04/04/13 19:07 ID:CKctre6/
>うちなーんちゅさん
あなたのおかげでスレが伸びてる感じですね。ありがとうございます。
おかげでいろいろ勉強になります。ログに書かれたことを理解するだけで
いまのところ一杯一杯なので、当面質問することはないかと思います(w


565 :うちなーんちゅ:04/04/13 19:11 ID:oQ8n4ARf
です。   皆さん同様海外の門下生のほうが歴史について良くご存知で。
恥ずかしい限りですが現在の道場は練習の終わり=帰宅 以前は…。宮城長順先生も
講話の日が有り説法的なこともなさっていたとの事ですが。沖縄の人って…。
首里城の西門(だったと思う)が風呂屋の薪になったのご存知?

566 :うちなーんちゅ:04/04/13 19:16 ID:oQ8n4ARf
っとすみません、では降ります。

567 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 21:21 ID:/38Xm4qy
>>545
空手でも巻き藁突きを否定している流派や、上地のように正拳突きそのものがない流派もありますよ。
また本当に体の大きい人間を相手にするのだったら「拳骨を鍛えて力で打ち倒す」というのは限界のある考え方であることがわかるでしょう。
中国武術は体格差・体力差を越えるために「人体は水」という考え方をするのですよ。

568 :567:04/04/13 21:28 ID:/38Xm4qy
また巻き藁突きにしても心道流空手の宇城先生なんかは「古来巻き藁は突くのではなくて当てるものだ」と著書の中で書かれてますね。

569 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/13 21:52 ID:C/DNAHBF
>中国武術は体格差・体力差を越えるために「人体は水」という考え方

体格差・体力差を越えるということと「人体は水」ということとはどのように繋がるのですか?

570 :GSL ◆C41eDzGMf6 :04/04/14 00:19 ID:dn7+8JhW
>うちなーんちゅさん
サンクスです。
大分前に沖縄のおじいちゃんに聞いた切りでしたので、
最近一寸不安になってきていた物で……


因に巻藁打は力を込めて突いてもあんまり意味ないですよ。
(いや、まあ初めの打は力一杯やっても良いのですけどね)
打撃には所謂シンプルな肉体の力も必要ですが、それよりも以下に体重を拳に乗せられるかですよね?
その為には、重心移動、体の筋肉の連動等が必要でそれらを体感し、憶え込ませるのに巻き藁の撓りは丁度良かったりするんですよ。
宇城さんが言う「当てるものだ」という意味と同じかどうかは知りませんが、
私も先生に「力で突くなよ」と教わりましたね。

571 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/14 00:29 ID:1uvJQooI
>>560
>これは本部朝基自身が自著の中で述べていることです。

そうですか。ちなみに彼は沖縄でパーフチャーとも見なされてたらしいです。

572 :コンバット越前 ◆XL1P1b2BG6 :04/04/14 03:45 ID:APmhi8WW
>>570
ということはミットうちやサンドバックでの代用でもOK?

573 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/14 10:40 ID:hfCDkbft
去年鬼籍に入られてしまったんだが、沖縄の知り合いの父上が若い頃に、中国人に拳法のようなものを教えてもらったそうだ。
それは厳しくて、ずっと爪先立ちにしたままで、指の先とかを徹底的に鍛え上げるものだったという・・・。
何拳の人なのかは判らないそうだ。その知り合いも武術知らない人だから、それ以上は聞きだせず。

574 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/14 14:36 ID:sdOzXEnA
>>571
そうですか。となると、>>555の話も怪しいということですね。
本部先生が松村先生に習うのは年代的に無理、という話はよく解りませんが。

本部先生が糸洲先生に破門された話も解りませんが、本部先生が糸洲先生の手に
批判的なところがあったようで、それとの引き合いのために松村先生の名を使った
という可能性はあるかもしれませんね。

ただ、本部がホラ吹きというのは多分、相手との立会いでの引っ掛けとか騙しとかのことを
称していると思われ。本部先生は普段はまじめで穏やかな人だったという話もあるので。

575 :うちなーんちゅ:04/04/14 18:49 ID:my1wAD7R
>>567へ●あくまで初期のレベルでの話ですので誤解の無いように。
教授の中で剛が先か柔が先かの部分です。唐手の場合その多くは剛から入ります。
ただし打突に関しては、浸透系を目標とします。型に見られる極め、の本意です。
「押し込む」のではなく、体内に「与える」か「放つ」。これらが中国拳法の
発頚にあたれば、剛でありながらもそちらの技術と重複する事になります。




576 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/14 18:59 ID:TgPQYdyJ
>>575
「中国拳法」と一概にくくるのは間違いますよ。
唐手の母体となったと言われる中国南派拳法もやはり唐手と同じく外功と内功を同時に鍛えます。
崇山少林寺の修行でもその修行は内功を高めると同時に筋骨をたくましくすることができます。
また北派拳法でも流派によっては外功的なものを重視します。
排打功は多くの流派にあるし八卦掌でも鉄砂掌をやる流派もあります。

577 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/14 20:40 ID:SVY3u1Gs
>>575
そうですね。方法論が異なるというだけで、最終的に目標とする点は同じなのだと私も思います。


578 :GSL ◆C41eDzGMf6 :04/04/14 22:14 ID:idUWC78h
>コンバット越前さん
勿論、代用は可能ですよ。
ただ、巻藁は(スタンド式)自分の打撃力が在る程度ダイレクトに返って来ますから、
ミットやサンドバックとはまた違った感触があって面白いですよ。

579 :うちなーんちゅ:04/04/15 16:01 ID:lOxALb1E
タイトルずれですみませんがオリンピック(種目認定)についてどなたか
ご存知の方があれば。

580 :GSL ◆C41eDzGMf6 :04/04/15 16:24 ID:ziu7o+zL
多少なら知っていますが、どの様な事を聞きたいのですか?

581 :うちなーんちゅ:04/04/15 23:22 ID:wKyKfGQ9
すみません結果的にどうなったのか知りたくて。

582 :GSL ◆C41eDzGMf6 :04/04/16 00:54 ID:YWpMqcFw
現在進行形で進んでいいます。
一応、報告では北京オリンピック……無いし、次のパリだけっかな?で開催されるオリンピック迄には、
成る可能性が高いと言われていますが、この手の問題は決まるその瞬間迄どう転ぶか解らないですけどね。

583 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/16 08:00 ID:re54K9HI
http://books.rakuten.co.jp/afvc/NS/CSfLastGenGoodsPage_001.jsp?GOODS_NO=1602377&PAGE_NO=1

584 :うちなーんちゅ:04/04/16 11:05 ID:uW0f+qVX
GSLさんありがとうございます。

585 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/20 23:56 ID:cwe99TvC
又吉イエス非公式サイト
http://yes.kazamidori.net/

586 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/22 01:44 ID:3wdLQtjr
>>584
ネーネー紹介してヽ(`Д´)ノ

587 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/22 02:26 ID:RmwSCyBc
空手に内功と言う考え方は存在するのでしょうか?
純粋な外功武術が空手の優点なのではないでしょうか。

588 :Ryu:04/04/22 16:11 ID:nKFp4H8F
貴方のおっしゃる内功って具体的にはどんな?

589 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/22 18:04 ID:7xfnPnRf
それよりも「優点」なる語の方が気になる。

590 :587:04/04/22 20:27 ID:D14U/b+y
>>588-589
自分で考えろ!

591 :Ryu:04/04/23 11:04 ID:txUMQmgv
では考えてみよう。…… ……。やっぱり解りません。

592 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/23 21:00 ID:7vHFKN+K
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と思う人間国宝 師 馬賢達老師による
中国国術開門八極拳の招法(戦術)を映像に
より公開していますのでご利用ください。
(中国国術武術 招法資料)
http://www.ne.jp/asahi/tfz/tys/index.html

歴代日中剣道史
http://www.h5.dion.ne.jp/~rekidai/index.htm


593 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/23 23:12 ID:5T7e5myE
何か凄い電波スレだね・・・>>1サソは何を思うのだろうか

594 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/26 02:14 ID:55z+Qkwy
デムパも多々いるが、まともな人も多々いる。
1さんが自分なりに調べて、ある程度信憑性の判断ができるのであれば
それなりに参考になると思う。

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